弟子、チョコレートを作る
ピーリカの目の前に広がる、白とピンク色のタイルが並ぶ壁。冷蔵庫やオーブントースターも、大きなサイズ。まるでモデルルームのようなおしゃれなキッチン。シンクの上にはピピルピが言っていた通りチョコレートやミルクなどの材料が用意されている。
「ふむ、悪くないですね。美少女のわたしにピッタリなデサインのキッチンです」
「あら、じゃあ一緒に住みましょう」
「それは嫌です。んー……デザインは良いんですけど、ちょっと大きいですね」
背の低いピーリカにはギリギリ流しの中が見えるといった所だ。
ピピルピはにこにこしながらピーリカの胸元を見つめた。
「大変、それじゃあお菓子作れないわね。私が抱っこしてあげるわ。抱っこした時におっぱい触っちゃうかもしれないけど、仕方ないわよね!」
「椅子を用意しやがれです!」
ピピルピは悲しそうな顔をしながらキッチンを出て行き、背もたれのない凹型をした金色の椅子を持って戻ってきた。
「お風呂場用の椅子だから、本当は上に立っちゃいけないんだけど。ピーちゃんの重さなら大丈夫だと思うわ」
「わたしは天使の羽のように軽いですからね。にしても変な形の椅子ですね」
椅子の上に立ち上がったピーリカ。サイズ的にはピッタリだったため、それ以上は何も考えない。
「さぁて、チョコレート作りましょうか」
「あんなの切って溶かして固めるだけでしょう」
「えぇ。でも皆大好きでしょう。お菓子は皆が幸せになるかがどうかが大切なのよ」
「ふむ……一理あるですね。じゃあ作ってみましょう」
「トリュフチョコにでもしましょう」
「トリュフチョコ?」
「丸くてかわいいチョコよ」
「かわいいのですね、ならばわたしにピッタリのはずです。いいでしょう。それを作るです」
うふふと笑ったピピルピは、ピーリカの背後に立ち。
「まず市販のチョコをを刻みまぁす」
ピーリカの小さな手に自身の手を包むように添える。当然、ピーリカは怪訝な顔を見せた。
「貴様の手伝いがなくても、わたし切れるです。怪我をしたら可哀想なので普段は使用人に作らせてるですけど」
使用人というのはマージジルマの事を指している。
ピピルピはピーリカの背中に胸を押し当てた。
「恋人にくっ付きたいと思うのは当然の事でしょう?」
「貴様はわたしの恋人じゃないのです。離れろです」
「じゃあこれから恋人になりましょう」
「嫌です」
「んもぅ、お姉さん悲しい」
そう言いながらもピピルピはピーリカから離れない。ピーリカはうっとおしさを感じていたものの、チョコレートを食べたかったためそのまま作業を続ける。
甘い香りが周囲に漂う。細かく刻まれたチョコレートを目の前にし、ピーリカの目が輝いた。
「もうこれで終わりで良くないですか?」
「ダメよ。もっと美味しくしなきゃ。次はお鍋にトロットロな液状生クリームを注いで温めるの。ピーちゃんは私の事を温めてね」
「お断りです」
ピーリカは紙のパックに入った生クリームを鍋に注ぐ。続けてピピルピはボウルの中に刻んだチョコレートを入れた。
「生クリームが温まったらこのボウルの中に入れて、泡だて器でまぜまぜするの。生クリームとチョコレート、二つを一つに合体させてあげて。しばらく混ぜれば少し硬めのクリーム状になるから。本当はそれをおっぱいにつけて舐めてもらいたいんだけど」
「チョコレートが可哀そうなのでやめてください。何故貴様はいやらしい感じにしか話せないのですか」
「いやらしいじゃなくて、エッチって言って?」
「絶対に言わねーです」
温まった生クリームをボウルに注ぎ、言われた通りにまぜまぜ。小さなピーリカにとっては、中々苦労な作業だった。
しばらくして、生クリームと混ぜ合わさったチョコレートが完成。
「上手よピーちゃん。本当ならここにお酒入れてもいいんだけど、ピーちゃんが食べるなら今日は無しでいいわね。後は冷やして丸めて、パウダーをコーティングさせれば完成よ」
「コーティングって?」
「薄い膜をつける事ね。そうだわ、お酒の代わりにこれを入れましょう」
ピピルピは胸の間に手を突っ込み、中から紫色の小瓶を取り出した。
「何故そんな所に入れてやがるですか」
「二つの胸のふくらみは、何でも出来る証拠なの」
「理由になってません。あとそれ何ですか」
「食べたら幸せな気持ちになるお薬。ほんとはエッチな気持ちになるやつ入れたいんだけど、バレたらマー君怒鳴り込んできそうだし、今日は止めとくわ」
「そんなもん入れたらわたしも怒鳴り込みに来るです」
「ピーちゃんが私に会いに来てくれるのなら入れた方がいいかしら」
「じゃあ来ません」
「んもぅ、悲しい」
そう言いながらピピルピは小瓶のフタを開けた。ピーリカは彼女に疑いの目を向けている。
「待てですよ。それ本当に安全なやつですか」
「大丈夫よ。私が作った魔法薬だもの。桃の民族は人間が好きだから、人の役に立つ薬や道具を作るのが得意なのよ」
「尚更安心出来なくなりました」
「だーいじょうぶ。もし心配だったらマー君に毒味してもらいなさいな。マー君小さい頃貧乏すぎて、毒草や得体の知れない草を食べて生活してたから毒耐性ついてるのよ。少量の毒じゃケロっとしてるわ」
「師匠を危険な目に合わせる弟子がどこにいるんですか」
「あら、マー君に危険な目にあってほしくないのね」
図星をつかれたピーリカだったが、当然素直に認める事はない。
「当然でしょう。師匠に何かあったら、わたしに迷惑かかりますから。そうだ、貴様も師匠に手を出すなですよ。師匠が鼻の下伸ばし野郎になる姿なんて見たくないですからね」
「マー君は私の事なーんとも思って無いから、鼻の下なんて伸ばさないと思うわぁ」
「分からないじゃないですか。腹立たしいですが貴様はおっぱい大きいですからね」
「そうねぇ。マー君おっぱい大きいの好きだものねぇ」
「ほれみたことか! 言っておきますけどね、師匠はわたしの師匠なんですからね!」
悪態つくピーリカ。まるで不審者相手に吠える子犬のようだ。
そんなピーリカを見て、ピピルピは胸をときめかせる。自分が愛される事が好きなピピルピだが、それと同じくらい他人同士の恋愛を見るのも大好きなのだ。
「そんなにマー君の事が好きなのね。大丈夫よ、心配しないで。ちゃんと応援してあげるから。そして成功したら私も混ぜて頂戴!」
「嫌です! いいから続きをやれですよ!」
ピピルピのセクハラも受けつつも、ピーリカは何とかチョコレートを完成させた。平らなお皿の上に、丸められたチョコレートが並べられている。
「さて、一緒に食べましょう」
「いえ帰ります。さよなら」
ピーリカは皿を持ったままリビングを出ていく。ピピルピは玄関の扉を開けるピーリカをギリギリの所で引き留めた。
「ひどいわピーちゃん。どうしてすぐ帰ろうとするの。私寂しい!」
「師匠言ってました。貴様は全身を舐めてくる変態だと。わたしがチョコを食べてる間に舐められたら困りますから」
ピーリカに嫌われる事を恐れたピピルピは真剣な表情になって。
「舐められるのが嫌なのね。分かったわ。舐めて頂戴」
己の欲を言った。
だがピーリカがピピルピの欲を満たす事はない。
「一体何が分かったっていうんですか!」
「んもぅ。じゃあせめて送っていくから一人で帰ろうとしないの。じゃないと……他の人に舐められちゃうわよ。ここ桃の領土なんだから」
「ここは変態しかいやがらねぇのですか?」
「皆、愛の狩人なのよ」
「変態って事ですね?」
「とにかく一緒に帰りましょ。チョコも箱に入れてあげるから、お皿持って行こうとしないの。待ってて」
ピピルピはなんとかピーリカをリビングへ連れ戻し、箱を探しに二階へと上がって行った。
その隙にピーリカはチョコレートを一つ手に取り、つまみ食いする。
口の中で転がるチョコレート。一口サイズであるにもかかわらず、舌の全てを甘味で支配した。不快な気分にはならず、むしろとっても幸せだった。
「流石わたし。とっても上手。これは幸せになる薬が入ってるからってだけじゃないですね。きっとわたしが作ったからです。そうだ、これに幸せになる魔法をわたしがかけたら一体どうなるんでしょう」
ロクでもない事を考えていたピーリカの元へ、ピピルピが戻ってくる。
「ピーちゃん、ピンク色のかわいい箱があったわ。これに入れましょう。ついでに私の愛も入れてね」
「愛は結構です」
ピーリカは魔法をかける事をなく、丁寧にチョコレートを包んだ。