弟子、告白しようとする
セリーナはプラパと共に無事オーロラウェーブ王国へと渡ったという話が、風に乗ってやってきたある日。
パレードが行われた道は花で飾られ、赤の民族達がその道の上で踊っていた。
黒の領土の店並ぶ通り道にも、いつもはない目新しい屋台が並び。赤い髪や黄色い髪など様々な民族が黒の領土にやって来ていた。その様はまさに、お祭り状態。
街に来るやいなや、そんな光景を目にさせられたピーリカは、隣を歩く師匠のローブ裾をクイっと引っ張った。
「何故今日はお祭りを?」
「この間のパレード無事終わって良かったね祭りだ。主催は赤の民族」
「無駄な」
「まぁな」
マージジルマは興味のなさそうな顔で呟いた。それもそのはず、彼にとって祭りなんて金を使う場所でしかない。
ピーリカもまた、師匠が関わらないお祭りなど今までは「勝手にやってろ」と思っていた。
そう、今までは。
師匠に対して素直になれなかったピーリカ。それでも将来大人になれば、何とか師匠をひれ伏させる事が出来ると思っていた。
だが口と頭と態度の悪い師匠の事だ、考えたくはないが、ピーリカが大人になる前に誰かに刺されでもして死ぬという可能性も否定はできない。
セリーナへの宣言を思い出し、ピーリカはもじもじしながらほんの少し勇気を出してみる。
「無駄だとは思うのですが、師匠、あの、その」
「何だトイレか」
「違います! その、わ、わたしがデートしてやってもいいですよ。師匠はどうせ女の子とデートなんて一生出来ないでしょうからね!」
ほんの少しの勇気では、素直に「デートしたいです」とは言えなかったようだ。
マージジルマは鼻で笑った。ピーリカにとっては、予想通りの言動だ。
しかし。
「一生デート出来ないかもしれないのはピーリカの方だろうが。俺の方がしてやってもいいって言う立場だ」
「なにおう……って、えっ、で、デートするですか?」
「してやってもいい」
なんて偉そうなんだ。とも言いたいが、ピーリカの心の中ではそれ以上に嬉しさが勝った。
鼻で笑われて終わると決めつけていた彼女にとって、この結果は予想外すぎた。
世の中やってみないと分からない事だらけだ。
そう思っていたピーリカは、もうちょっとだけ勇気を出す。
「じゃ、じゃあデートっぽく。手とか、繋いで、差し上げましょう」
「お前の手ぇキレイだろうな」
「わたしが汚いはずないでしょう!」
「じゃあ、ほれ」
顔の目の前に差し出された右手。
ピーリカは小さな左手で、その手を握る。恋人繋ぎになんて出来ない、ぎこちない握り方。どのくらい力を入れていいのか分からないけれど、とにかく嬉しかった。勿論、そんな態度は見せられない。
「犬を散歩させてる気分ですね! あっ、当然師匠が犬ですよ」
「引きずっていいか?」
「品性に欠ける事をしないでください」
「何が品性だ。つーか、欲しいもんあるなら素直にねだれよな。俺はそんなにケチじゃねぇっての」
「ん? えっ、違うです。別に何かが欲しくてデートするとか言ってる訳じゃないです」
「はいはい。なるべく安いやつな」
「聞けです!」
やってみた事が全てうまくいくとも限らないようだ。
ピーリカの想いにマージジルマは全く気付いていない。
「いいから素直に好きなもん言ってみろ」
好きなもん、と言われピーリカは頬を赤くした。
「……別にお金出してもらわなきゃいけないものじゃなくても良いですか」
「良いけど、んなもんあるのか?」
伝わってないならば、もうはっきりと言ってしまおうか。
ピーリカは顔を赤くさせながら、そんな事を考えて。
心臓が飛び出すんじゃないかと思うほど、ひどく早く動く。
今までで一番多く、勇気を出そうと思った。
「わたしは、わたしは……」
「何だよ」
思ったけれど、うまく言えたらとっくのとーに出来ている。
生き物は変化するのに時間がかかるものなのだ。
「あ、あれが良いです!」
ピーリカは右手で屋台の一つを指さした。
売られていたのは、王冠型のクッキー。ビニールに入って、太目の白いリボンで可愛くラッピングされている。
溜めた割には大したものじゃないな、とマージジルマは呆れていた。
「結局金出すもんじゃねぇか。あんな菓子で良いのかよ」
「だって可愛いです。わたしにピッタリ! ティアラは返しちゃったですし、あれくらい安いものだと思うのですよ」
「ったく……ほれ。買ってこい」
「師匠が買ってきやがれですよ」
「自分で行け」
お金を渡されたピーリカは、泣く泣く彼の手を離した。次に手を繋ぐ事が出来るのは一体いつだろう。そうやって傷ついて、少しずつ大人になる事を彼女はまだ知らない。
ピーリカは屋台へ向かい、金を回し。可愛いクッキーとは縁の遠そうなゴツいオヤジからクッキーを受け取る。グルグル巻きにされた長めのリボンを緩めたピーリカは、クッキーを一枚出し早速口に含んだ。
サクッ。噛んだ瞬間、甘い風味が広がった。
おいしい。けれど本当に欲しかったのはこれじゃない。
うまく言えなかった自分を悪く思いつつ、残りのクッキーをマージジルマに渡しに行く。
「はい、師匠にもあげるです。わたしってば優しい」
下がり眉になりながら、ピーリカは師匠に向けて袋を差し出す。
しかしマージジルマはクッキーではなく彼女の手元をジッと見つめ、ゆるく袋に巻きついているリボンをだけをぬき取った。
結構な長さのあるリボンを両手の指先で摘んだマージジルマは、ピーリカの髪と首の裏側の間に通し。
彼女の頭の上でキュッと結んだ。
「お前は王冠より、こっちのが似合うじゃねぇか」
そう言って笑う師匠に、ピーリカは思わず胸が熱くなった。鼓動もどんどん早くなる。
しかし彼女は素直じゃないので、思ってもいない事を口にした。
「ははは、やっすいリボンですね。女の子にはもっとお高いアクセサリーをあげないとダメですよ。そんなだから師匠はモテねーです」
「ほっとけ」
生き物は変化するのに時間がかかるものなのだ。
だが時間をかければ、変われる事だってちゃんとある。
「でも、でも、わ、わたしは……優しいのでこれで嬉しいと思っててやるです! ありがたく思えですよ!」
「そこはお前が礼を言う立場だろうが」
「うるせーです!」
顔を真っ赤にさせて、人込みの中走って逃げた。
「おいこら、どこ行く!」
怒られているのは分かっているが止まらない。止まれない。
走って走って、人気のない路地に逃げ込んだ。
頭についたリボンに触れて、嬉しそうな顔をしてその場に座り込む。
やっすいリボンだ。どこにでもありそうな、ノーブランド。けれど師匠がくれたものなら、どんなティアラよりも十分価値があるように思えた。
安物でも、ピーリカにとっては大事な宝物。
「……やったぁ」
思いがけないプレゼントに、一人呟いたピーリカ。
この嬉しさを相手に伝えるには、相当な時間がかかるかもしれない。だが諦めるつもりもなかった。
呪いの魔法よりも厄介な初恋。どうなるかは、彼女次第だ。
ボコボコ大作戦編完結です。ここまでお読みいただきありがとうございました!
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