弟子、真実を知る
ピーリカは小さな足で木漏れ日を踏みつけながら走る。彼女の頭の中では、セリーナと、まだ見た事ないからへのへのもへじの顔をしたサイノスが抱き合っていた。勿論、二人とも笑顔で。
セリーナを見つけたピーリカは、笑顔で足を止めた。
ただ声をかける事は出来なかった。想像と全く違う光景が広がっていたから。期待に満ちた笑顔も、徐々に徐々にと消えていく。
いくつも並んだ平べったい墓石。その内の一つの前で、泣く事もなく、一人で笑っているお姫様。
「久しぶり、サイノス。私、このウェディングドレス似合っているかしら。なんて。もう、聞いても答えてくれないのね。せめて貴方が亡くなる前に聞いていれば、何か変わったかしら……そんな風に想っても遅いのは分かってるわ。でも最後に一言だけ、言わせて頂戴。好きよ、ずっとずっと、大好きだったの」
それだけ言うと、セリーナは何も答えない冷たい墓石にキスを落とした。
「なんでぇ……?」
セリーナが顔を上げた先に立っていたピーリカ。ワンピースの裾を握り、泣きそうな顔でセリーナを見つめている。
「あらピーリカ。来ちゃったの?」
「セリーナ、そのお墓は」
「……紹介するわ。私の、初恋の人。サイノス・ロード」
「お墓に入ったのは最近ですか、間に合わなかった、ですか?」
「違うわ。彼が亡くなったのはもう何年も前の話だもの。サイノスね、私の前で倒れたの。急いで医者に見せたけど、もう手遅れで。ここの場所はお父様達の反対もあって、教えてもらえなかったのよ。偲ぶ気持ちはあれどサイノスは使用人の一人で、今までにだって何人もの使用人との別れがあったのに、特別扱いは良くないって。他にも色々やらなきゃいけない事はあるんだからって。それに、サイノスと出会うよりも前にプラパとの結婚も決まってたから」
「じゃあ最初から知ってたですか」
「えぇ」
「……何で教えてくれなかったですか」
「私自身、まだ受け入れたくなかったのかもしれないわ。彼が亡くなっているって」
「そうですか」
「えぇ。でもこれでスッキリしたわ。サイノスへの後悔が残ったままお嫁に行くなんて、プラパにも失礼だものね」
「……わたしには」
「……そうね。貴女には失礼だったかもしれないわね。ごめんなさい」
「わたし一人でバカみたいじゃないですか」
ポタポタと濡れた地面。その事に気づいたセリーナだったが、彼女の元に近寄ろうとはしない。あえて、冷たい言葉だけを述べる。
「ピーリカ、初恋って良いものよ。でもね、全てが良い訳じゃない。うまくいかない、ほろ苦いまま終わるものもあるの。だから貴女は、貴女だけでも、後悔しないようにね」
「お説教は嫌いなのです!」
ピーリカはセリーナに背中を向けて走り去った。説教と言うよりは、助言のような気もした。
分かってはいる、いるけれど。
直前まで夢見ていた少女は、それを素直に受け入れられなかった。
セリーナは彼女を追いかけはせず。墓石に目を向けて、そっと呟いた。
「さよなら、私の初恋」
***
「王子ーっ!」
一人の兵士がプラパの元へやって来た。馬が戻ってきたのか、馬車も一緒に。
「市民の人々は?」
「カタブラ国の赤の民族と青の民族の者達が率先して誘導した事もあり、無事が確認されております。特に代表二人は我々に対し土下座まで率先して行っておりました」
「じゃあ許そうか」
「王子がそうおっしゃるのであれば。ところで、セリーナ様は」
「女性の行動を探るものではないよ」
そう言われた兵士はセリーナの行先をトイレだと思った。
「はっ、失礼いたしました。ではセリーナ様がお戻りになられ次第、元のルートへと戻りましょう」
戻って来てくれればなぁ、そう思ったプラパの横をピーリカが通り過ぎる。プラパには目もくれずに走って行ったピーリカを、彼が不思議に思ったのも束の間。
「プラパ」
自分の名前を呼んでくれた声に反応したプラパに、ピーリカの事なんてもう頭になかった。
向かい合う王子様とお姫様。
セリーナは優しく微笑んだ。その瞳に映るのは、たった一人。
プラパは彼女が自分のためだと言ったあの言葉の意味を、ようやく理解した。
「……もういいの?」
「えぇ、ありがとう」
「じゃあ、行こうか」
差し出された手を取って、セリーナは馬車に乗り込んだ。
***
マージジルマは家の前で一人、復元された畑に咲く花に向かって中指を立てていた。人様が見たら酷い絵面だと思うだろう。
「うるせークソババア! 俺には俺のやり方があんだよ!」
『誰がクソババアだい! お主の畑全部枯らすぞ!』
白く小さな花から響き渡る、老婆の声。
「そんな事してみろ、報復に腰痛悪化させるからな!」
マージジルマはそう言って、家の中へと入った。なんて大人げないのだろうか。
怒りながらキッチンに立ち、専用機器でコーヒーを入れ始める。部屋の中に充満した、苦味を含んだ香り。止り木の上にいた白いフクロウが、人の言葉を発した。
『何だってマハリクとあんな口喧嘩を』
「ピーリカのアホを放っておくなってさ。ちゃんと面倒見れないなら破門にしやがれとまで言いやがった」
『するの? 破門』
「しねぇよ。そりゃ頼まれたから仕方なく弟子入りさせた奴だけど」
『そうだね。頼まれた時のマージジルマくんの引きつりまくった顔、僕絶対忘れない』
「刺されたいのか」
『ごめんってば』
「まぁピーリカは筋が悪い訳でもないし、むしろ今後が楽しみな感じというか。やめたいって言ってんならやめさせてやるが、今んところ代表になる気満々だからな。それにまだ父親呪えてないからやめないだろ。だからしばらくは面倒見てやる」
『それピーリカに言ってあげたら? 喜ぶと思うな』
「ダメだ。あのバカは調子に乗る」
『それもそうか』
納得した白フクロウ。だが気になる事があって、話を続けた。
『そのピーリカ、残してきて良かったのかい?』
マージジルマはコーヒーをカップに注ぎ、砂糖を入れて乱雑にかき混ぜる。
「大丈夫だろ。つーか一人にさせといた方がいいんじゃねーの。今頃、サイノス・ロードとご対面してるだろうから」
『ピーリカが望んだ形じゃないだろうけどね』
「その男の器はどうしたんだよ。テクマにラミパスっていう器があるように、白の民族には何かしらの器があるはずだろ。俺、白の民族には全員そういう呪いをかけてるはずだけど」
『彼の器はネズミだったか、犬だったか。忘れたけど、何かしらはあったよ。けど、本人の意思もあって僕の魔法で呪い……リンク解除しちゃった』
全てを理解したのか、マージジルマは深くため息を吐いた。
「……お前ら白の民族は、どうも体が脆すぎる。本体とは別の器と魂をリンクさせて、体に蓄積する負担を減らさないといけない。そうしないと、すぐ死ぬ」
『そうなんだよねぇ。サイノスって子にも無理しないよう言ったんだけどねぇ、無理しちゃったんだねぇ。あぁ、可哀そうなピーリカ。今度おいしいものを買ってあげてね』
「俺が金出すのかよ」
『だってフクロウで働ける所ないんだもん。やっぱり動物を雇ってくれる職場を作った方がいいよねぇ。他の白の民族も元気な時に薬草ちまちま育てて売ってるけどさ、限度があるよ』
「職場作ったらお前、うち出てくのか?」
『それはちょっと寂しいなぁ。僕は無職のまま生きていくから養ってね』
「嫌なんだけど」
『そうは言っても、白の魔法使いがいなくなったら黒の魔法使いは困るだろ? 白の魔法は回復や修繕、呪い解除だ。万が一、ピーリカの失敗とか何かしらの理由で世界が滅亡しそうになった時、どうにか出来るの白の魔法だよ? 僕一応白の代表って事になってるんだよ? 僕に何かあったら困るよね?』
「クソっ、せめてピーリカが早く成長しねーかな」
『それはピーリカの努力次第かな。お金で解決できない事だって世の中いっぱいあるんだ。勉強になったね』
「知るかよ」
キィ、パタン。
玄関の扉が開いた音がした。
『おっと、帰ってきたみたい。じゃあお喋りはおしまい。僕ら白の民族にかけられた呪いは、下手に知られて悪い奴に狙われると危険だから。代表以外には秘密の話。もちろんピーリカにもね。いつか来るその時まで、ラミパスは静かに彼女の成長を見守ってるよ』
「へーへー」
マージジルマは何事もなかったようにコーヒーを持ってソファに座り、脚を組んだ。




