弟子、お姫様を追いかける
降り注いできたポポタンの花を見たセリーナは、隣でゾンビを追い払っていたプラパに言った。
「お願いプラパ。やっぱり私、あの人の所に行きたいの!」
「あの人って、サイノス」
「そう!」
セリーナは決意に満ちた顔をしている。
流石のプラパも好きな人相手のそんな顔を見てしまっては、応援しない訳にもいかず。目元を潤ませながらも、強い口調になる。
「……あぁもう、そんなに言うなら好きにすればいいよ! 傷ついたって知らないからね!」
「ありがとう」
「ただし、君一人で行かせる訳にはいかない。突然怪物が現れるような場所だからね。途中までは僕も行く。彼の居場所は分かってるんだろう」
「えぇ。緑の領土の、ロフィーナーレという場所」
「よし行こう」
プラパは馬車を飛び降りた。弱気な所はあるが、彼にもちゃんと男らしい所はある。
「王子、危険です。馬車から降りないで下さい」
兵隊の一人がプラパを止める。だがプラパは首を左右に振った。
「ここにいても時間の問題だ。セリーナだけでも安全な場所へ連れて行く。彼女の事は僕に任せてくれ。皆は市民の安全を!」
凛々しい王子のふりをするプラパ。兵士も周りの状況を見て、仕方なさそうに頷いた。
プラパはセリーナの手を取り、二人して緑の領土へ向かう。
セリーナとプラパが走っていく姿を見ていたピーリカだが、距離もあるせいで彼女達が話している内容は分からずにいた。
「ようやく動きました。そうか、分かったです。あのポポタンの花は、セリーナとサイノスの思い出のお花。セリーナの幸せの記憶です。つまり王子にとっては不幸の源!」
「……お姫さんがこの花を見て、サイノスの所に行く事を決めた?」
「みたいですね。けど、王子と一緒ですよ。これじゃあ王子ボコボコ大作戦にならねーです」
「別に王子ボコボコにしなくてもいいだろうが。ま、どうせ話し合って一緒に奴の所へ行く事にでもしたんじゃねーの」
「わざわざ失恋しに行くとは、自らボコボコになりに行くようなものじゃないですか。王子は変態なのですか?」
「どうだか」
「理解できねぇですね。さて、わたしもセリーナの恋の行方を最後まで見届けてやるです。ラリルレリーラ・ラ・ロリーラ」
「あっ、こらピーリカ!」
ピーリカはほうきを召喚し、軽やかに飛んで行く。
小さくなる彼女の背中を見て、マージジルマは気づいてしまった。
「……そうか。呪われたのはプラパじゃなくて……自分で自分を不幸にしてどうするんだよ、ピーリカ……」
なんて言ったものの、それもまた運命であり、彼女の成長のため。マージジルマは彼女を追いかける事なくラミパスをつれ、家に帰った。
セリーナとプラパは緑の領土にやってきた。大体の場所は地図で見たものの、サイノスがいるらしき場所が見つからない。
「誰か人に尋ねてみましょうか」
「そうしたい所だけど、周りに人、いないね」
『お困りですか』
「うわっ」
話しかけてきた花。セリーナはその光景に見覚えがあった。
「緑の魔法使い代表様ですね」
『えぇ、ごきげんよう王女様。パレードは退屈でしたか?』
「いいえ。とってもステキだったわ。でもどうしても行きたい場所があって来てしまったの。ロフィーナーレという場所をご存じですか」
『存じておりますが、あんな場所に何用で? あそこに王族なんておりませんよ』
「分かっています。会いに行くのは、王族ではありませんから」
『もしやこの間ピーリカが捜していたサイノスとか言う者ですか』
「えぇ。その方の元へ行きたくて」
『そうですか。だから貴女は……分かりました。ロフィーナーレはそこからもう少し先。まっすぐ歩いた所にありますよ。看板も立ってるから、行けば分かるでしょう。そんなに大きな土地でもありませんから、サイノスとやらの場所もすぐ見つかるでしょう』
「ありがとうございます」
『どうか、お幸せに』
「えぇ、貴女も」
セリーナはニコリとお礼を言って、花の仕組みを理解していないプラパを連れて先へ進んだ。
セリーナの心情を察した緑の魔法使いは、何も聞かずに見送った。
その見送った横を、小さな魔法使いがスーッと通り過ぎようとして。
『ん!? 待てピーリカ、どこへ行く!』
花に話しかけられたピーリカは、ほうきから降りてご挨拶。
「こんにちは、ばーさん。この間はよくもチクったですね」
『チクったんじゃない。マージジルマに対しての説教じゃ。あとお姉さんと呼べと言ったじゃろう』
「師匠が一万歳超えてるババアだって」
『気持ちが若ければ構わんのじゃ』
「そうでしょうか」
『そんな事よりお主どこへ行くつもりじゃ』
「セリーナについて行こうと思って」
『ついて行って何をする』
「サイノスとの恋がどうなるか拝んでやろうと思って」
ピーリカの答えに、花は少しだけ間をあけた。
『……本気で言っておるのか?』
「当然。わたし嘘つかないです」
『まさかロフィーナーレがどんな場所か知らんのか』
「知らないから行くんですよ。あぁ、早く行かないと。駆け落ちなのです」
『駆け落ち? 王子様と一緒に行ったんだ。そんな訳ないだろう。行くのはよせ。お主が傷つくだけじゃ』
「何を訳の分からない事を。セリーナの好きな人に会いに行ってわたしが悲しむはずありません。行ってくるです」
『やめんか、ピーリカ!』
「お説教は嫌いなのです」
老婆の声に足を止める事なく、ピーリカはほうきを掴んだまま走って先へ進んでしまった。
この先ロフィーナーレ。セリーナとプラパはそう書かれた看板を見つけた。
プラパは立ち止まり、看板にもたれかかった。
「ここから先なら、君一人でも大丈夫だろうね」
「プラパは」
「他の男に会いに行く姿なんて、見たいはずないでしょ」
「そう、よね。ごめんなさい」
「謝らないでいいよ。だから早く、行った行った。あぁでも、不審な人物がいたらすぐに大声出してね。その時は僕が助けるよ。僕で我慢してね」
「プラパ」
「何だい」
「大丈夫よ。私、ちゃんと貴方の所に戻ってくるから」
そう言って自分から離れていく背中を、一体どういう表情で見ればいいのか分からないまま見つめていたプラパ。そんな彼の元に、ピーリカが追いついた。
「変態王子、何してるですか」
「……生きてたんだね。良かった」
マージジルマ相手に敬語を使わなかったプラパだ。弟子の方も素で話して良いだろう。そう考えた。
「わたしですか? 死んだ事などありません」
「そうか。じゃああの時のはそういう魔法だったんだ。してやられた気分だよ」
「そんな事より、何してるですか。ストーカーですか、この変態」
「変態じゃないけどね。セリーナを待ってるんだ」
「残念でした。セリーナはきっと戻ってこないのです」
「そうかな。だとしたらしんどいなぁ」
ピーリカの言葉を聞いて、プラパはうなだれた。
人を好きになる事を知っているピーリカは、プラパがちょっとだけ可哀そうな気がしてきた。
「王子もセリーナの事好きですか?」
「あんな魅力的な人、そうそういないよ」
「そうですねぇ。でも世界は広いですから。王子の相手もどこかにはいるかもですよ」
「あ、ありがとう……」
何故かプラパは自分より小さな少女に慰められてしまった。情けなく思うべきなのか、プラパは少しだけ悩んだ。
「礼には及びません。わたしは心優しい美少女なので。では」
王子の悩みなど知る由もないピーリカは、プラパを置いてセリーナを追いかけ続けた。




