師弟、気持ちを隠す
翌日。楽しげな音楽と共にパレードが始まる。
通ると事前に決められたルートには塵一つ落ちていない。
飾られた黒の領土の街中にある三階建てのビルの上に座り、パレードルートの様子を伺っていた師弟。それから、一匹の白いフクロウ。
「そういや師匠、パレード自体はどうするですか。いくらぶっ潰すって言っても、何かしないとマズいんじゃないんですか」
「それなら何とかなった。ある意味お前のお陰なんだけど」
「ほう。何でか分かりませんが、わたしのお陰とは良い響きですね。でもわたしは一体何をしたんですか」
「赤と青の代表、お前の事捕まえられなかったんだろ? いくらピーリカがアホみたいにすばしっこいとはいえ、代表が弟子レベルの奴を捉えられなかったってどうなんだろうか、他の奴らが聞いたらどう思うだろうか、ってボヤいたら何故か快く引き受けてくれて。青の領土で二人して何かやるらしい」
「何だ、師匠脅したですね」
「取引と言え」
「あとわたしアホじゃないです」
「じゃあピーリカ。パレード連中が来たら、想像しながら呪文を唱えろ。ラリルレリーラ・ラ・ロリーラ。そう言えば、空から虫がうぞうぞ。アホじゃないなら出来るだろ」
「嫌な魔法ですね」
「俺らは黒の魔法使い。人を不幸にする、呪いの魔法使いだ」
「使いようによっては幸せにする事も出来るくせに。素直じゃない魔法ですねぇ」
それを君が言うのかい、ラミパスはそう言いたかった。言えないけれど。
「あっ、来たですよ師匠」
聞こえてきた陽気な音楽。
ビルの下でムーンメイク王国とオーロラウェーブ王国の兵隊が足並みを揃え行進している。兵隊が囲っている馬車に乗っていたセリーナとプラパの姿は、まるでおとぎ話に出てきそうな光景だった。
セリーナは真っ白なウエディングドレスを着ていた。束ねられた髪の上には、先日ピーリカに貸していたティアラが乗せられている。その隣に座るプラパも、金色に光るボタンのついた、質の良さそうな赤い服を着ている。
二人を乗せている馬車も豪華なものだった。屋根はついていないものの、黒光りの目立つ大きな車体。馬の毛並みも良く、尾は脚を動かすたびにサラサラと揺れ動いた。赤の民族が使用していたものとは比べ物にならないくらい、王族が乗るにふさわしい姿をしていた。
こんな素敵なパレードを邪魔する者など、普通はいるはずがない。
普通ではないピーリカは、両手を前に伸ばして口を開く。
「ラリルレリーラ・ラ・ロリーリャ!」
空に大きく表れた魔法陣から、ゾンビやスケルトンがうぞうぞ出てきた。兵隊達は驚きの声を上げ騒いでいるが、観客として見ていたカタブラ国民は「またかぁ」くらいに思っていた。呪いの魔法に慣れている国民だからこその反応だ。
ピーリカの位置からはスケルトンに齧られてる兵士達が見える。馬はゾンビにどこかへ連れて行かれた。動かなくなった馬車に乗ったままのセリーナは周囲を見渡し、隣にいるプラパは涙目になりながらゾンビを追い払っている姿が見える。
マージジルマは頭を抱えた。
「最後間違えたから……」
「ちょっと噛んじゃっただけです!」
「まぁゾンビならまだ良いか、むしろパニック度は上がる。よくやった」
マージジルマはピーリカの頭を撫でる。思わぬご褒美にピーリカは頬を少し赤くした。
「師匠如きに褒められても嬉しくねぇです」
嘘である。彼女は今とても嬉しい。
「後はお姫さんが逃げてくれればだな」
高みの見物をしていた二人。最初の内は「人の不幸は蜜の味」などと言い、ゾンビに追いかけられている人々を見て楽しんでいた。だが三十分も同じ状況が続くと、流石に空き始めて。ピーリカは大きくあくびをして、目元に涙を浮かべながらセリーナを見る。
「何で座ったままですか、セリーナ。隙が無いにしても、もう少し動く素振りを見せてくれても良いんじゃないですかね」
「……迷ってんのかもな」
「迷う? 何をですか。まさか脱走をですか。そんな事したら幸せになれないじゃないですか」
「全員が全員ピーリカみてーに神経図太い訳じゃねーんだよ。誰かのために自分を犠牲にする奴だって世の中いっぱいいるんだ。お姫さんが脱走したら、色々な奴に迷惑がかかる。分かってはいるんだろ」
「わたし神経図太くなんてないです。とっても繊細です。けど、分かんないです。自分が不幸せになってまでなんて、本当にそれで幸せなんですか」
マージジルマは少し間を空けて、ピーリカに横顔を向けたまま話す。
「例えば、俺がお前の母親の事好きだったとするだろ?」
「許しません」
「例えばっつってんだろ、ぶっ飛ばすぞ」
「そうでした。例えばですね。たーとーえーば!」
「何でお前がそんな強調するんだよ。で、例えばだけど。俺がお前の母親さらってどっか行ったら、お前もお前の父親も困るだろ?」
「パパは困っても別に構いませんが、その場合わたしも一緒にさらわれます?」
「何でだよ。お前の母親一人だけだよ」
「それじゃあ困りますね。師匠もママもいなくなったら、わたしの味方がいなくなるです」
「そうだろ。そういう事だよ」
「師匠にしては分かりやすい例えでした。でも別にママは師匠の事好きじゃないと思うですよ」
「分かってるから抉ってくんじゃねぇよ」
「えぐってってどういう意味ですか?」
「知らなくていい」
ピーリカがいくら視線を送っても、彼の視線は遠くに向けられていた。何だか悲しそうな顔をしているような気もする。けれど、その理由が分かるほどピーリカは大人じゃなかった。
分からないのは、自分が子供だからだろうか。
「早く大人になりてーです」
つい気持ちを口にしていた。
「そんなもん願わなくてもなれるから、ゆっくり成長すればいい。ただ、バカな大人にはならないよう気をつけろよ」
そうは言っても、ゆっくりしていたら師匠が誰かに取られてしまうかもしれない。
想いはしたが、まだ伝えられないピーリカはいつも通りの憎まれ口を出してしまう。
「師匠は悪い見本って事ですね」
「ほざけ。いい見本だろうが」
バン、と師弟がいる建物の扉の開く音が響いた。
「マージジルマぁ!」
「マージジルマさぁん!」
泣きながらやってきたのは、赤と青の民族代表。
「何だよお前ら。ちゃんと仕事しろよ」
表情をいたずらっ子の笑みに変えたマージジルマは、彼らに目を向ける。代表達が何故ここに来たのかを分かっているようだった。
「押し付けた奴が何言ってんだ。まぁ先に押し付けたのオレらかもしんないけど、オレらはちゃんともてなそうとしてたから!」
「そうですよ。それなのに何なんですかぁ。あのゾンビ、ほんっとーに怖いですー」
「外交問題悪化したら、そこはお前のせいだからな! 親友でも許さないからな!」
「私、怒られたくないですー」
わぁわぁと騒ぐ二人を、マージジルマは鼻で笑って。
「俺は俺の金になる事しかしない。外交なんざ知るかよ。ラリルレリーラ・ラ・ロリーラ」
二人の足元に現れた魔法陣。カクンカクンと、まるでロボットが動くようにマージジルマ達から遠ざかっていく。
「体が勝手に!」
「マージジルマさん酷いですー」
シャバもイザティも、泣きながら屋上から出て行く。
「はーっはっは。ほざいてやがれ、バァーカ」
マージジルマは悪行の限りを尽くす。本来なら嫌われてもおかしくはない。だがここはカタブラ国で、彼は呪い専門の魔法使い代表。相手を蔑み、呪う方が称えられる。
ピーリカもまた、目を輝かせて彼を見ていた。
その視線には気づいたマージジルマ。
「ん、何だピーリカ。お前もやってほしいのか?」
「そ、そんなはずないでしょう。わたしだって、あれ位出来ますもん! 見ててください、ラリルレリーラ・ラ・ロリーラ!」
ゾンビ達の額に現れた魔法陣。パチンっと音を立てて、ゾンビ達はポポタンの花へと姿を変えた。
その光景を目にしたマージジルマは、思わず身を乗り出す。
「は……花に変わるってどういう事だよ。今は珍しく呪文も間違ってなかったのに」
「わたし間違えた事ないです」
「お前のその自信はどこから来るんだ。ちゃんと王子が不幸になるよう考えながら魔法使ったか? イメージの仕方が悪いと呪文正しくても魔法失敗するぞ」
「しましたよ。王子の不幸せがセリーナの幸せですもん」
「じゃあ原因は珍しくピーリカじゃないのか」
「珍しくとは失礼な」
「毒のある花ならまだしも、あんなただの花、黒の魔法じゃ普通は咲かせられねぇ。花になった方がプラパは不幸になるって事か……?」




