弟子、師匠を雇おうとする
自分から突っ込んでくるバカがいると思っていないマージジルマは、空から目を離した。土の上で座り込んでいるセリーナの方を向いて、ズボンのポケットに入れていたあるものを取り出す。
「おいお姫さん。これやる」
「これは……」
マージジルマが渡したのは、サイノス・ロードからの手紙だった。
「サイノスって奴は、お姫さんが自分を好いてる事も、お姫さんとプラパの結婚が決まってる事も知ってた。だから万が一、自分がお姫さんの前から消えて、お姫さんが追っかけてこようとした時はプラパに協力してやってくれって。プラパにお姫さんを大事にする意志があるんなら、それを尊重してやってくれってさ。お姫さんには自分の事なんか忘れて未来を目指して欲しいんだと」
「そんな」
セリーナは手紙に目を通す。確かにマージジルマの言葉通りの内容が、彼の字で記されている。
マージジルマは可哀そうなものを見る目でセリーナを見つめた。
「別にお姫さんの気持ちが分からない訳じゃない。でも、世の中頑張ったってどうにもならない事だってあるんだ。本当は分かってるんだろ。お姫さんの恋はもう終わったんだ。どんなに追いかけたって無駄なのに、まだ諦めないなんて時間さえも無駄になる。だから早く――あぁクソ」
マージジルマは右足を大きく上げ、空から降ってきたピーリカを蹴り飛ばした。
地面に叩きつけられたピーリカは擦り傷こそついたものの、ピンピンしている。
「何話してたですか!」
「初恋なんざ実らないから、サイノスを諦めろって話してた」
初恋相手にそんな事を言われて、ピーリカはちょっぴり悲しかった。だが彼女は諦めない。自分の恋も、友達の恋もだ。
「他人が勝手に決めつけるなですよ! 初恋だろうと、次の恋だろうと。実らないなんて、他人が決める事じゃないのです。どうなるかなんて分かんないじゃないですか。自分次第なのですよ。不幸を夢見てたら不幸にしかならねぇです。でも幸せ夢見てたらまだ可能性はあります。だったら幸せ夢見た方が良いじゃないですか」
マージジルマはただの空論を述べる弟子を見下す。
「ほんっとに、頭ん中お花畑だな。確かに諦めないのも悪い事じゃない。ただ最悪のケースも考えろって言ってんだよ。幸せ夢見た結果、不幸せになる事が目に見えてるなら。どうにかしてでも止めた方がいいだろ」
「目に見える未来なんてある訳ないでしょう。他人に言われた未来を進んだって、窮屈なだけなのです。だったら悔いのないよう、我が道を進む。それこそが幸せなのです!」
眉を歪ませたマージジルマは、両手を前に出した。
「……だからお前は、まだガキなんだ。ラリルレリーラ・ラ・ロリーラ」
ピーリカの足元で、魔法陣が光る。
「う、ぐ、あぁあああああああ!」
突然苦しみ始めたピーリカは、自身の首元を抑えて膝を地面につけた。
無理やり空気を食べるように口をパクパクさせて、額にはあぶら汗をかいて。
「ピーリカ、っ」
明らかに様子のおかしいピーリカを見て、立ち上がろうとしたセリーナ。だが引きずられた時に出来た傷が、彼女の動きを阻む。
次第に動かなくなったピーリカは、マージジルマに担がれた。
マージジルマはプラパに無表情を向ける。
「これでいいな。契約通り、金払えよ」
「あ、あぁ。でも、その子は、まさか、こ、殺したのか……?」
「だって邪魔だろ?」
「まぁ、そりゃそうかもしれないけど。でも流石に殺せとは……それに、君の弟子だろ?」
怯えた様子のプラパを見て、マージジルマはクスッと笑う。
「ただのガキだよ」
***
ピーリカが目を覚ましたのは、自分のベッドの上だった。部屋の中には自分一人。一緒にいたはずのセリーナの姿はどこにもない。
自分が眠った直前の出来事を思い出した彼女は、駆け足で師匠の元へ訪れた。
リビングにあるソファの上に座り、ピーリカはのん気にコーヒーを飲んでいるマージジルマへ問い詰めた。
「ひどいですよ師匠! こんなにも愛らしい弟子を殺そうとしたですね!」
「殺してねぇだろ。仮死状態にはしたけど」
「殺したようなもんじゃないですか!」
「殺さねぇよ。お前いなくなったら寂しいだろが」
「当然です、さ……えっ、寂しいですか? いなくなったら困るですか」
惚れた弱みか、仮死状態にした男相手に照れるピーリカ。師匠は師匠で、にんまり笑う。
「おう。お前の親からの仕送り金が来なくなると、俺の懐が寂しくなるだろ」
「きぃ!」
照れていたかと思えば悔しがって。
マージジルマはコロコロ変わる弟子の表情を面白く思いつつも、彼女の内心を伺う。
「で、何でお前はそんなにお姫さん守ってるんだよ」
「友達だからです」
「やっすい理由」
「乙女の友情に高い安いなんてないのですよ」
「そーかよ。じゃあ何だ。またお姫さんの所に行くとか言い出さないだろうな」
「行くに決まってるでしょう。当たり前の事を聞かないでください。おバカさんですか師匠は」
「バカはお前だ」
「失礼ですね。あっ、今度はセリーナ呪う気ですか。流石に怒るですよ!」
「バカ。誰が頼まれてもないのに弟子の友達呪うかよ」
「頼まれてないって、師匠、あの王子様は?」
「あれに頼まれたのはお姫さんの奪還。今お姫さんは城に戻ったから、依頼終了。俺の手元には多くの金。めでたしめでたし」
師匠の言葉を聞き、ピーリカは目を見開いた。
そうか、王子様の願い事を叶えてやれば他はどうであれ契約は完了するのか。自分達は呪いの魔法使いだ。どんなに外道と言われても、それが正解。
仕事のやり方を一つ学んだピーリカは笑う。
「師匠……悪い人ですねぇ」
「どこがだよ」
「でもそれは、これから師匠はわたしの味方になりえるという事ですね」
「そもそも敵になった覚えもないし」
「じゃあわたしのお願い聞いてくれるですか? ちゃんとお代は払うのです」
「お代ってな。お前の親の金ならあるだろうけど、お前自身の金なんてないだろうが」
「金だけが価値あるものだと思うなですよ。ちょっと待ってろです」
ピーリカは自室へ駆け込み、大きな白色の箱を持って戻ってきた。
「何だそれ、ゴミ箱か?」
「失礼ですね。わたしの宝物がいっぱい詰まってます。これ全部師匠にあげるので、セリーナ奪還に協力しろ下さい。お願いしてやります」
箱を受け取ったマージジルマは、中を確認する。お花に貝がら、子供用のアクセサリー。この間の着せ替えセットも入っていた。どこからどう見ても金目のものはなく、女児のおもちゃ箱でしかなかった。
「マジでいらない。返す」
「受け取って下さい。セリーナのためなのです」
「いらねぇっての」
「じゃあタダでやれです」
「断る」
「師匠」
珍しく真剣な表情の弟子。それほど友を思う気持ちは本物だった。流石の師匠も、白旗を上げた。
「わーったよ。出世払いでなら考えてやらないでもない」
「そうこなくちゃ。さて、王子ボコボコ大作戦、リスタートですよ!」




