師弟、戦う
ログハウス造りの家の前へやって来た二人。ピーリカは大きな音を出してドアを叩く。
返答は聞こえてこない。ピーリカは窓を覗き込む。
「誰もいないですかね」
「そうね……きゃあっ」
セリーナの足元を、白いネズミが走り回っていた。
「ただのネズミですよ」
「怖くないの」
「師匠に嫌われる方が怖いですよ」
ネズミは木の壁にあいた小さな穴へと入っていく。
「さてはもっといっぱいいやがるですね」
しゃがみ込んだピーリカは壁穴を覗く。その横で、ガチャっと扉の開く音が聞こえた。中から出てきた、髪も肌も白い女。
「黒の魔法使い様。そんな足元で、どうなさいました?」
「ネズミ見てたです。それより今なんと?」
「どうなさいました、と」
「その前」
「黒の魔法使い様、と」
「ふむ。様をつけるとは良い心掛けですね」
「白の代表、黒の代表の事が大好きなので。私達白の民族も黒の魔法使い様には特別優しく接するよう心掛けております」
「大好き!? やっぱりアイツ、師匠を狙ってやがるですね」
「あぁ、いえいえ。代表様の感情は家族愛に近いものです。それに黒の代表は白の民族の商売相手。よく薬草を買いに来てくれますから。好いて当然と言いましょうか」
家族愛でも油断は出来ないのではないか。と、ピーリカは警戒する。
女はセリーナに目を向けた。
「貴女は……」
「……ムーンメイク王国王女、セリーナと申します」
「セリーナ様……!? 何故こんな所に、いえ、あの、まさか」
「はい。サイノス・ロードに会いたくて、来ちゃいました」
「い……いけません! 兄はもうここにはいませんし、いたとしても、もう、もう……!」
女は切羽詰まった様子で二人を追い返そうとした。
だがセリーナは女の両肩を掴む。
「大丈夫です。ご心配ありがとう。でも、分かってるから。分かってて、あの人の所に行こうとしているから」
「そんな、セリーナ様。お願いです。兄の事はお忘れ下さい」
「嫌よ。絶対に忘れてあげない」
「セリーナ様っ、ゴホッ、ゲホッ!」
興奮したせいか、女は急にせき込んだ。セリーナは彼女の背中を優しくさすった。
「心配してくれているのね。ありがとう。でも本当に私は、大丈夫だから。彼の居場所を教えて」
「セリーナ様……」
「お願い」
「……分かりました。兄は今、白の領土ではなく緑の領土にいます。ロフィーナーレという所で……」
「そう、ありがとう」
セリーナは優しく微笑んだ。
女は深々とお辞儀をし、ピーリカ達を見送る。
二人は坂道を下り歩く。
「これで奴の居場所は分かったです。まさかすっ飛ばした緑の領土にいるとは思わなかったですけどね。まぁ、そこは山を下ればすぐ着くですから。すぐ着くです」
「えぇ。やっと会いに行けるのね」
「でも分からないですよ。どうしてあんなに忘れろとか言われたですか」
「きっと……私を思ってね」
「セリーナを?」
「うん。サイノスがどんなに丁寧な仕事をしていても、所詮は使用人だもの。私と結ばれる事なんてない。それが周りの人の意見よ」
「そんなの……知ったこっちゃあないですね! 好きは好き同士一緒にいるのが一番です」
ない胸を張ったピーリカを見て、セリーナは微笑んだ。
「そうね。じゃあ、行きましょうか」
緑の領土に入り、塔の前へとやってきた二人。
「サイノス妹、緑の領土の真ん中の方って言ってたですけど。この辺りですかね」
「そうね。でもそれっぽい場所も見当たらないし」
「もう少し細かく聞いてくるんでしたね。そもそもロフィーナーレって何ですかね。お店か何かの名前ですかね」
「地域の名前かもしれないわ」
「ですかね……ん?」
草木が美しく整備された森の中から、現れた人影。
「残念だが、ここでストップだ」
マージジルマがピーリカ達の前に立つ。彼の後ろに立っていたプラパの姿を見て、セリーナはバツの悪そうな顔を見せる。
「プラパ……」
「セリーナ、帰ろう。皆心配している」
「……お願い、あと少しなの。あと少しで会いに行けるから。もう少しだけ放っておいて。それがプラパのためでもあるの!」
「何故こんな所にいる事が僕のためになるんだ。僕は君が傍にいてくれればそれだけで良い」
セリーナは首を左右に振り、足元の土を見つめる。
一方のピーリカは、師匠から目が離せない。
「師匠、何故ここに」
「ピーリカが姫さん連れまわしてるって聞いてな」
「聞いたって一体誰に」
「うちの領土の若い男」
「あの男、チクったですね!」
「そんな事よりだ。早く姫さんを離せ」
「何でですか。絶対嫌ですよ」
「分かった。ラリルレリーラ・ラ・ロリーラ」
唱えたのは黒の呪文。
セリーナの右足に、魔法陣と共に突然現れた足枷が装着された。足枷についた鎖の先端は、マージジルマの手元まで伸びている。その鎖を、ぐいっと引っ張ったマージジルマ。体制を崩したセリーナは「きゃあっ」と声を漏らし。ザザザザザッっと引きずられ、王子の足元へと寝転んだ。
「セリーナ!」
「ちょっと、何してるの!」
ピーリカも王子も、心配と怒りの声を上げた。マージジルマだけは冷静に、慈悲のない言葉を吐きだす。
「取り返してやったんだろが。足斬り落とさなかっただけ感謝しな」
「だからって乱暴な」
「うるせぇな。黙って金――っ」
マージジルマは右腕を伸ばし、突如目の前に飛んできた一本の矢を掴んだ。
弟子を睨む。
「師匠に矢ぁ向けるとはいい度胸だな。ピーリカ」
彼の目に映るのは、両手を広げ構えている弟子。その手の中央に光る魔法陣は、彼女が出したもの。
「師匠、どうしてそんな奴の味方をしてるですか」
マージジルマはフッと笑って。
「金をたんまり貰った!」
「く、クズの回答!」
「うるせぇな、当然の事だろ。お前が普段食ってるパンだって、その金で買えるんだぞ」
「知るかです。わたしはセリーナをサイノスとかいう男の所に連れて行くです。いくら師匠でも邪魔するなですよ。セリーナ返せです!」
「お前こそ邪魔すんな。言っとくけど、俺、お前の事殺せるぜ?」
「ふんだ! どうせハッタリなのは分かっているのです。返してくれないなら、力ずくでいくですよ。ラリルレリーラ・ラ・ロリーラ!」
黒い光が、マージジルマ目掛けて飛んでいく。
「ったく。呪文間違えなきゃ、こうやってちゃんと出来るんだ。普段からそう出来るよう真面目にやれっての。雑魚相手なら十分通用するんだからさ。ま、俺は雑魚じゃないから無駄だけど。ラリルレリーラ・ラ・ロリーラ」
マージジルマの目の前に大きな魔法陣が現れた。
ピーリカの放った光は、カクンと反射して。ピーリカの方へ戻っていく。
「ひょああああっ。えーと、えーと。ロリルレリーレ・ラ・ロリーラっ」
自分目掛けて飛んでくる黒い光に魔法陣が重なり、光がピンク色になった。以上。
色が変わっただけで威力が変わる事はなく。当然、光に当たり吹っ飛ばされたピーリカ。土の上を転げまわる。
全ての流れを見ていたマージジルマは呆れていた。
「まーた呪文間違えやがったな。ラリルレリーラだって言ってんのに。間違いでこんだけの威力あんなら、成功すりゃもっと強く出来るんだって」
ピーリカは土で汚れた顔を手の甲で拭き、立ち上がった。
「うるせーです、ワザとです。失敗なんてしてません!」
「失敗を認めろ!」
「断ります!」
「あーそうかよ。じゃあこっちもマジでいくぜ。ラリルレリーラ・ラ・ロリーラ!」
ピーリカの両目に、魔法陣が二つ。
空にヒビが入る。パキッ、ポキッと音を鳴らし、卵の殻のようにもろく崩れていく。空の欠片は地面へと落ちて、奥に広がる闇。落ちてくる欠片は勿論、ピーリカにも目掛けて。
「お空が! てんぺんちい!」
ウロウロおろおろ、走って欠片から逃げるピーリカ。だが走っているうちに、ある事に気づいた。マージジルマとセリーナ、プラパすらその場から動いていない。師匠達にも細かな欠片は降り注いでいるが、避ける様子も払いのける様子もない。
ガサツな師匠はまだしも、お姫様と王子様がそんな光景をただ見ているだけなんてありえない。そう思ったピーリカ。
「分かった、これ幻覚です!」
その場に立ち止まったピーリカはグーにした右手を上に伸ばし、飛んでくる欠片を殴る。目の前で細かく砕けた欠片。ただし感触はなかった。
彼女がニヤリと笑えたのも、ほんの一瞬。
ドッ、ドッ、ドッ、ドッ。
ピーリカの元に何かが近づく音が聞こえた。聞こえるけど、何も見えない。これも幻覚か、それとも現実だけど見えない何かなのか。
黒の魔法は他人を不幸にする呪いの魔法。普通に自分を守るための術なんて無い。
正体も分からないけれど、防ぎ方も分からない。
音が止んだ。
かと思いきや。
ドッ、バァアアアアン!
ピーリカの足元、土の下で何かが破裂。ピーリカの体は空目掛けて高く吹っ飛び、師匠達が目視できないほど空高く遠い場所に来てしまった。
土がクッションになったのか、威力のわりに痛みはない。
そもそも飛んだ事自体はどうでもいいのだが、飛んでいる勢いでワンピースが捲れ髪がボサボサになっているのがどうも許せないピーリカ。
なんとか彼らの元へ戻って、師匠を一発殴らないと気が済まない。
「ラリルレリーラ・ラ・ロリーラ!」
ピーリカの額に現れた小さな魔法陣。右手を突き出し、空を飛ぶ。標的はマージジルマ。彼女は魔法で、自分の体をロケットミサイル代わりにした。




