弟子、青と白の魔法使いを突き抜ける
思いっきり水の球を体に受けたピーリカは、草むらの上に吹っ飛んだ。ただの水だが圧力がかかっていたのか、思いっきり蹴られたような痛みを感じた。
セリーナは濡れた髪と服から雫を垂らしながら、草むらの上に寝転ぶピーリカの元へ駆け寄る。
「ピーリカ、大丈夫?」
「大丈夫じゃないです。アイツ結構強いです。流石は代表。しかも赤ほど隙がなさそうです。でも、それでも、天才のわたしに敵わない相手などいないのです!」
宙で一回転したイザティは再び水上バイクを真っ直ぐ戻った水の道の上に乗せ、突っ込んでくるんじゃないかというくらいのスピードでピーリカ達に近づいてくる。
「セリーナ様、帰りましょうー」
「嫌っ!」
セリーナを守って、サイノスの所へ連れて行かなければ。そう思ったピーリカは体を起こし、再び両手を前に伸ばして。呪文を唱えた。
「ラリルレリーラ・ラ・ロリーリ!」
だが何も起こらない。イザティは動きを止め、青い顔をしてピーリカに尋ねた。
「ピーリカちゃん、今最後、ロリーリって言った?」
「言ったら何なんですか」
「黒の呪文の最後、ロリーラですよー」
「ん?」
「多分今の魔法、失敗だよー」
「わたしが失敗するはずないでしょう」
「失敗だと思うんだー。でも何も起きないはずないし、何か……」
目に見える被害は何も起きていない。これから何かが起こるのか、あるいは既に見えない被害が起きているのか。
分からないのに防ぐのは難しい、と警戒していたイザティ。
背後から水をかき分けて近づいてくる音が聞こえ、勢いよくふり返る。彼女は、その正体に驚いた。
「えっ、皆どうしてっ」
水上バイクの後ろを泳ぐ、三匹のイルカ。とてもかわいい。
三匹の額に、小さく光る魔法陣。これが、ピーリカの失敗魔法。イルカたちは言葉を発さないものの、目で訴えてくる。「なにがなんでも今すぐ遊んでくれ」と。
女は焦った。このイルカたちは、普段自分が世話をしている友達のような存在。そんなイルカたちを傷つける訳にはいかない。
「ま、待って皆。今はダメなの、遊んであげられないの。後で遊んであげるから、大人しく海で待っててねー」
イルカに話しかけるも、戻る様子は一切見せない。
「ここは水も少ないし、危ないから。皆戻ってて、ねっ」
「よし、今度こそ成功させるです。ラリルレリーラ・ラ・ロリーラ!」
再び水の道が、ぐにゃりと歪む。驚いてしまったのか、イルカたちは大きく体を動かした。水の道の下は海と言えど、そこそこな高さがある。いくら海に住むイルカでも、落ちでもしたらどうなるか分からない。まして失敗とはいえ、かけられたのは呪いの魔法。
女は慌てて口を開いた。
「ろっ、ロロルレリーラ・ル・ラローラーっ!」
水の道が逆流をはじめ、イルカたちは海へと引きずられていく。
「ピーリカちゃん、ちょっと待っててー!」
イルカ達が水の道から落ちないように、女はゆっくりと水上バイクで追いかける。
ピーリカとセリーナは、その隙に山道を登っていく。
「待つバカがいるかです。イルカだけに!」
「ふふ、魔法失敗して良かったわねぇ」
「失敗じゃないですよ。そりゃちょっと違ったかもですが、過程はどうであれ、成功すれば問題ないのです!」
失敗したとは意地でも認めないひねくれもの。
「そうね、そうかもしれないわ。でもイルカさん達を海に戻したら、また戻ってくるかも」
「それもそうですね。よし。セリーナ、もう飛んでいくです」
そう言ってピーリカは足を止めた。セリーナも同じように足を止めるも、納得していない。
「えっ、でも目立っちゃダメなんじゃ」
「こんなに立て続けに来てるんじゃ、もうわたし達が白の領土に向かっているという事は知られてる可能性が高いです。ここから緑の領土へ歩いて向かっても、また代表に攻撃される可能性があります。だったら目立ってでも、早い所向かった方が得!」
「……そうね。じゃあお願い。連れて行って」
セリーナからの依頼に快く頷き、ピーリカは魔法でほうきを出した。二人して乗り込み、大空へと飛び立った。ちなみに、しばらくして戻って来たイザティは「あーん、いない!」と泣いた。
『ここから先、白の領土。あんまり近づくな。死ぬ』
もうそんな案内にも恐れない。
師匠と一緒に行ったテクマの家の前。ほうきから降りた二人は家の扉を叩いた。
「真っ白白助ーっ!」
「テクマ様ぁ」
どう呼んでも返事がない。
「留守ですかね」
ガチャガチャとドアノブを動かすピーリカ。
キィ、と扉が開いてしまった。
「不用心な。鍵が掛かってねぇです」
「開けて入って来られるとも思ってなかったんじゃないかしら」
「それはいけない。泥棒は勝手に開けて入るですよ」
ピーリカはまるで泥棒のように家の中に入っていく。勝手に入っていいものかと、扉の前で躊躇うセリーナを他所に、ピーリカはベッドの上に寝ているテクマの体を見つけた。
「おい真っ白白助、起きろです」
ピーリカが乱暴にテクマの体を揺らす。返事はない。
それどころか、よくよく見てみると息すらしていないように見える。
「死んでる……?」
ライバル相手であっても、流石に死を望んでいる訳ではない
心配するピーリカの横で、テクマはパチッと目をあけた。
「――ん、あぁ、ごめんごめん。今向こうにいたから」
「向こうってどこですか。天国ですか」
「違うよ。マージジルマくんの所だよ」
「なっ、じゃ、じゃあ地獄ですね!」
「そうでもないよ。わりと天国だよ。あそこにいれば、ご飯食べさせてもらえるし」
「わたしそんな光景見た事ないですよ、いつどこでそんな事を!」
「昨日の夜とか。あーんしてもらった」
「あっ、あーん!? なんで、い、いや、なんて破廉恥な!」
残りライフがゼロになりかけているピーリカの両肩を、セリーナが優しく掴んだ。
「落ち着いてピーリカ」
「だって、だって!」
言い負かしたいが言葉の出ないピーリカは、セリーナ腰元に腕を回して抱きつく。悔しさでも胸は膨らまない。両頬は膨らんだけど。
気にしていないテクマはセリーナに目を向ける。
「あーあ、来ちゃったんだ」
「……お願いします。彼の居場所を教えてください。どうしてもサイノス・ロードの元へ行きたいのです」
「いいよ。教えてあげる。そもそも僕は止めないって決めたしね。サイノス・ロードの家はすぐそこ。木で出来た大きな家。そこにいなければ、僕はもう知らない」
テクマはゆっくりとベッドを降りて、家からも出た。セリーナはピーリカの手を引いて、共に外へ出る。
テクマが指さした、ログハウス造りの家。
ピーリカは拗ねながらも、その家について尋ねる。
「あそこって、前に行って留守だった所ですね。今日はいるですか?」
「いると思うよ。というか、多分前もいたんだと思う。出て行くのが遅かっただけで」
「のんびりさんでしたか。でもこちらは急がなきゃいけないのです。行くですよセリーナ」
とっととこの場から去りたいピーリカ。珍しいことに、今はまだテクマに勝てる自信が持てないらしい。
「ピーリカ」
テクマは先へ向かおうとしたピーリカを声で引き留めた。
「はい?」
「強くなりなよ」
何を言い出すんだ、そう思いながらも。ピーリカはいつも通りの自信と反発心を込めて、ニィっと笑う。
「言われなくてもなります」
「そう。じゃあ良かった」
「何ですか、偉そうですね。言っておくです、負けませんからね!」
「ははっ、頑張ってー」
「腹立たしい、覚えとけです!」
ピーリカはまるで雑魚が去る時のような捨て台詞を残していった。テクマは笑顔で、彼女達に手を振った。




