弟子、変態から逃げる
そーっとそーっと、草木に囲まれた道を歩く。
『ここから桃の領土。住人は裸が好き。自己責任でどうぞ』
「まぁ」
酷い案内にセリーナは思わず声を漏らした。
「セリーナ、しっ」
ピーリカは自身の口元に人差し指を当てる。
ガサガサっ。
右側の草向こうから音が聞こえた。敵か味方か、人かも分からない。二人は草の隙間から、そっと覗く。
桃色の髪をした男女が、抱き合っている。海でもないのに水着姿で。
「ダメよアナタ、こんなところで」
「いいじゃないか」
イチャイチャしている桃の民族。
顔を真っ赤にしているピーリカとセリーナ。二人とも他人の密着した様を見るのは初めてなのだ。男女は一目を気にせず口づけをかわす。
「チューした!」
「ピーリカ、シっ」
「おっぱい揉んだ!」
目の前で自分が知る最上級のエロを繰り広げられ、ピーリカは思わず声を上げた。
「ダメよピーリカ、見ちゃダメ!」
セリーナは両手でピーリカの目を隠し、自身も目を瞑った。そのやり取りがマズかった。
イチャイチャしていた男女が草をかき分け、ピーリカ達に近づいてきた。
「あら、ピーリカ嬢じゃないですか。可愛い女の子つれて、デートですか? 混ぜてくださぁい」
女の言葉に、セリーナの手を無理やり退けたピーリカは口を開いた。
「デートでもないのです。セリーナには他に好きな人いるです。そもそも、貴様もそこの男と恋人でしょう。浮気はいけないのです!」
桃の民族達は一瞬顔を見合わせて、笑い声を上げた。
「恋人じゃないですよ。勿論夫婦でもありません」
「桃の民族は恋人作る人少ないです。何故なら我々は、全ての人類を愛しているから」
「強いていうなら、全員が恋人」
「皆で仲良くしましょう」
「愛人でもいいよ」
「ペットでもいいよ」
首を勢いよく左右に振るピーリカ。
「どういう事かよく分かりませんが、いけません」
「桃の領土でそんな事言われても困るんですけどねぇ。あら、そう言えばピーリカ嬢について何か連絡があったような」
「連絡?」
「えぇ、どこにやったかしら」
周りを見渡す女の背後に男が回った。
「ここに入れてたよ」
女の水着の中に手を入れ、胸の谷間をまさぐる。小さく「ぁん」と声を漏らす女。
ピーリカは顔を真っ赤にさせながら怒鳴り声をあげた。
「そんなところに入れる奴、いる訳ないでしょう!」
「ありましたぁ」
「何でそんな所に入れてるですか!」
男の手の中にある四つ折りの紙。男は紙を広げ、ゆっくりと読み上げた。
「黒の魔法使いの弟子ピーリカを捕まえよ。何を言っても信じないように。追伸、赤の民族代表並びその部下はロリコンじゃありません」
「くそぅ、あのクソポエマーやりやがったですね」
「何があったのか知らないけど、ピーリカ嬢ロリコンじゃない人をロリコン扱いしたの? ダメだよ? 本物のロリコンが生きづらくなるでしょ?」
「逃げるためでした。ワザとじゃないです。本物のロリコンのが生きづらくない事なんてあるのですか?」
「いっぱいあるよ。ワザとじゃなかったとしても、嘘をついたのは罪のない人を傷つけることになる。そういう悪い事をする子にはぁ、お仕置きが必要だよねぇ」
両手を胸の前に上げ、何かを揉むような仕草を取った男女。
「そうね、捕まえる方法は特に書いてないし。何しても大丈夫そうだわ」
「に……逃げるですよセリーナ!」
逃げようとしたピーリカを、勢いよく背後から抱きしめた女。
「だーめ、つーかまえたっ」
ピーリカは勢いあまって地面の上に転ぶ。そのまま女はピーリカの小さな背中に自身の胸を押し付けるようにして寝転んだ。
「離せです、離れろですよ!」
「大丈夫ですよぉ。怖くない怖くない」
女はピーリカの着ているワンピースの中に両手を突っ込み、撫でるように彼女の胸を触る。
「ひょああっ、お、おっぱい触んないで下さい!」
「うーん、まだまだ揉む元もないねぇ」
「ほっとけ!」
「先端だけでもおっきくさせてあげますよー」
「きゃあ! 離せ変態ーっ!」
ピーリカは背中にむにゅっと当たっている柔らかいもののせいもあって、余計腹を立てた。
セリーナに近寄る男。
「んじゃ、おねーさんは僕と仲良くしましょっか。最終的には全員でぐちゃぐちゃになると思いますけどぉ」
「嫌っ」
セリーナは両手で男の顎を強く押した。男はバランスを崩し、ピーリカと女の上に尻を乗せた。下敷きになり、潰れたピーリカ。
「ぐえっ」
男女は急いで立ち上がる。
「ごめんねピーリカ嬢。ワザとじゃないですよ」
「ダメよアナタ。もっと全身で謝らないと。こんな風に」
男に自身の胸を当てつける女。ピーリカをダシにイチャつき始めた。
ピーリカは勢いよく立ち上がり、セリーナの手を掴んだ。
「今の内!」
「あっ、待ってくださぁい」
追いかけてこようとしていた男女。ピーリカは両手を前に構えた。
「ラリルレリーラ・ラ・ロリーラ!」
男女の足元で光った魔法陣。呪いをかけられた二人は、交互に叫ぶ。
「足を固めるなんて! 視姦者をください!」
「ただ固めるだけじゃなく、せめて縛り上げてほしい!」
「そう。なるべく強めに。鎖でも縄でもなんでもいい!」
「首輪でもいい!」
ピーリカとセリーナは変態達に耳など傾ける事なく走り出した。ピーリカは走りながらも口を動かす。
「なんだセリーナ、攻撃出来るんじゃないですか!」
「ちょっとした護身術を教え込まれているだけよ。もっと人数がいたら、きっと逃げられなかったわ」
「そうでしたか。それでも何も出来ないよりはマシですよ。やはり女も強くなければ。ただし、時には、退くも勇気!」
走り続けて、息が上がってきた二人。道が坂道になってきたのも原因の一つのようだ。山道というよりほぼ崖沿いの道。左には草むら、右には綺麗な海が広がっているのが見えた。
『ここから先、青の領土。海の幸がおいしい』
その崖下の海から、何かが近づいてきた。ピーリカ達の方へ向かって真っすぐ伸びてきた、一本の水の道。しばらくして、その上をブォンブォンと音を荒げて走る物体が見えた。
水上バイクに乗った、青い髪に褐色肌の女。オフショルダーにショートパンツ姿と、バイクに乗るには大分軽装に見える。右の太ももには黒い三日月が描かれている。
ピーリカはその女の正体を知っていた。
「あの三日月、間違いない。アイツ、青の魔法使いです!」
「青って、水の魔法を使う」
「はい。しかもまた代表なのですよ」
「またって、もしかして昨日の赤のお方も?」
「そうですよ。師匠の同僚ですよ」
「そんな方々相手に攻撃しながら逃げてて大丈夫なのかしら……」
「将来的にはわたしも同じ存在になるのですから、知ったこっちゃねぇです。それより早く行くです!」
一生懸命走るものの、水の道と水上バイクが彼女達に近寄るスピードの方が速かった。
水上バイクに乗った青の民族代表、イザティは申し訳なさそうな顔で言った。
「ピーリカちゃん、ごめんねー。出来ればこんな事したくないんだけど、外交問題本当に困るのー。大人しく拘束されてぇー」
「嫌なこったです」
「じゃあちょっとお水かけるねー。ロロルレリーラ・ル・ラローラ」
ピーリカとセリーナの頭上に現れた魔法陣。そこから一気にバケツをひっくり返したみたいに、水が流れ落ちた。数秒ではあったもの、びしょぬれになった二人は思わず足を止めた。
「ちょっとの量じゃないじゃないですか! いくらわたしが水も滴る良い女だからって、無理やりかけるなです!」
怒っているピーリカに対し、イザティは目元に涙を溜めながら答えた。
「だって外交問題怖いんだよー」
「またですか。がいこー問題よりわたしを恐れろですよ」
「無理だよー。だってピーリカちゃんは棒付きキャンディでどうにかなるだろうけど、外交問題はキャンディじゃどうにもならないもーん」
「バカにしてやがるですか!」
子供扱いされた上に、髪も服もびしょ濡れにされた。
腹を立てているピーリカは両手を前に伸ばす。
「ラリルレリーラ・ラ・ロリーラ!」
水上バイクの下で真っ直ぐ伸びていた水の道が、突如ぐにゃぐにゃと形を変えて。バイクはバランスを崩す――かと思いきや。イザティはハンドルを巧みに操作し、バイクと共に大きくバク宙。頭を海面に向けたまま、呪文を唱えた。
「ロロルレリーラ・ル・ラローラ」
イザティの右肩に現れたロケットランチャー。ハンドルは左手で操作し、ロケットランチャーに右手を添える。ピーリカ達に逃げる隙を与えないうちに、水の球を撃った。
「ごめんねー、当たってぇー」
「うわーっ!」




