弟子、友達を作る
走りに走って、たどり着いたのは森の中。
「ここまで来れば大丈夫ですかね」
「見て、ピーリカ」
木と木の間から顔を出した光。
朝日だ。
自分達を目いっぱい照らす光に、二人は思わず感動する。
「おぉ。中々キレイですね。逃げた結果がこれとは。ラッキーでした」
「ラッキーで済んだから良かったけど、捕まったらどうなっていたか……ごめんなさい、ピーリカ。これ以上貴女を酷い目に合わせられないし、私やっぱり、サイノスの所へは一人で行くわよ」
「気にするなです。友達ですから」
「友達……」
師匠には契約者と言われたものの、やっぱりピーリカはセリーナの事を友達と呼びたかった。ただ素直ではないピーリカは、大人しく「友達になろう」とは言えない。
「はい。契約者ですが、友達と言ってやってもいいです。嫌ですか」
「そんな事ないわ。友達と言ってもらえて、とても嬉しい」
「そうでしょう。この愛らしいわたしと友達になれて嫌な奴などいないのです。さて、このまま白の領土へ行ってしまいましょうか」
「えっ。いいのかしら、師匠さんに何も言わずに行ってしまって」
「このまま戻って、また赤の連中に見つかったら困るですからね。師匠には後で全部説明しましょう。師匠は変態ですが話せば分かる奴です」
「……ありがとう、ピーリカ」
「ふふん。もっと言っていいですよ」
朝日のせいでセリーナの表情が影に隠れた。彼女の胸の内を気づいていないピーリカは、バッグの中を漁る。
「そうだ。洋服持ってきた時にセリーナの靴持ってきたですよ」
「まぁ、感謝してもしきれないわね」
ピーリカが土の上に置いた靴の中に、セリーナはスッと足を入れた。流石はお姫様といったところか、その仕草の一つ一つが美しい。
靴を履き終えたセリーナは、辺りを見渡した。
「ところで、ここは一体どこかしら」
「一応黒の領土のはずですが、今どの辺りにいるのかはよく分からないです」
「でも下手に動くと赤い髪の方たちに見つかるかも」
「じゃあ飛ぶのは無しですね。となると地道に歩くしかないです」
「今日中に白の領土につくかしら」
「どうでしょう。まずは今どこにいるのか確認して、そこから近道を探してみるです。黒の民族を探しましょう。奴らはわたしのしもべみたいなものですから」
しもべ? とは思ったものの、先を急ぎたかったセリーナはあえて聞かなかった。
森の中を歩き、大きな湖の前へ出た。その奥には、大きな崖がそびえたっている。ピーリカは湖の畔で、黒の民族を見つけた。一人で釣りをしている男。
あれは確か、以前師匠が具合の悪くなった時に出てきた農民モブ。とても暇そうだ。
そう判断したピーリカは、すぐさま声をかけた。
「おーい、そこの愚民ーっ」
愚民と呼ばれた男。怒っている様子はなく、むしろ微笑んでいた。
「これはこれは。巨乳好きに定評のあるマージジルマ様に惚れている無乳のピーリカ嬢。ごきげんよう」
「死にたいですか貴様!」
怒るピーリカを気にせず、男はセリーナに目を向けた。
「あっ美人! ごきげんよう!」
分かりやすくハートマークを飛ばす愚民に、ピーリカは余計に怒りを抱く。
「貴様何故セリーナにはそんな礼儀正しくするですか。わたしの事も敬いなさい!」
「だって俺ピーリカ嬢の事は、うるせぇチビだなとしか思ってないから」
「なにおう!」
「そんな事よりこちらの美人を紹介しろ下さい」
「本当に図々しいですね。聞いてひれ伏せ、見て地に頭を下げろ。彼女はセリーナ。ムーンメイクのお姫様です!」
「お姫様って……もしや今度結婚パレードやるとかいう?」
「そうです。立派でしょう」
「なんだ既婚者か。がっかりー」
「がっかりしてないで敬えです」
「うるせぇチビだな」
「貴様! ケバブにしてやる!」
今にも殴りかかりそうなピーリカを、セリーナが止めに入る。
「ピーリカ、そのくらいにしておいた方が」
「ダメですよセリーナ。愚民を躾けるのも代表の役目。クソみたいな態度をしていたら怒らなきゃいけないのです。セリーナも怒って良いですよ。さぁ言うのです。貴様のような愚民、お天道様、いいえ、お月さまにも顔向けさせられません。月に代わっておしおきしてやるです、と!」
「えっ、えぇ?」
「さぁ!」
「つ……月に代わっておしおき、よ?」
男は哀れみの目でセリーナを見た。
「お姫様、嫌な事は嫌だと言っていいんですよ。ピーリカ嬢の事も引っ叩いていいです」
「そこまででは……」
何と言われようとピーリカは男を下に見ている。
「口の減らない男ですね。まぁ愚民の相手をしている場合じゃないのです。貴様、ここから白の領土への行き方を教えろ下さい」
「飛んでいけばいいじゃん」
「目立つと困るからそれは無しです」
「まさかマージジルマ様と喧嘩でもして家出してきたの? 好きなら素直になればいいのに」
「うるさい黙れです。喧嘩してませんし、家出でもないです!」
好きという所は訂正しないんだな、と思った男。だが彼にとってはわりとどうでもいい事なので、その辺りはスルー。
「それならいいけど。白の領土はすぐそこ。崖を登った上」
「崖を……登れるわけないでしょう! おバカさんですか貴様!」
「バカでもないし、冗談でもないよ。飛ばないなら、そこが一番近道。そうでなければ桃の領土と青の領土を渡って、緑の領土にある道を渡って行くしかないもん。めんどうでしょ」
「もっと楽な道はないのですか」
「ないよ。そもそもあそこはあんまり行くなって言われてるでしょ。あそこ霧がすごく濃いし、ピーリカ嬢みたいなおチビが行くと迷子になったまま出てこられなくなるよ」
「このわたしが迷子になるはずないのです。所詮霧でしょう。この間行きましたが、そんなもの取っ払う事が出来ましたし、別に怖くなんてないのです。仕方ない、崖を登りますよセリーナ」
セリーナを連れて崖を登ろうとしているピーリカを、男は止める。
「お姫様が崖を登る訳ないでしょ。危険な事に巻き込まないで」
「貴様が登れって言ったですよ」
「ピーリカ嬢が登るものだと思ったから」
「何故わたしには危険な事を進めたですか!」
「ピーリカ嬢はちょっとやそっとじゃ死ななさそうだから……マージジルマ様にフられたら流石に死にかける?」
「フられませんもん!」
このままじゃ埒が明かない。そう思ったセリーナは話をそらすように、男にある事を確認する。
「それより、別の領土を通って行くとなると、どのくらいの時間がかかるのでしょうか」
「今から行っても夜になるんじゃないですかね。崖ならその半分の時間で済むと思います」
「そうですか。だったら……少し時間がかかっても、安全な道で行きましょうよピーリカ。わざわざ危険な目にあう事ないわ」
セリーナからの提案に、ピーリカも考えた。
「一理あるですね。でも……桃の領土を通らないとってなると」
「何か問題があるの?」
「あそこ、本物のロリコンがいるですよ」
「えっ」
言葉足らずのピーリカに変わり、男が説明する。
「桃の民族は博愛主義って言うか、痴漢と痴女しかいないんですよ。ブサイクでもデブでも愛する見境のない奴らだから、下手に他の民族が近寄ると修羅場になります」
「で、でもどうにか話をすれば」
「まともに話聞く連中じゃないんですよねぇ。逮捕しても殴ってもプレイだと考えちゃうから。ま、どうしても道を通りたいなら我慢するしかないね。大人しく触られてください」
ピーリカはキリッとした表情を見せた。
「通っても、桃の民族に会わなきゃいいだけです」
「そ、そうね。こっそり行けば何とかなるわよね」
「よし。じゃあ行きましょう。そこの愚民、褒めてつかわす!」
男は偉そうに去るピーリカにヒラヒラと手を振った。彼女達の背中の背中が小さくなった所で、周囲を見渡す。湖の淵に咲いていた、小さな花の茎を掴んだかと思えば。花の中央に向かって話しかける。
「マージジルマ様、こちら崖前、湖の畔。ピーリカ嬢は桃の領土ルートで白の領土に向かいましたぁ」
これはカタブラ国の植物にかけられた、植物で人と人を繋ぐ緑の魔法。
『ご苦労』
花から聞こえたのは、マージジルマの声。
愚民はピーリカのしもべでも何でもなかった。




