師匠、王子様に会う
「やっぱりセリーナ、サイノスさんの事まだ好きなんじゃーん! きっと僕の事なんてどうとも思って無いんだ。そりゃそうだよ。そもそも趣味バラバラ、ノリちぐはぐ、性格真逆。その違いが素敵だって、想ってたのはきっと僕だけなんだ! 分かってたとも、政略結婚だしね。僕の方が年下だしね。分かってるよ、分かってたけど! このままセリーナ帰って来なかったらどうしよう。やーだーぁあああああ!」
ぶっ壊れたように見えるが、これが彼の素なのだ。だからこそドーナツ揚げろなどと突拍子もない発想が出てきた。
そんな彼の元に、マージジルマが部屋の壁をすり抜けてやって来た。右肩にはラミパスが座っている。
「そんなにかよ」
「そうだよ。って、うわぁあああああ!」
「うるせー奴だな」
「なっ、何だ君は!」
「カタブラ国、黒の民族代表。マージジルマ・ジドラです」
マージジルマは王子相手に、一応頭を下げる。胸ポケットからハンカチーフを取り出したプラパは、己の涙を拭った。今更感はあったものの、凛々しさを醸し出す。
「黒の民族って事は、あのピーリカって子の身内の方かな」
「そんな感じだ。うちのバカがすいませんね」
「まさか詫びを言いに?」
「そんなんだったらこんな真夜中に来ねーで昼間に来るわ。っと、敬語敬語」
ピーリカに敬語を使えと言っているマージジルマだが、コイツも敬語や礼儀には不慣れだったりする。プラパはハンカチーフを胸ポケットに仕舞いながら問う。
「じゃあ何故来たんだ? まさかセリーナに何か」
「何もないです。お姫さんは無事だから安心しろ下さい。と言っても、破壊魔のピーリカと一緒にいるから、これから無事かと聞かれると頷けないんですが」
「それは危険だ。一刻も早く連れ戻さないといけない。君、彼女の居場所を知っているのなら案内してくれないか」
「それにはお答え出来ません……あー、やっぱ敬語めんどくせぇな。てめーも素で喋っていいぞ。さっきのが本性なんだろ」
マージジルマの態度に驚きつつも、セリーナの事を心配したプラパは、そのまま話を続けた。
「……君、そこまで敬語使えてないと思うんだけど。まぁいいや。それよりセリーナの居場所を教えられないってどういう事? まさか誘拐して金品を要求する気じゃ」
「んにゃ。どっちかって言うと、お前の方に用がある」
「僕?」
マージジルマは手に持っていた手紙をプラパに渡す。
「これは?」
「俺らの所に届いた、サイノス・ロードからの手紙。要約すると、お姫さんがサイノスを追って来たらオーロラウェーブ王国の王子――お前の味方をしてくれって書いてある。それから、奴はお前とお姫さんの結婚を望んでいる」
「そんな……まさか」
「信じなくてもいい。けど、信じた方がお前のためだろうな」
「じゃ、じゃあ仮に信じるとしよう。何で君はセリーナの居場所を教えられないの? ま、まさか君もセリーナを」
「大丈夫大丈夫。お姫さん、まっっっっっっっったく俺の好みじゃねぇから」
それでもセリーナの姿をしたピーリカにいたずらした事は黙っておくマージジルマ。
プラパは眉を八の字にする。結婚相手を奪われる心配がないのは良い事だが、そこまで否定されるのも悲しい。
「それはそれでどう思えばいいのか分からないけど、じゃあ何故教えてくれないのか」
「金にならないだろうが」
「や、やっぱり誘拐じゃ」
「違うっての。いいか、今お姫さんはうちのバカ弟子と一緒にいて、二人してサイノス・ロードを探しに行こうとしている。どんなに多くの兵が立ち向かっても、一応ピーリカも黒の魔法使い。反撃食らう可能性が高いだろ。けど、俺にとってはピーリカの力なんざ小動物程度だ」
「つまり……?」
マージジルマはあくどい笑みを見せつけた。
「俺なら姫さん連れ戻せるって言ってんだよ。勿論、タダじゃねぇけど」
***
その頃。泣き寝入りしていたピーリカはとある音で目を覚ました。
コンコン、と軽く扉を叩く音。セリーナを起こさないよう、そっとベッドを下りて。
音が聞こえた玄関へと向かう。
「こんな夜中に誰ですか、無礼者」
「おうピーリカ。起こしたか? ごめんな」
目の前に立っていたのは、赤の魔法使い代表、シャバだった。彼の後ろにも、口元を黒い布で覆う赤い髪の男が二人立っていた。
「何の用ですか。あのド変態師匠なら地下ですよ」
「いや、ピーリカに用があって来た」
「わたしに用はないです。さよなら」
「まぁまぁ」
シャバはピーリカの脇の下に手を入れ、ひょいと持ち上げた。
「ひょああ! この変態、離せです!」
「よーし。お前ら、探せー」
後ろにいた二人が家の中に入っていく。ピーリカはジタバタと手足をバタつかせた。
「不法侵入ですよ。悪者!」
「悪いな。外交問題なんだ」
「がいこーなんて知らんです。離せです」
男はピーリカをゆっくりと夜空に掲げた。
「ほら、たかいたかーい」
「やめろ!」
ピーリカは完全に子供扱いされている。
「きゃああっ」
「……セリーナっ!」
家の中で聞こえたセリーナの声。ピーリカは何とか逃げ出そうと暴れたものの、相手の力の方が大きい。
中から出てきた男二人の片方が、セリーナをお姫様抱っこで抱えていた。
「セリーナ様、無事確保しました」
その様子を見て、ピーリカはさらに騒ぎ出す。
「この変態共、セリーナを離せです。それから、わたしの事もあぁやって抱っこしろです。扱いが違う!」
「分かった分かった。今度な」
「今度なんてなくていいですけどね。それより離せです!」
「離してはやるけど、お姫様とはバイバイな。よし、セリーナ様はお城にお連れしよう」
「何言うですか。バイバイしないです。離せです」
「はいはい。レルルロローラ・レ・ルリーラ」
シャバは呪文を唱えたと同時に、ピーリカから両手を離した。地面に現れた魔法陣の上に落ちたピーリカ。痛くはなかったが、熱気を感じている。
「これは……赤の魔法!」
子供の形をしたいくつもの炎が現れ、ピーリカを囲う。火の子達は手を繋ぎ、歌いながらグルグルと回り始めた。
『真っ赤な炎、カッコイイ炎。ステキなー神の恵みさー。称えよ、歌えよ、ランラランララー』
「称えません、歌いません。いいから黙って消えろです!」
そう言ったものの、消える気配のない火の子。
魔法を発動したシャバは、炎の奥のピーリカを見つめる。
「無駄だピーリカ。赤の魔法は炎の魔法。熱と明かりを生み出し、時に傷つけてしまう罪な魔法よ」
「うるせぇクソポエマー! 消せです!」
「口が悪いぞピーリカ。時が来れば自然と消えるから、大人しくしとけ。火傷するぜ?」
シャバはそう言うと、セリーナ達を連れて山道を下った。
「待てです、セリーナ連れて行くなです。悪党、この悪党!」
「ピーリカぁっ」
いくら叫んでも彼らは止まる事なくセリーナを連れ進んでいった。
ピーリカは口で息を吹くも、火の子の顔の形が歪むだけ。とてもじゃないが消えそうには無かった。
黒の魔法では消して脱出するというのは不可能。であれば消すという考え自体を変えなければならない。
ピーリカは両手を構え、呪文を唱えた。
「ラリルレリーラ・ラ・ロリーラ!」
火の子達の足元に現れた魔法陣。それと同時に、子供達の肩に炎のマントが現れた。子供達は魔法陣から飛び出し、セリーナを連れて行った男達を追いかけた。
囲んでいた子供達が飛んで行った事により自由に動けるようになったピーリカは、まず家の中に戻った。何故なら今、彼女はパジャマだから。気にしない者は気にしないのだろうが、彼女にとってはパジャマで外を出歩くなど言語道断。
急いでいつもの黒いワンピースに着替え、ショルダーバッグを肩にかけた。
ベッド脇に置き去りにされたセリーナの靴を見つけ、無理やりショルダーバッグに詰める。そして急いでセリーナと炎の子供達を追いかけ走った。




