弟子、お姫様とお風呂に入る
「よくないわピーリカ!」
「安心するです。今出てきたのは新品ですから」
「安心なんて出来ないわ。その、私のはどこへ!? それだってどこから」
「黒の領土の、どこかのお店のはずです。物々交換ですから。お金は気にしないで大丈夫ですよ」
「ダメよピーリカ、着用していたものと新品の交換なんて!」
きょとんとしている弟子に、マージジルマがフォローを入れた。
「大丈夫だ。黒の民族、俺らの魔法の事知ってるし。盗まれ慣れてる」
「そんな。それじゃあお店の利益が」
「あぁ。お姫さんの下着はきっと『黒の魔法使いが使用したと思われる下着』って名目で売られると思うから。利益的には問題ない。どっかの金持ちのおっさんが言い値で買って、むしろ儲かってるかもしれない」
「~~っ!」
セリーナは声にならない叫びをあげた。だがマージジルマが気にする事はなく。
「どうしてもってんなら、店探し出して返してもらえばいい。ただ今から店を探すのは無理があると思う。もう店も閉まる時間だろうし、使用済みの下着はありませんかとでも聞いて尋ねて周るくらいなら諦めた方が良いと思うけどな」
真っ赤な顔をしたセリーナだったが、胸元を隠しているせいで顔は隠せなかった。こんなにも羞恥心を抱いたのは生まれて初めてだ。だが彼女達の力がなければ、想い人の元へ行けないかもしれない事も分かっていて。
「諦めます……」
セリーナは涙目のまま床に落ちている下着を拾い上げた。
人を呪う事に慣れつつあるピーリカだが、根っから悪い性格という訳ではない。恥ずかしがっているセリーナを見て、一応反省した。
「セリーナ、そんなに嫌ですか。なら謝るですよ」
「いいのよピーリカ、善意なのは分かってるもの……」
「そうですか? なら早く行きましょう。あっちですよ」
ピーリカに背中を押されたセリーナは、脱衣所へと連れて行かれる。鏡のついた洗面台の横には脱いだ服を入れるかごと、タオルの入った蓋付きのかごが一つずつ置かれている。そんな少し狭い脱衣所で、セリーナは床に膝をつけた。
「お願いピーリカ。背中のファスナー、降ろしてもらえる?」
「いいですよ」
ピーリカは言われた通りセリーナのドレスについたファスナーを下ろす。
どっかの誰かさんのせいで下着すら着けていない、生まれたままの真っ白な背中を露わにしたセリーナ。
そのシルエットを見たピーリカは、キレイだと思った。それと同時に、不安を感じた。女の自分ですらキレイだと思ったものを、男が見たらどうなってしまうのか。
「わたし、忘れ物をしたです。セリーナは先に体を洗っておけです」
「分かったわ。ありがとう」
予防線を張りに師匠の元へ向かう。
「おい師匠」
「何だよ」
「覗くなですよ」
「誰が!」
怒られたピーリカはピューっと走って脱衣所へ戻って行った。
ほこほこと立ち込めていた湯気。
全身を洗い終えた二人は狭い湯舟に向かい合うように座り入っていた。セリーナは編み込まれた髪をほどき、ゆるく一つに括っている。
ピーリカの目線の先には、肌色のお山が二つ。
「セリーナ……そこそこおっぱいあるですね」
「あ、あんまり見ないで頂戴」
セリーナの胸の丸みは、まるで花の蕾のようで。決して驚くような大きいサイズではないが、触れずとも伝わる柔らかさにツヤとハリのある美乳。
対してピーリカの胸に丸みなんてものはなく、断崖絶壁ぺったんこ。内側に大きく秘めた想いがあったとしても、それだけで膨らむなら男だって巨乳になる。
「どうすれば大きくなるですか」
「そうねぇ。規則正しい生活を送るしかないかしら」
「わたしはお利口さんなので常日頃規則正しい生活を送っているですよ」
「じゃあそんなに心配しなくても、成長するにつれ大きくなるんじゃないかしら」
「だと良いんですけど、このままの大きさだと師匠は相手にしてくれねーです」
「そんな。胸が女性の全てじゃないわ」
「あの男にそんな言葉は通用しません。わたしのママは巨乳なのですが、師匠はママと会話する時ママのおっぱいしか見てません。むしろおっぱいと会話してます。師匠に問いただすと『顔を見ると緊張するから』とかふざけた事を抜かすです。人見知りでもないくせに。むしろ初対面相手でも憎まれ口を叩けるくせに」
「うーん……でもピーリカは、それでも師匠さんの事好きなんでしょう。それはどうして?」
セリーナの純粋な問いに、少し考えてから答えるピーリカ。頬が赤いのは、お湯に浸かっているからという事にしよう。
「師匠は確かに口悪いですし、態度悪いですし、おっぱい魔人です。でも師匠は、ちゃんとわたしを信じてくれてるです。わたしのパパは、どうせ出来ないんだからやるなって。そう言われたら天才のわたしとしては、とても腹立たしいのですよ。でも師匠は言わないんです。怒ってばっかりだけど、やれば出来るんだからって言って、チャンスをくれるです。だからわたしも頑張るですよ」
絶対に師匠相手には言えない想い。素直なピーリカを見て、セリーナは微笑んだ。
「ピーリカ、可愛い」
「当然です。後は、そうですね。魔法使ってる所はまぁカッコいいんじゃないですかね。虫の次位には」
「ふふ、本当は一番だと思っているんでしょう」
「……どうも難しいですね。相手に想いを伝えるというのは」
「ほんとに。好きな人相手なのに、何故か怖くて」
「はい。頑張っても報われるとも限らないですし」
「それでも相手に喜んでほしくて、試行錯誤を重ねるのよね」
「そうです。けど、それでうまくいかないと」
「泣きたくなるし、苦しくなるの」
想いと同時に、二人してため息を吐いた。
「えぇい。湿っぽいのは無しですよ。わたしは師匠の好きな所言いました。ならば、今度はセリーナの番ですよ」
「内緒じゃダメ?」
「ダメです!」
「ふふ、そうねぇ。んー、優しかったのよ」
「……それだけですか?」
「あら、ご不満?」
「ご不満ってほどじゃねぇですけど、もっとこう、かっこよかったとか」
「どちらかと言えばドジだったわ。すぐ転んで、手当や治療をする事がしょっちゅうだったわね」
「それじゃあ、かっこよくないですね」
「あぁでも、仕事をしていた姿はかっこよかったわ。サイノスはね、庭師だったのよ」
「庭師って、お庭の花の手入れとかしたりする?」
「そう。城の庭に咲いた花を、丁寧に管理していたの。ポポタンもその内の一つよ。私が近寄ると、頬を赤くして笑ってくれて。花をくれたりもしたの」
「おやセリーナ、幸せそうな顔してるですね」
「そう? 恥ずかしいから、内緒にして頂戴」
「はい、内緒ですよ」
二人は小さく、笑いあった。
風呂から出たピーリカとセリーナ。ピーリカは薄いピンク色のパジャマを、セリーナはマージジルマのシャツを着た。
セリーナの方がマージジルマより背があるせいか、シャツの下から太ももがチラチラと見え隠れする。気をつけないと、下着が見えてしまいそうなくらい丈が短かった。
「まるでワンピースですね」
「そうね……やっぱりピーリカ、これ着たかった?」
「いいのですよ。気にするなです。わたしはいざとなれば師匠から直接奪えますから」
「まぁ」
クスクスと笑いあう二人の鼻に、美味しそうな香りが届いた。




