弟子、拷問を受ける(おいしい)
ピーリカ目掛けて一斉に飛び掛かる従者達。
「何するですか、離せです!」
従者の一人がもの凄い剣幕でピーリカを見た。
「逃がすものか。セリーナ様はどうした。そのティアラも奪ったんじゃないだろうな!」
「そんな品のないことしません!」
「返せ!」
「あぁっ、貴様のものでもないでしょう!」
従者はピーリカの頭からティアラを取った。
続けてメイド服を着た使用人が、ピーリカのドレスを掴んだ。
「思い出したわ。このドレス、セリーナ様が幼い時に着ていたドレスよ!」
「もらったです!」
「信じられないわ。他にも宝石とか隠してないでしょうね!」
ドレスを脱がされるピーリカは、キャミソールと小さなリボンのついたお子様ぱんつ姿に早変わり。
「うわーっ、何するですかぁ!」
「うるさいっ」
「変態、泥棒、追いはぎーっ」
「黙れっ」
暴れるピーリカは従者達によって床の上に抑えつけられた。プラパはピーリカの前に立ち、両腕を組んだ。
「さて、答えよ。セリーナはどこだ?」
「知らねぇです。どっかのお店行ったかもですね」
「もっと細かな位置を言いたまえ。さもなくば我々は、君にひどい事をしなければならない」
「知らないものは知らないですもん!」
「そうか……子供相手に拷問は気が引けるな。そうだ、誰か子供が喜びそうなものを用意出来ないか。例えば甘味とか」
「子供扱いするなです!」
ジタバタと手足を動かすピーリカ。従者の一人が厨房へと走る。
「シェフにスイーツを用意させます!」
スイーツと聞いたピーリカは、手足をバタつかせるのを止めた。そんなステキな響きの食べ物、師匠は買ってくれない。
しばらくして、調理着を着たシェフが一口サイズのケーキが乗るトレーを運んできた。白いクリームに赤い実の乗った王道ケーキに、フルーツがたくさん使われたケーキ。甘い香りのする茶色のケーキに、ピンク色でハート型をした可愛いケーキ。緑色の粉がかかったケーキもあれば、ほどよく焼き目のついた黄色いタルトもある。
「プラパ王子。こちらを」
「礼を言う。さぁ、プリンセス……ではないのか。ピーリカ。正直に言ったらこれは君のものだ」
可愛くて美味しそうなケーキを前に、ピーリカは思わずよだれを垂らす。だが素直ではない彼女は、こんな時でも強情だ。
「ふんだ。そんな見るからに高カロリーなもの、食べたら太りますからね。いりません!」
「そうか。じゃあ逆に食べさせてあげよう。セリーナの場所を言え。さもなくば君の口に無理やりケーキを入れていく」
「なっ、何て奴だ!」
「僕も頂いた事がある。ムーンメイク王国のスイーツはとても美味しいよ」
「ダメです。わたし夕ご飯まだなんです。夕ご飯前にそんなもの食べたら師匠に怒られます!」
「じゃあセリーナの居場所を」
「知らないんですってば!」
ため息を吐いたプラパは、シェフに目を向けた。
「シェフ」
「はっ」
シェフはフォークを手にし、ピーリカの口の中に無理やりケーキを入れる。赤い実の甘酸っぱさが弾けた。フワフワしたスポンジに滑らかな口溶けのクリーム。生まれたのは幸せなハーモニー。
「うわぁーっ、おいしいーっ!」
泣きながらケーキを食べるピーリカに、プラパはニコリと笑いながら問いた。
「そうだろう。ただ残念ながら、美味しいものは大体高カロリーなんだ。その点を踏まえた上で答えよ。セリーナはどこだ」
「知りません!」
「シェフ」
ピーリカは二個目を口の中に入れられ、もぐもぐと食べる。
プラパはこのままのペースだとセリーナの居場所を聞き出すにはまだまだ時間がかかると判断し、シェフからケーキの乗ったトレーとフォークを受け取る。
「代わろう」
「王子にそんな」
「いいんだ、頼みたい事があるからな」
「何でしょう」
「ドーナツを揚げろ。早急にな」
「かしこまりました」
ドーナツ、それは美味しくも油分たっぷりな高カロリーお菓子。様々な味で飽きを遠のかせ、腹も膨れるお菓子界のローレライ。
このままだと師匠に怒られる上に太ってしまう。そう思ったピーリカはケーキを飲み込んで、すぐさま呪文を唱えた。
「ラリルレリーラ・ラ・ロリーラ!」
王子と従者達の頭上に現れた魔法陣。
そこから降ってきた、糸を引く茶色い豆。何かを発酵させたような独特なにおいのするその豆は、髪や体に纏わりついて。とてもベタベタする。
「うわっ、何だこれは!」
「くさい!」
ピーリカの体を抑えていた従者達も、あまりの豆の鬱陶しさに苛立ち。思わずピーリカを離し豆を払った。ピーリカはその隙に体を起こし、走り出す。
「追え!」
従者達の手をかいくぐり、部屋を出て広い通路へと逃げ出すピーリカ。そして少し後悔した。
ドーナツも一つくらい食べてからにすれば良かったかもしれない。それに、大人しくその場に留まっていれば、白馬の王子様のように師匠に迎えてきてもらえたかもしれない、と。
最も師匠は白馬なんて似合わなさそうだ、とも。
ピーリカは広い城の中を下着姿で走りまわり、見覚えのある部屋の前へやってきた。
セリーナが連れて行ってくれた、ドレスルーム。部屋の中に入ったものの、あったのは何もかかっていないハンガーばかり。
「そうか、ドレスは全部うちに移動しちゃったから……って事は、わたしのドレス全部無くなっちゃったじゃないですか!」
ピーリカは床を強く踏みつけて怒る。
着ていたドレスもティアラも取られ、気分は最悪。
「しかしこのまま下着姿で出歩くというのも、破廉恥極まりないですね。いつ師匠のような変態に目をつけられるかも分からないですし。何かないですかね」
ピーリカは必死に部屋の中を漁る。フィッティングルームの中で、自分が脱ぎ捨てた黒いワンピースを見つけた。
「またこれですか。仕方ない」
イラストが描いてある訳でもなければリボンなどの装飾品もついてない、シンプルなワンピース。親と師匠から「どうせ汚すから」と言われ、与えられた選ばれしデザイン。
別に嫌いという程ではないが、さっきまで着ていた色とりどりなドレス達と比較してしまうと、どうも地味すぎる。
とは言え他に着れそうなものも見当たらない。
仕方なく自身のワンピースを着る。悲しい事に、とてもしっくり来た。
「悲しくなってる場合じゃないですね。師匠とセリーナを二人きりにさせる訳にはいかないのです。早く帰らないと。何か盗めそうで乗れそうなものはないですかね」
ピーリカは盗みを働くために城の中を走り回る。
「いたぞ、あそこだ!」
広々とした廊下の前で、兵士に見つかる。掴まる前に、ダッシュで逃げた。
「こっちだ!」
別の使用人に見つかり、また違う道を通る。怪盗の気分で走り回るピーリカ。だが使用人達は子ネズミを追いかけまわしている気分だった。
ピーリカは駆け巡っている間に、大きな扉を見つけた。
きっとあれが、外に繋がる扉だ。そう判断し、体当たりをするように勢いよく扉に突っ込んだ。
光と共に差し込んで来た、花の香り。
目の前に広がる景色に、ピーリカは思わず足を止めた。中央には、ドラゴンの形をした石像が水を吐き出しているデザインの噴水。その周りを囲うように並べられた色とりどりの花々が、ライトに照らされ輝いていた。中にはセリーナが言っていた、ポポタンの花がいっぱい咲いている場所もあった。
その横のレンガで出来た道。脇に作られた草原には、毛並みの良さそうな馬がいた。
「そうだ。馬で逃げましょう。ラリルレリーラ・ラ・ロローラ!」
ピーリカは呪文を間違えた。馬の胴体に魔法陣が現れたものの、馬は動く様子は見られず。むしろ眠ってしまった。
「あら?! な、何寝てるですか。姫のように愛らしいわたしのピンチなのですよ。起きろです!」
寝かせたのは自分かもしれないと、実は分かっているくせに認めないピーリカ。
「いた!」
城の中から数人の兵士が飛び出してきた。先の鋭利な槍を持っていて、実に危ない。
周りを見渡したピーリカの目に、再び噴水に目が行った。
「あれでいいです。ラリルレリーラ・ラ・ロリーラ!」




