弟子、お姫様と勘違いされる
家の外で待っていたピーリカは、戻ってきたマージジルマの手の内に握られた封筒の存在に気づいた。
「まさかそれはラブレターというものでは」
「そうかもな。中には現金が入ってるからな」
「師匠用のラブレターだ! へ、返事は?」
「もっとデカい額寄越せ」
「何様なんだと言いたい所ですが、別に付き合ったりはしないですね? テクマとやらは師匠の好みじゃないですね? まぁ別に師匠が誰と付き合おうとわたしには関係ないですけど」
「何であんなグータラと付き合わなきゃなんだよ」
「そうですか……師匠にグータラなんて言われるとは、可哀そうな奴だ!」
「訳分かんない事言ってんじゃねぇっての。ほら、早く帰るぞ」
歩き始めた師匠を、言葉で止める弟子。
「待って下さい師匠。その前に街に行ってお買い物するです」
「は? 何をだよ」
「セリーナのもの買うです。お泊りするのに着替えとか必要でしょう。いつまでもドレスというのも窮屈でしょうし。普通のお洋服も買いましょう。可愛いやつ。ついでにわたしのも買ってください」
「誰が買うか。というか待て。まさかお姫さん、うちに泊める気か?」
「当たり前でしょう」
「帰せ」
「嫌です」
「嫌じゃねぇんだよ。どこに寝かすんだよ」
「そうか、うちは狭いし客室なんてないから。仕方ない、わたしと一緒に寝てやるです」
「お前のベッドだってシングルだし、小さいし。お姫さんにとっては狭いだろうが」
「じゃあ師匠のベッドを使わせるので、師匠は外で、地面の上で葉っぱでもかぶって寝て下さい」
「師匠を何だと思ってやがる。俺のベッドは俺のもんだ。誰にもやらん。お姫さんは帰せ」
何を言っても聞き入れない師匠に対し、両頬をパンパンに膨らませて怒るピーリカ。
その時だ。
茶色い馬に跨った鎧を着た男が、三人の前に現れた。
「あぁ、ようやく見つけた! セリーナ様、こんな所で何をなさっているのですか。プラパ様がお待ちです。失礼します」
男はピーリカをヒョイと抱えて、馬を走らせた。
パカラっ、パカラっ。
そしてマージジルマとセリーナだけがその場に残る。
「何で連れて行かれたんだアイツ!」
「今の人、プラパの……私の結婚相手の国の従者だわ。服に紋章があったから間違いない」
「お姫さんとピーリカを間違えたって事か」
「ごめんなさい。きっと彼にもらったティアラをつけてたからだわ。私がピーリカに貸したりしなければ」
「あぁいい。謝らなくて。元はと言えばあのバカが悪いから」
「そんな事」
「俺に謝る位なら、ピーリカに謝れ」
「えぇ。きっと一人で連れて行かれて寂しい思いをしてるものね」
「そっちじゃない」
「そっちじゃない?」
「お姫さん、ピーリカに嘘ついてるだろ」
「何故?」
きょとんとしたセリーナを、マージジルマは睨みつける。
「黒の、呪いの魔法使い代表を前に嘘貫き通せると思うなよ? 嘘や裏切りなんて、クソほど見てるんだよ」
「……騙すために嘘をついているんじゃないわ。ただ、言えていない事があるだけよ」
セリーナは悲しそうに笑みを浮かべた。
***
城に連れて行かれたピーリカ。だが彼女がそう大人しい訳がない。両腕両足、口を動かす。
「離せブサイク!」
「口を慎め! 全く、王子はこんなお転婆姫と結婚して大丈夫なのか?」
「誰が王子となんか結婚するものか! わたしはわたしに相応しい、それなりに強い人としか結婚しねーです!」
「何てことを。王子は強く、お優しい方だ。確かに貴女よりは年下かもしれないが……どう見ても王子の方が年上だな。それに以前はもう少し大人びていたような……気のせいか?」
「はーなーせー!」
「えぇい、大人しくしろ。いくら姫でも許さんぞ!」
暴れ続けたピーリカだが、開放される事はなく。広々とした部屋の一室に連れて行かれた。部屋の中央には高級そうな机椅子が置かれ、その周りを使用人と思われる者達が囲んでいた。
ただ一人椅子に座っていた男がピーリカと従者を見つめる。ボタンの多い、いかにもな王子様の服を着ている男。銀色の長い髪を一つに束ね後ろに垂らしている。まだ幼さが残る可愛らしい顔立ちを見て、ピーリカは好みじゃないなと思った。
「騒々しいよ」
「王子! 申し訳ありません。その、大変言いにくいのですがセリーナ様が少々お転婆でして」
「彼女はセリーナじゃないが?」
「えぇ?! だってこのティアラは」
「あぁ。間違いなく僕があげたものだが、こんなに幼い子なはずないだろう。セリーナとは僕も君達従者も数回しか会ってないし、覚えてなくとも無理はないとはいえ……ティアラで判断するのはいけないな」
「そうですか、それは……申し訳ありません」
従者はピーリカを優しく床上におろし、頭を下げた。
床ではあるが、質の良い絨毯が敷かれていた。
ピーリカは絨毯を触りながら、この間師匠と一緒に乗ったやつよりうんと柔らかい。などと考えていた。
そんな高級絨毯を躊躇する事なく踏みつけた王子は、ピーリカの目の前に立つ。
「誰だ君は」
「このわたしを知らないとは、随分と世間知らずのようですね」
ピーリカの顔をジッと見つめる王子。彼は外交のために他国へ足を運んだ事や、王族のパーティーに出席した事は何度かある。だが今までピーリカの姿を見た記憶など一度もなかった。しかしティアラをかぶっている上、明らかに質の良いドレスを着ている。
何よりもこの図々しいの態度。もしやどこか遠方に住む姫君なのでは? と思っていたのだった。
王子は跪いて、ピーリカに目線を合わせる。
「申し訳ございません。我が名はプラパ・オーロラウェーブ。オーロラウェーブ王国第二王子です」
「そうですか。わたしはピーリカ・リララ。覚えておけです」
「プリンセス・ピーリカ……貴女はセリーナの親族か何かで? それに、何故そのティアラを?」
「友達です。ティアラはちょっと借りました」
自分の事をプリンセス級にかわいいと思っているので、プリンセスと呼ばれても特に否定しなかったピーリカ。
それから、否定されなかったので普通に自分が知らない国の姫君なのだなと思ったプラパ。
「そうでしたか、それは失礼いたしました。ところでセリーナは」
「買い物しに行こうとしてたです」
「そうですか。今後について話をしたかったのですが……彼女はもう少しでこの辺りを離れるし、急かすのも可哀そうだろうか」
「離れる?」
「はい。我がオーロラウェーブ王国は海向こうの国ですから。嫁いだらそうそう帰って来れないでしょう」
「さては貴……お前、セリーナの結婚相手ですね」
相手は王子。ピーリカはセリーナからの忠告を思い出し、貴様と言おうとしたのは訂正した。
「はい。明後日には彼女と共に旅立ちます」
「明後日!?」
「えぇ、聞いてませんか」
「聞いてねーですし、まだ見つかってないのに」
「見つかってない? まさかセリーナ、行方不明に!?」
「あぁいえ、セリーナはわたしの師匠と一緒にいるです……待って。つまりセリーナ、師匠と二人きりですよ!」
焦るピーリカを見て、プラパも焦り始めた。
「師匠って、まさか男では」
「男ですよ。どっちかって言えば雄ですけど。これはマズい、いくらセリーナに好きな相手がいても、変態の師匠はお構いなしに手を出すかもしれねーです!」
「何だって!」
「こうしちゃいられない。今すぐ戻るです」
ピーリカはスッと立ちあがり、その場から立ち去ろうとしていた。そんな彼女をプラパが引き留めた。
「待ってください。僕も行きます」
「きっと邪魔なので来ないで下さい」
「何を言いますか。未来の妻が悪漢に襲われそうなんでしょう。剣の心得もあります。だから」
「貴様こそ何を言うですか。悪漢だなんてひどいですよ。わたしの師匠は確かに見た目も口も態度も頭も悪いですが、性格はそこまで悪くないのです」
そこまで言っておいて何が良いんだ。そう思ったプラパではあったが、そんな事よりも気になる事を彼女に問う。
「そもそも師匠って、なんの師匠なんですか」
「黒の魔法のに決まってるでしょう。わたしは次期黒の代表ですよ」
「黒の代表、魔法使い……それって、カタブラ国の? もしや貴方、姫ではない?」
「姫のように愛らしくはありますが、パパはデザイナーでママは主婦ですよ」
「……じゃあ知らなくて当然じゃないか!」
「うるせーです。貴様と喋ってる暇はないので帰るです!」
走って逃げようとするピーリカ。プラパは従者たちに向けて声を上げた。
「逃がすな、捉えよ!」




