弟子、悔しがる
「ところでお姫様、サイノス・ロードを探してるって?」
「は、はい」
「僕一応は知ってるんだけどさぁ」
「本当ですか!」
「うん。というか……君、知ってるよね。何で彼が君の前から姿を消したか」
「っ」
思わず言葉を詰まらせたセリーナ。一方のテクマは、笑ったままだ。その笑みの裏に良い事が隠れているとは限らないが。
「それでいて会いたいって言うのは、どうなのかなぁって。周りの人だって良い顔しないでしょう。君、お姫様なんだから」
「……良いんです。ただ一言、どうしても私の気持ちを伝えたくて」
「そっか。じゃあ止めない。けど、あんまりピーリカを悲しませないでね。ちゃんと……あっ……」
「……えっ」
口から血を垂れ流し、その場に倒れ込んだテクマ。
突然の出来事にピーリカは驚きの声をあげた。
「どうしたですか真っ白白助!」
「うーん、久々にいっぱい喋ったから……あー、無理。吐きそう」
「どどどどうしましょう。セリーナ」
動揺しているピーリカは狼狽えるだけで使い物にならない。
セリーナも青白い顔をしていたが、大きく深呼吸をして。手を動かした。
「落ち着いて、まずは横向きに寝かせるの」
「おおすごい。手際良いですね」
「一応国のためになる事は全て勉強したもの。あとは急いで医師を呼びましょう」
テクマは弱弱しい声を出す。
「あ……大丈夫。既にマージジルマくん呼んであるから」
そうは言うものの見るからに大丈夫そうではないテクマ。セリーナは冷静ながらも動揺していた。
「それは良かっ……良かったんですか? ピーリカ、貴方の師匠さん、医師の免許か何か持ってるの?」
心配そうな顔をするセリーナに見られたピーリカは、首を左右に振った。
「そんな訳ないでしょう。どちらかと言えば殺し担当ですよ。よく獣を殺して食べてます」
「人聞きの悪い。狩人と言え」
「師匠!」
突然ピーリカの背後に現れたマージジルマは、見るからに怒っていた。
「ウロウロしやがって。ババアから怒られたじゃねぇか。弟子をちゃんと見ろって」
「やっぱりばーさんなのですか? お姉さんと呼べと言われたですよ」
「あのクソババア。一万歳超えてるくせに何がお姉さんだ。図々しい」
「思ってた以上にばーさんでした! でも、ちゃんと見ろっていうのは間違ってません。師匠はもっとわたしを尊敬の目で見るべきなのです」
「何でだよ。あと黄の領土に霧発生させたのもお前か?」
「そんな事よりこの白い奴をどうにかしろです」
思い当たる節はあったが話を誤魔化したピーリカ。
誤魔化したと気づいたマージジルマだったが、今は目の前にいる死にかけの白い奴に目を向ける。
「おいテクマ、どうせ大丈夫だろ。徘徊してねぇでさっさと帰れ」
マージジルマはテクマの頬を軽く叩いた。
拗ねた顔をしたテクマは、両腕を彼の首に回す。
その様子をピーリカにガン見されている事にマージジルマは気づいていない。一方のテクマは、気づいていたが気にしていない。
「決めつけないでよ。大丈夫じゃないから叩かないで。それに徘徊って失礼だな。そもそも君がピーリカの事見に行けって頼んだから僕はこうして彼女のところまで歩いて来たんじゃないか。責任もって優しくして、どっろどろに甘やかして」
「へーへー」
あろうことか、マージジルマがテクマにしたのはお姫様だっこだ。
相手は病人、相手は病人。そう自分に言い聞かせてるピーリカ。でもやっぱり悔しいようだ。顔にそう書いてある。
その場で唯一、セリーナだけが心配そうな顔をしている。
「あの、医者を呼んだ方が」
「大丈夫だ。いつもの事だから」
マージジルマはセリーナの表情など一切見ず、スタスタと歩く。
ピーリカも一生懸命両腕を振って、師匠の後をついて行く。
「師匠、このテクマって人は何なんですか」
「変な奴だよ」
「そうじゃなくて、師匠にとってです」
「変な奴だな」
「それは見れば分かります。友達とか……好きな人とか、そういうのです」
「本気で変な奴としか考えた事ねぇな。そもそも俺も知らないんだ。コレが男なのか女なのか。何歳なのかすら。何度聞いても教えてくれないからな」
「ほ、ほんとのほんとですか」
「んな所で嘘ついてどうすんだよ」
「恋人にしたいとかないんですか」
「俺巨乳が好きなんだよ」
「……師匠、最低ですね」
その最低さにピーリカが少し安心したのは内緒の話だ。
テクマの家の前までやって来たピーリカ達。家と言うより、物置小屋のような。とにかく小さな家。
マージジルマの歩幅に合わせる事に慣れていないセリーナは、少し遅れてピーリカの後ろに立つ。
「大丈夫ですかセリーナ。少し早かったですかね」
「はぁっ……えぇ。大丈夫」
マージジルマはテクマを抱えたまま、器用に扉を開ける。
「じゃあコイツ放り投げてくるから、お前らここで待ってろ」
ピーリカは思わず師匠に心配を向けた。
「ソイツと師匠が二人きりになるじゃないですか」
「なったらどうだってんだよ」
「どうって、そりゃ、その……病人とモサ男じゃ絵面が可哀そうでしょう! ここは華のような美少女であるわたしが一緒に行ってやるです。あぁわたしってば優しい!」
「ぶっとばすぞ。いいから待っとけ。お姫さん守ってろ」
マージジルマはそう言うと、テクマだけを連れて家の中へ入って行く。
ピーリカはセリーナに何かが起きるのも嫌で。もどかしい思いを胸に、セリーナのドレスを握りしめた。
「真っ白白助は心配ですけど、師匠ってば乙女の気持ちを全く理解してないのです」
恋する小さな乙女の心情を理解したお姫様。そっと彼女の背中に手を添える。
「いつか理解してくれるといいわね」
「不可能に近い気がするです……そういえばセリーナ、サイノスの場所聞きはぐったですね」
「仕方ないわ。体調悪いのに無理させて聞くのも悪いし、日を改めて……出来れば早い方が良いのだけれど。明日なら大丈夫かしらね」
「そうですね。じゃあ明日また会いに来るです」
その時に今師匠と何があったかも聞き出そうと思ったピーリカであった。
***
彼女の想いに気づかないマージジルマは、家の中へと入ってすぐ、ワンルームの端に置いてあるベットにテクマを放り投げた。
「本当に放り投げたね! 優しくしてよ、病人だよ!」
病人と言う割には、元気そうに怒るテクマ。
「大丈夫だっての。お前昔からそう言ってるけど死んだ事ないし。結構図太いから。きっと刺しても死なない」
「あぁ、そういう事を言うんだ。優しくしてくれたら少しくらいお小遣いあげてもいいかなって思ったけど。そういう事を言うんだ。へぇ。そうなの。マージジルマくんそういう子なの。ふぅん」
「拗ねるなよ。仕方ねぇな。なんか食いたいもんあるか?」
マージジルマはテクマの上に優しく布団をかけた。
「食べたいものとかはないよ。それにしても露骨だよね」
「俺はいつだってこうだよ。いいからとっとと金を出せ」
「言ってる事がほぼ強盗だよね。まぁいいよ。そこの戸棚の引き出しに封筒があるはずだから、それ持って帰って」
「大金だろうな?」
「大した金額じゃなくても君は持って行くだろう」
「当然だろうが」
「ひどい男だ。僕はとても傷ついた。責任取って養ってよね」
「もう十分養ってるだろうが。お前の餌代にいくらかかってると思ってるんだ」
「餌って言わないでよ。ご飯って言って。あともう少し美味しいやつが食べたい」
「さっき食べたいものとかはないって言ったくせに」
「忘れたなぁ」
「なんてやつだ」
マージジルマは呆れながらも戸棚を漁る。中にはテクマが言った通り、白い封筒が入っていた。
封筒を手に取り中身を確認するマージジルマだが、中に金は入っておらず。代わりに手紙が入っていた。中身を広げ、目で読んだ。
彼を横目に、テクマは口を動かす。
「それ持って早く帰って。ピーリカとお姫様、あんまり近づけない方がいいかもしれないし」
「お前これ」
「詳しくはそこに書いてある人の所にいけばいい。報酬も君のものだ」
そう言って布団の中に潜るテクマを見ながら、マージジルマは手紙を握り潰した。




