弟子、ライバル(?)に出会う
ピーリカが声をかけるも、老婆は返事をしない。ふてくされたピーリカがロッキングチェアを強めに揺らすと、老婆の首が大きく上下に揺れる。セリーナがそれを止めた。
「ダメよピーリカ。お疲れなのかもしれないわ。寝ている所を無理やり起こされるなんて、ピーリカだって嫌でしょう」
「そりゃあそうですけど、他に人がいないんですもん」
その時。ワンっ、と何かが吠えた。
驚いたピーリカ達は一斉に振り向く。魂ではなく、本物の白い犬が座っていた。
「何だ。犬畜生が」
「白い毛ね。もしかして動物にも民族ってあるの?」
「ありますよ。うちの民族は黒い犬とか猫とかいっぱいいます。師匠は変わり者なので白いフクロウのラミパスちゃん飼ってますけど」
犬は尻尾を振りながらセリーナに近づく。セリーナは答えるように、犬を撫でた。犬はその場に伏せ、気持ちよさそうに目を閉じる。
「……んん」
老婆から漏れた声。二人は元の方を向いた。
「ばーさん、起きたですか」
「はて、どちらさんかな」
「ピーリカ・リララ。天才美少女です」
「あぁ、黒の民族の。それで、そちらは」
セリーナは犬から手を離し、ドレスの裾を少し摘まみ上げた。
「ムーンメイク王国第一王女、セリーナ・N・ムーンメイクと申します。この度サイノス・ロードにお会いしたくやってまいりました」
「サイノス……あの子は帰って来てないですよ」
「えっ」
「そっちの国に行ったでしょう。それから帰って来てませんよ」
「そんなはずは。だって、あの時ちゃんと見送って」
「どうですかねぇ。白の領土は国内で一番小さいから、帰ってくれば分かると思うんですがねぇ……まぁ、私が寝ている間に帰ってきた可能性もありますから。何だったら、テクマ様にでも聞いてみるといいですよ」
「テクマ様?」
「白の民族代表のテクマ様。あの方は白の民族の事なら大体知っていますからね。ひょうきんな方だ、きっと力を貸してくれるでしょう」
ピーリカはペタンコな胸を張った。
「じゃあ先にそのテクマとやらを探しましょう。大丈夫、わたしにかかれば、すぐ見つかるです。ばーさん、ソイツはどこにいるですか」
「その辺の木の下」
「木なんていっぱいあるです。どれですか」
「さぁ。どれかしらの下にいるはずだけどね」
「何て適当な説明ですか。一番大きな木とか、種類とか、色々あるでしょう」
「すまんね、私にも分からないんだよ。あのお方はフラっと現れ、いつの間にか消える。そういう方なんだ」
「幽霊みたいな奴ですね。そんなのが代表で大丈夫ですか。まぁ、虫歯になるような奴ですからね。仕方がない。急ぐですよ、セリーナ。ばーさんも寝るなら家の中で寝た方がいいですよ。もう夜ですし、また霧が出たら危ないです」
「あぁ。もう少し風に当たったら入るよ。お二人さんも、気を付けて行くんだよ」
「分かってます!」
セリーナもペコリと会釈し、ピーリカと共に先を急ぐ。
犬が老婆の足元に近寄った。だが老婆は犬を撫でる事も追い払う事もしない。どうやらまた、眠りについてしまったようだ。
二人は元来た道を通り、ほうきを降りた場所までやってきた。小さいものに大きいもの、木なんていっぱいある。
「まずテクマとやらを探さなきゃですが、木の下なんてどう探しましょう」
「そうねぇ。一本一本、見て周るしかないかしら」
「うーん。それじゃあ手間な気がするです。全部燃やしていいですかね」
「ダメよ。資源は大事……あら?」
セリーナの瞳の先を見るピーリカ。そこには大きな木の下からひょっこりと顔を出した、中世的な顔立ちの人物がいた。
「あ、いたいた。もー、あんまりマージジルマくんに迷惑かけちゃダメだよー?」
声すらも中性的で、長いまつ毛が印象的。肩まで伸びた白い髪に、色素の薄い肌とは対照的な真っ黒なローブを着ている。
「お姉さん……いやお兄さん?」
「ふふ、どうだろうね。僕はテクマ・ヤコン。テクマでいいよ」
「本当に木の下にいやがったです!」
「そんな事より、ピーリカにお知らせ。マージジルマくんが後で覚えてろよ、だって」
「師匠め、もうわたしがいない事に気づいたですね」
「うん。すごく怒ってた。マハリクから怒りの言伝がきちゃったから余計に」
「マハリクって誰ですか」
「マージジルマくんがババアって呼んでる、緑の魔法使い」
「よく分かりました」
どこか懐かしそうに、大きな木を見つめながら話すテクマ。
「あの二人も昔っから言い争ってばっかりなんだ。マージジルマくんがピーリカくらい小さい時なんか、よくマハリクが竹刀振り回しながら彼を追いかけていたよ。懐かしいな。最も、喧嘩するほど仲がいいってやつだけどね」
「不良少年だったのですね、師匠」
「不良というより野生児だったよ。貧乏だったせいもあるだろうけど、よく詳細不明の草を食べていたね」
「わたしには拾い食いするなとか怒るくせに!」
「そうそう。根は悪い子じゃないんだけどさ」
「そうですねぇ。ところで昔の師匠を知ってるとは、テクマと師匠は友達ですか」
「ん? んー、友達と言うには素っ気ないなぁ。お嫁さんかなぁ」
「よ」
テクマは固まったピーリカに、ニコニコと笑みを送る。悪気はない。でもワザとだ。
「お婿さんでもいいかなぁ。とりあえず養ってもらってる身だよ」
「つ、つまり本当に結婚はしてないですよね。あんな短足にお嫁さんがいるはずないのです」
「短足関係ないと思うけど、心配?」
心配心配、超心配。師匠にお嫁さんがいるだなんて、それじゃあわたしは一体どうしたらいい。
そんな風に思ってはいるものの、ここは素直になれないひねくれもの。両腕を組み、ピーリカは強がる。
「別に! 師匠が結婚してようとしてまいと、わたしには関係ないので!」
「そっかぁ。じゃあ僕本気でマージジルマくんにプロポーズしてこようかな」
「待てです! 師匠はだらしない男なので止めておいた方がいいですよ!」
「知ってるよ。彼の悪い所も良い所も全部ね。だから別に気にしなーい」
「ダメです、えっと、その、一緒にいると臭くなるですよ!」
「大丈夫だよ、僕は白の魔法使いだから。頑張れば脱臭も出来るよ、きっと」
たじろぐピーリカ。突然のライバル出現に、どうすればいいのか分からずにいる。
よく見ればテクマが着ているローブも、師匠とお揃い色違い。
なんとか自分が勝てる点を探す。
「そ、そうだ。わたしは師匠と一緒に暮らしてますもん。師匠はわたしを見るのに忙しいので、貴様が入り込む隙なんてありません。残念でしたね!」
「え? ピーリカが知らないだけで、僕毎日マージジルマくんと会ってるよ?」
「ぐぬぬぬぬぬぬ」
「それにピーリカがいたとしても、僕もマージジルマくんと一緒に君の面倒見てればいいじゃない。ダメ?」
「ダメです、ダメです、うまく言えないけど、ダメですよぉ……」
「……ふふ、ピーリカかわいー」
泣きそうなピーリカを、テクマはぎゅっと抱きしめた。
「かわいいのは分かってるです、離せです!」
「大丈夫だよ。確かに僕マージジルマくんの事好きだけど、結婚したいとかそういうのではないから。それに僕、彼と同じくらいピーリカの事も好きだからさぁ」
「わたし、貴様とは初めて会ったですよ」
「そうだね。でも僕は君の事、よーく知ってるよ。実はマージジルマくんの事を好きだって事も、少しお胸のサイズを気にしている事も、自分の部屋の机の奥に破いてしまった魔法の本を隠している事も」
「待てです、何故知ってやがるですか!」
「白の魔法使いだからかな。とにかく、僕は別に君のライバルになる気はないから。安心していいよ」
「……本当ですか」
「うん。でもマージジルマくんがどう思ってるかは分かんないよねぇ。僕も彼から求められたら、それはそれで受けとめるつもりだよ」
「それは……ないです! 師匠の恋人はお金だから。お前も、わたしも、お金には勝てねぇです!」
「そっか。じゃ、お互い頑張ろうねー」
「わたしは別に!」
ふふっ、と笑ったテクマ。その表情のままスッと顔を上げて、セリーナを見る。




