弟子、お姫様に協力する
セリーナは膝上に乗る温かな生き物に微笑んだ。
「まぁ、可愛いフクロウさん。そうそう、サイノスの髪色は、ちょうどこれくらいの白です」
それを聞いたマージジルマは怪訝な表情を見せた。
「そうですか。じゃあサイノスって奴の事は、白の民族に聞いておきます。勝手には行かないで下さいね。白の領土は危ないんで。すぐには見つけられないかもしれないんで……一度帰ってもらう事は?」
「そうしたら、もうここには来られないかもしれないから。出来る事ならこのまま誘拐されたって事にしてほしいのですが」
「それは困るので帰れコノヤロー」
「えっ」
水色のドレスを自分の絵に着せるピーリカが、口だけをこちらに向けた。
「師匠、接客用スタイルが外れましたよ」
「何かもうめんどくさくなった。そもそもこの女、現時点で金持ってなさそうだからな」
「この女扱いするなです。わたしのお客様なんだから」
「ピーリカ、その着せ替え楽しんでると幸せとみなされて消えるから気をつけろよ」
「こんなもの!」
紙の自分を床に叩きつけたピーリカ。だが涙目だ。
急に態度の悪くなったマージジルマに対し、セリーナはキッ、と目を吊り上げた。
「何なのですか、失礼ではないですか!」
「いきなり来て好き勝手やってる方が失礼だろうが」
「それはそうかもしれませんが、もう少し言い方というものがあるでしょう」
「どんな環境で育ってきたか知らねぇけどな、世の中そんなに優しい奴ばっかりじゃねぇんだよ」
「それは……分かっているつもりです」
マージジルマの言葉を受けて、セリーナは悲し気な表情を見せた。
ピーリカには彼女の表情が何を意味するかは分からなかった。だが何だか可哀そうだと思って。
師匠とセリーナの間に入り、偉そうに立った。
「そこまでですよ師匠、それ以上言ったらわたしが怒るです」
「何でだよ。お前関係ないだろ」
いつもの口喧嘩の始まりを感じ取ったのか、白いフクロウはセリーナの膝上を離れ部屋の隅の止り木へと避難した。
師匠を嘲笑う弟子。
「関係大ありです。契約者ですから。お客様を粗末に扱うなんて悪い事でしょう。それ以上言うなら、もはや貴方なんて師匠じゃありません。お失笑です」
「面白くねぇんだよ」
「お失笑さんに優しさを求めるのは難しいかもしれませんが、もう少しレディの扱いについて考え直した方が良いのです。手始めにわたしをガラス細工のように扱えです」
「お前のような面の皮が厚い奴、ガラス細工な訳ないだろ」
「わたしほど繊細な乙女、滅多にいませんよ」
「繊細の意味知ってるか?」
「全く、失礼な男ですよ。行くですよセリーナ、こんな男放っておいて女子会です。師匠は混ざりたくなったら女装しろです」
「誰がするかよ」
師匠に背を向けたピーリカはセリーナの腕を引っ張って、自身の部屋へと連れていく。
リビングに残されたマージジルマは、白いフクロウに話しかけた。
「おい白の民族」
『何だい?』
「サイノス・ロード、知ってるか」
『うん。確かねぇ、お仕事の腕を買われて向こうの国に行った子だったと思う。僕は止めたんだけどね、悪い話じゃないからって行っちゃった子』
「ヤベー奴か?」
『追いかけるのはおススメしない相手』
「そうか」
『ピーリカの事が心配かい?』
「別にぃ。でもあれだ、お前混ざってこいよ」
『ん?』
「ラミパス、雌だろ」
『もー、心配なら心配って言えばいいのにぃ』
「いや別に心配じゃないけど。情報収集は大事だろ」
『素直じゃないなぁ』
低空飛行で飛ぶフクロウ。マージジルマは深くため息を吐いた。
***
ピーリカはお姫様を、木で出来た古いベッドの上に座らせる。
「脳みそ米粒サイズの師匠が悪かったですね。でもあれでいて心配してるです」
「いいのよ。師匠さんが言ってる事も間違いではないもの。でもね、どんなに悪い人ばかりでも、これから先大変な目にあっても。私はサイノスの所に、自分の足で行きたいの」
コツン、コツンと部屋の外から音が聞こえた。両手で扉を開けるピーリカの足元には、白いフクロウ立っていた。
「おやラミパスちゃん」
ピーリカに抱きかかえられたラミパスを見て、セリーナはベッドに座ったまま尋ねた。
「ラミパスちゃん?」
「はい、師匠のペット。フクロウのラミパスちゃんです。きっと臭い師匠といるのに嫌気がさしたんでしょう。メスなので女子会に混ぜてあげるです」
ピーリカは床上に座り、ラミパスを膝上に乗せた。その光景をジッと見つめるセリーナ。
「本当に、見れば見るほどキレイな白」
「好きな男と同じですか」
「えぇ。早く行かなきゃ。可能なら今日、明日で行きたいわ」
「そうですねぇ。別に行くのは構いませんし、手伝ってやるですけど。白の民族、わたし見た事ねぇですよ」
「そうなの?」
「はい。そもそも白の領土は、余程の事がない限り行くなって言われてるですよ。きっと悪い奴がいっぱいいるです。歯を磨かない、ばっちい奴らだという話を聞いた事もあるですけど」
発言は出来ないものの、ラミパスはひっそりと怒っていた。歯は磨いてるよ、ちゃんと! と。
「悪い奴……でもサイノスはそんな悪い人じゃなかったわ。とても優しい、穏やかな人よ」
「ふむ。そのサイノスって奴が例外だっただけかもしれませんね」
「そうなのかしら」
「他の悪い奴に会わないようサイノスの元に行ければいいのですが、家の場所は分かるですか?」
「残念ながら。この国の出身って事以外は全く」
「そうですか。ならサイノスが居そうな場所とか、思い当たる場所はないですか。好きだった場所とか」
「好きだった場所……うちの城の庭にね、ポポタンがいっぱい咲いている場所があったの。よく二人で敷物とお茶を持って行って、お喋りしたわ」
「ポポタン、あの小さくて黄色いお花ですね。それはステキ。でも花なら白より、緑の領土の方がいっぱい咲いてるはずです。そういやこの間、師匠とデートした時にも見ましたね」
ピーリカは会議について行ったのをデートだと言っている。
何も知らないセリーナは、自身の口元に手を添えた。
「あらピーリカ。師匠さんとデートするほどには仲良いのね」
「どうしてもと頼まれたのですよ」
「まぁ」
ピーリカは見栄を張りたかった。
全てを知っているラミパスは笑いをこらえている。
「よし、まずは安全な緑の領土でポポタンがいっぱい咲いてる場所を探すです。もしかしたらいるかもしれねーですからね。それでも見つからなかったら、潔く白の領土に行くしかないですね」
「えぇ」
「そうと決まれば早速実行」
家を飛び出し、外へ出た二人と一匹。辺りは薄暗くなっていたものの、まだ太陽は顔を出している。
セリーナは普段城にいれば見ないであろう景色を目にしていた。中央の一本道を囲うように生えた木々。右側の手前に見えるのはマージジルマお手製の畑。そして左の手前にある焦げた地面を、セリーナは不思議そうに見つめる。
「この焦げ跡は何?」
「わたしが魔法使ったら黒くなりました。失敗じゃあないですよ」
失敗跡である。
中央の道の先には小さく街が見える。セリーナは今自分はそこそこな高さのある山の上にいるという事を理解した。
「ラリルレリーラ・ラ・ロリーラ!」
呪文を唱えたピーリカの手元に魔法陣が現れ、その中からほうきが飛び出した。
「ピーリカのほうき可愛いわね。おリボンがついてる」
「これわたしのじゃないです」
「じゃあ師匠さんの?」
「誰のだか分かんないです」
「分からないものを勝手に使っちゃダメよ」
「良いんですよ。というか、黒の魔法使いは売り物か、誰かの持ち物でじゃないと空飛べないんです」
「そういうもの?」
「だって自分や人を幸せにする魔法使えないので。他人のほうき使えば、そいつ不幸になるでしょう。師匠はどうせならって未使用品の売り物に手を出しますけどね。ボロくて価値のないものは好きじゃないらしいです」
「そういうものなの……」
「まぁお互い様なのです」
ほうきにまたがったピーリカ。ドレスがモコモコしているものの、何とか棒の上にお尻が乗った。
「セリーナは後ろに乗るです。ラミパスちゃんは、わたしの前」
言われた通り、ピーリカの前に座ったフクロウ。座ったと言うよりは、二本足でしがみついていると言った方が正しいだろうか。
セリーナもまたがろうかと思ったものの、ピーリカのシルエットを見て考え直した。姫としてその座り方は、どうも品がないように思えて。
「横向きでもいい?」
「楽な体制で構わないですよ」
「ありがとう」
横向きに座り、ピーリカの小さな肩に手を添えた。
「いいですか? じゃあ飛ぶですよ。しっかり掴んでろです」
ふわっ、と宙に浮いて。ピーリカとセリーナの足が地面から離れた。ラミパスはバタバタと翼を羽ばたかせ、地へと降りた。
「おや、ラミパスちゃんは嫌だったみたいです。じゃあお留守番しててです」
フクロウを残し、ピーリカとセリーナは大空へと飛び立った。




