弟子、お姫様を誘拐する
「はへぇ!?」
突然図星をつかれ、変な声を出してしまったピーリカ。
「だって、悪く言ってたと思ったら突然良い所言い出したりして」
「そんな訳ないでしょう。今のはアレですよ。悪い所ばっかじゃ可哀そうって思ったから良い所を頑張って探してあげただけです。わたしは寛大で、優しいので」
「ピーリカ……耳真っ赤よ?」
ピーリカはバッと耳を隠す。だがそれが手遅れである事にも気づいて。今度は両手で顔を隠した。
「う……う……あぁあああ! 内緒ですよ、絶対内緒にしろですよ!」
「恥ずかしいの? そういうつもりで言った訳じゃなかったんだけど、もしかして……初恋かしら?」
「あぁそうですよ、好きですよ、悪いですか!」
「そんな事ないわ。いいじゃない。その調子だと、まだ片思いなのね。応援するわ」
「うるせぇですね、放っておいてください! どうせ相手にされてないですし、言った所で鼻で笑われて終わるのです。でもわたしは美少女なので、大人になったら師匠含め全世界の男をひれ伏せるですよ。だからそれまで内緒なの!」
「ピーリカ……かわいい」
「当然です!」
「でも分かるわ。好きな人に気持ちを伝えるのって、難しいものね」
彼女の言葉が胸に引っかかって、ピーリカは顔から手を離した。鏡越しに見える、悲し気なセリーナの表情。
「セリーナも王子様に好きって言えないですか……?」
「王子様じゃないわ」
「何言ってるですか。結婚するんでしょう」
「うん。でも彼よりも先に好きになった、初恋の人がいて。その人には言えなかった。それだけよ。多分その人も、好いてくれていたとは思うんだけど」
「さては誘拐しろとか言った理由、ソイツですね」
「……うん。出来る事なら、会いに行きたいなって。でもダメなの。私があの人の所に行こうとする事、誰も許してくれないの」
「なるほどなるほど。分かったです。つまり、誘拐という名目でわたしに場外へ連れ出させておいて、隙を見て男の所に行こうと考えたって事ですね」
「怒った?」
腕を組んで考える仕草をするピーリカだが、ポーズ程物事を深く考えてはいない。
「うーん……これが師匠だったら怒ってたでしょうけど、わたしは心が広い優しい子なので……仕方ない、許してやるです」
「そう、ありがとう」
「しかし、それならそうと最初から言えですよ。誘拐しろだなんて言わずとも、初恋相手に会いに行きたいから手伝えって」
「ごめんなさい、私一人で行こうと思ってたものだから。でも手伝ってくれるのなら、それはそれでありがたいわね」
「そうですか、それなら」
すっくと立ち上がったピーリカの表情は、幼いながらも勇ましさが感じられた。
幼いとはいえ彼女も恋心を抱く身。好きな人に会いたいという気持ちは、十分理解出来た。
「ピーリカ、まだ髪結ってないわよ」
「わたしの髪は美しいので、このままでも問題ありません。それより急ぐですよ。恋する乙女は、のんびりなんてしていられないのです」
ピーリカの言葉に、セリーナは何かを決意した表情へと変わって。
「そうね、早く行かなくちゃ」
「しかしどうしましょう。ほうきか何かに乗れたら楽ですけど、目立つでしょうし。ここは無理やり転移させるしかないですね。セリーナ、この部屋より汚くて狭くて臭い家ってどう思います?」
「え?」
「王子様やメイドなんて絶対いない、性格の悪い男と虫しかいないようなボロい家。行きたいですか?」
「ここから逃げられるなら、背に腹は代えられないわ」
「良いんですか、すごく汚いですよ。本当にそんな所行きたいですか」
「……ちょっと嫌だけど」
「そうですか。では参りましょう。ラリルレリーラ・ラ・ロリーラ!」
二人の足元に、大きな魔法陣が光り輝いた。光は二人を包み、姿を消した。
部屋の中に残った者はいない。ほぼ、誘拐で間違いなかった。
先ほどの部屋と比べると、こじんまりしたリビングを埋め尽くす量のドレス。それに埋められたセリーナは辺りをキョロキョロと見渡す。
「えっ、えっ」
「よし、成功っ!」
ピーリカは誇らしげにドレスの山の前に立つ。
そんな彼女の前で、マージジルマは笑顔で腕を組んで立っていた。右肩には白いフクロウを乗せている。
「ピーリカぁ?」
「あっ」
師匠が笑顔の時、八割が怒っている時だ。そして今は、その八割。
笑顔はすぐに怒りの表情に変わって。
「まーたお前は変な事して!」
「変じゃねぇです、立派なお仕事です」
「半人前が仕事引き受けてくんな!」
「わたしは天才だから大丈夫です!」
「まだまだだっての。んで、たんまり金取ったんだろうな」
「取ってねぇです」
「バカ、取れるもんは全部取っとけって言ったろ」
「取りましたよ。見て下さい、このわたしを引き立てるようなステキなドレスを。かわいいでしょう」
「は?」
クルリと回転する弟子。着ていたドレスがヒラヒラ揺れる。
だが師匠は無反応だ。
無反応をされるとは思ってもいなかったピーリカは、ため息を吐いた。
「何故褒めないのですか。まさかいつもと違いが分からないって言うんですか? これだからセンスのない無知な男は」
「ちげぇよ。というかお前これ誰から」
「セリーナですよ。そこでドレスに埋もれてるでしょう」
「助けてやれよ。と言うかセリーナって」
「師匠の接待相手です」
「何してんだ、てめぇ!」
セリーナはようやく自分の存在を見つけてもらえた事に安堵する。
「こんな所から失礼します。わたくしムーンメイク王国第一王」
「あぁいいです、結構です。うちのバカがすいませんね!」
「い、いえ。最初に誘拐するよう頼んだのは私ですから」
「そうですか。他に何かされてませんか」
自分が悪いとされている事に腹を立てたピーリカは、師匠の背中を殴る。だがそんなに強い力でもないのか、マージジルマが痛がっている様子は全くない。
セリーナはドレスの山の中から無理やり体を起こす。
「ピーリカは良い子ですよ。私はお金出すって言ったのに服で良いなんて謙遜して」
「コイツ本当に服欲しかっただけですよ。でも今後はそれらも与えないで下さい。うちに置き場ないんで」
師匠に対し、ピーリカは分かりやすく怒りを露わにする。
「セリーナをいじめるなですよ、むしろこのオンボロ家をどうにかすれば良いのです。増築しろ!」
「ラリルレリーラ・ラ・ロリーラ」
マージジルマが唱えたのは、黒の呪文。そこら辺に重なっていたドレスの一枚一枚に魔法陣が浮かび上がる。ドレスはA4サイズの長方形へ変わり、パタパタパタと音を立てながら整列。黒い背表紙と紐が現れ、元ドレスを繋ぎ合わせた所で魔法陣はスッと消えた。
部屋はすっかり片付いて、ピーリカが着ている以外のドレスは一冊の本になった。
ドサッ、と床に落ちた本。
ピーリカは青い顔をして本を見つめた。彼女は今とても不幸だ。
「何てことをするですか! わたしのドレスなのに!」
「どうせ着る機会ねぇだろ」
「時代は変わるものです。一般市民が舞踏会に行くようになる時代が来るかもしれないでしょ!」
「来たとしたら今着てるやつ着ろ。それ残ってたら十分だろ」
「わたしはオシャレさんなのですよ。オシャレさんは服を二、三枚ローテーションで過ごす師匠のようなモサ男と違って、お洋服いっぱい持つべきものなんです!」
「持てるって。本の中身、見てみろよ」
「本?」
ピーリカはその場に座り込んで、言われるがままに本を開いた。さっきまで目の前にあったドレスの絵が右側のページに一枚一枚に描かれ、それぞれが切り取り線で外せるようになっている。
「これじゃあ着れない!」
「最後のページにお前の顔が描いてある絵が挟まってるだろ。それに各ページのドレス着せろ」
「それじゃただの着せ替えごっこじゃないですか! 子供扱いしないで下さい。こんなの……こんなの……」
ちらっと最後のページを見るピーリカ。確かに半袖半ズボンの自分が立っている絵が挟まっていた。
前のページの青いドレスを切り取り、自分の絵の上に重ねる。
着せ替えごっこ、だがそれを楽しいと思うくらいにはまだまだピーリカは子供なのだ。
ピリピリと音を立て、次は黄緑色のドレスを切り離している。心ウキウキワクワク。
大人しく遊び始めたピーリカを気にかける事なく、マージジルマはセリーナをソファに座らせる。
「で、何でお姫さんはコイツに誘拐を依頼したんですか」
「あの、サイノス・ロードという方をご存じありませんか? この国出身の人のはずなんです」
「さぁ? 聞いたこともないです。種族は何ですか?」
「種族?」
「カタブラ国の民族、七種に分かれてるんです。俺とピーリカは黒の民族。分かんなかったら髪色教えて下さい。染めてない限り種族と髪色同じなんで」
「そういうものなのね。サイノスの髪は白でした」
「白……」
彼女の言葉を聞き、マージジルマは大きく目を見開いた。
それと同時に、彼の肩に乗っていた白いフクロウがセリーナの膝上に乗った。




