弟子、着替える
別室に連れてこられたピーリカ。部屋の中には、色鮮やかなドレスがいっぱい。
「これ全部いいですか。ホントにホントにいいですか」
見た事のない量のドレスに、ピーリカは目を輝かせている。そんな彼女を見て、女は困惑した。
「ここにあるものなら、好きにしてもらって良いけど。良いのかなんて、むしろこっちが聞きたいわ。お金でも宝石でもいくらでも出せるのよ。本当に私のお古のドレスをあげるだけでいいの?」
「構いません。ここと比べちゃ大したことないですが、わたしの実家もお金持ちです。お金も宝石ももう十分持ってます。それでも、こんなドレスはもらえなかったですよ。今着てるワンピースも質は良いですが、こっちのドレスの方がわたしには似合うです」
ピーリカはそう言いながら、ハンガーにかけられ並べられたドレスの一枚を手に取り。ピンク色のドレスを体の前に当てる。
そんなピーリカの行動に、女は理解出来ないといった顔をする。
「こんなもので良いなら依頼料でなくてもタダであげるのに」
「価値を分かってないからそんな事言えるですよ。これだってきっと売ったら宝石の塊と同じ価値になるです」
「そう?」
「そうですよ。師匠だったらお金要求したかもですけどね」
「師匠って、黒の魔法使いで一番偉い代表の人よね。その方に依頼した方がいいかしら」
「何を言うですか。偉いと言っても、実際はただの短足男ですよ。あと師匠に依頼したら城ごと要求されかねないです。心配せずとも、わたしは天才ですから。師匠に負けないくらい仕事はちゃんとこなすです」
「じゃあお願いするわ。えっと、ピーリカちゃん」
「呼び捨てで構わないです。で、貴様は」
「あらごめんなさい。自己紹介が遅れたわね。私はムーンメイク王国第一王女、セリーナ・N・ムーンメイク」
眉を八の字にしたピーリカは、少し頭を使った。
「王女というと、お姫様ですか?」
「そんなところね。私は気にしないけど、他の王族相手に貴様とか言っちゃダメよ。人によっては首を跳ねられるわ」
「……なるほど。一応反省はしてやるです」
「いいわよ。むしろ新鮮。名前もセリーナと呼んでくれて構わないわ」
「そうですか。じゃあセリーナ。早速ですがこのドレス着てみても良いですか?」
「普通もっと驚いたり怖気づいてしまうと思うんだけど。貴女面白いわね」
「勇敢な美少女と言ってください」
「分かったわ。勇敢な美少女さん、どうぞ好きなだけ袖を通して」
「ひゃっほー!」
もう絶対に返さないと言わんばかりに、ピーリカはピンク色のドレスを右手で掴み、左手には紫色のドレスを抱えた。部屋の奥にあった、フィッティングルームに入り。薄い黄色のカーテンを閉め、壁にドレスをかける。
黒いワンピースを脱いで、ウエスト部分に大きなリボンがついたピンク色のドレスを着る。
着た瞬間スカート部分がフワッと広がって、正にお姫様のドレスと呼ぶにふさわしい。正面の全身が映る鏡を見て、ピーリカは自身の可愛らしさに惚けた。
かわいい、かわいすぎる。なんて可愛いんだ。
たっぷり自画自賛。
カーテンを開け、その姿をセリーナにも見せつける。
「かわいいですか!」
「えぇ、とっても似合うわ」
気を良くしたピーリカは再びカーテンを閉めた。一人ファッションショー開催。ピンク色のドレスを脱ぎ、紫色のドレスに袖を通す。
胸元に赤い宝石が散りばめられた紫色のドレス。ツルツルした布に、硬くゴツゴツした宝石が縫い付けられているという、普段では身近に感じることのない触り心地を楽しんだピーリカ。
楽しみながらも、その大人びた見た目のドレスに不釣り合いな体形に不満を感じた。小声で気持ちを漏らす。
「せめてもう少し胸が大きければ、もっと大人びて見えたですね。そうすりゃ師匠も少しはわたしを大人扱いするですかね。でも……」
カーテンを開け、大声で問う。
「わたし、かわいいですよね!」
「えっ、えぇ。とっても可愛いわ」
可愛いより大人っぽいを欲するお年頃のピーリカだが、既に自分が可愛い事も認めているので否定はしない。
「そうでしょう、そうでしょう。ならば良しですよ。じゃあ次はこれを着るです」
フィッティングルームの一番近くにかかっていたドレスに手を伸ばしたピーリカは、再びカーテンを閉じた。
次に着たのは、白地に黒い花の刺繍がついたドレス。
今までのドレスと比べて、一番シンプルだが一番自分に似合っている気がした。
カーテンを開け、再びセリーナに見せつける。
「似合いますよね!」
「ほんと、とっても似合うわ。でも」
「何です。まさか返せとか言うですか」
「言わないわ。私にはもう小さくて着れないものだもの。そうじゃなくて、どうせなら髪も上げてメイクしましょうよ」
口も態度も悪いピーリカだが、こういう所はちゃんと女の子。嬉しそうに目を輝かせ、大きく頷いた。フィッティングルームの横に設置されていたドレッサーの前に、嬉々として座る。
セリーナはドレッサーについた縦長の引き出しを開ける。中から出てきた、ピンク色の取ってのついた箱。
「子供用のメイクボックスよ。これも好きに使って」
「ありがとうですよ。こんなにステキなものをいっぱいくれるなんて、セリーナは良い奴ですね」
「お礼を言われるほどでもないの。献上品もあるし、思い出もたくさんあるから保管してたけど、私も嫁に行くし処分しようと思ってた所よ。ドレスも着てもらった方が喜ぶでしょうから、もらってくれるならむしろ良かったわ」
「お嫁さんになるですか。さては師匠が喜ばせる相手、セリーナですね」
「あら、パレードに出てくれるの?」
「頼まれたのは師匠ですが、わたしは偉いのでお手伝いするです。何が見たいですか?」
「何だって喜ぶわ。そもそも、あれはお父様達が手配したものだから。私は気持ちだけで良かったのよ」
「どこの大人も身勝手なのですねぇ」
「そうね。でも、全ての大人が悪いものでもないわ。さ、メイクしましょ。と言っても私、いつも侍女にやらせるからそんなにうまくないのよね」
「大丈夫です。わたし自分で出来ます」
「そう?」
ピーリカは笑顔でメイクボックスを開く。
お粉パタパタ、ラメをペタペタ、リップぬりぬり。
元が可愛いという自信がたっぷりあるので、濃くは塗らない。自信はあるが、他人からの評価もチェック。
「かわいいですか」
「えぇ、とっても」
「まぁ元が良いですからねぇ。仕方ないですねぇ」
「次は髪ね。どんな髪型にする?」
ピーリカの後ろに立ったセリーナは、これまた高級そうなブラシでピーリカの髪を梳かした。
「そうですねぇ。セリーナの好きにして下さい。わたしの髪は美しいので、どんな髪型でも良く見えるですよ」
「あら、悩むわね。このままでも十分可愛いのだけど……そうだ、あれ貸してあげる」
部屋を出て行ったセリーナは、しばらくしてティアラを持って戻ってきた。繊細な作りの小さなティアラ。シルバーカラーで中央には薄い黄色の宝石がついている。
「キラキラでかわいいです。お姫様のようなわたしにピッタリのアイテムですね」
「これは流石にあげられないけど、今だけ特別」
「ください」
「だーめ。これは王子様に貰ったものだから。嫁入り道具と一緒に持って行かなきゃ」
「ふむ、それじゃあ仕方がない。今だけ借りるとしましょう。しかしこんなにステキなプレゼントを渡してくるとは、その王子もなかなか良い奴ですね」
「そうね。優しくて良い子よ」
「ほほー。うちの師匠にも見習わせたいですね。うちの師匠はダメなんですよ。女の子の扱いを分かってないのです。くれるものと言ったら変な本ばっかりで、こんなアクセサリーなんて一度もくれたことないのです」
「そうなの?」
「はい。てんでダメ太郎です。だからモテないんですよね。短足で平凡顔、口も悪いし、態度も悪い。口を開けば金、金、金。せめて優しくなれば少しはマシになるってものを。何も全部ダメって訳じゃないんだから。ご飯だっておいしいの作るし、代表ってだけあって仕事はちゃんとしてるし、わたしの事何だかんだ言いながら見てくれてるし」
ポンポンと悪口が飛び出したかと思えば、ポンポンと良い所が飛び出していく。セリーナは何の悪気もなく思った事を口にする。
「ピーリカ、お師匠様の事好きなのね」




