弟子、依頼を受ける
指名されたのは青い髪に褐色肌の女。オフショルダーにショートパンツ姿で、右の太ももには黒い三日月が描かれていた。彼女の名はイザティ・エヒナム。青の魔法使い代表である。
首を左右に振ったイザティは小さく丸い目を潤ませた。
「お魚さんを何だと思ってるんですかー。嫌ですよぉ。それにオーロラウェーブ王国の人達、裏の顔がすごいって噂ですしぃ。怒られるの怖いですー」
「俺が今お前に向かって攻撃するのと、どっちが怖い?」
「あーん、マージジルマさんが苛めるー」
目元に涙を溜めるイザティ。脅迫するマージジルマの頭の上に、白フクロウが留まった。
『マージジルマくん、同業者苛めないで。ところでさぁ、もし君が断ったって話を聞いたら、ピーリカはどう思うだろうね。天才の自分がやるって言うかな。それでもいいかな』
マージジルマの脳裏に浮かぶ、爆発の光景。
「……俺がやりゃあいいんだろ、クソっ」
『素直で嬉しいよ。じゃあ、ちゃんと君が頑張ってね。それじゃ、次の議題に行こうか』
***
会議を終えたマージジルマと白フクロウの目に映ったのは、木の棒を持ち地面に絵を描いているピーリカの姿だった。参考書は放り投げられている。
「ったく。お前って奴は……」
「おや師匠。今度こそ終わったですか」
「あぁ。隣の国のお姫さんを喜ばせなきゃなんなくなった」
「お姫様を? 何故」
「お前のせいだバーカ」
「八つ当たりしないで下さい。それより喜ばせるってどんな風にですか。まさか桃の民族みたいに、出会った瞬間口説くとかするんじゃないでしょうね。ダメですよ、許しません。師匠にそんな屈辱的な事をさせていいのはわたしだけですよ」
「お前相手でもそんな事やらん。ただの接待」
「そうですか。まぁ師匠がみっともなく鼻の下伸ばし野郎にならないのであれば、別にどうだっていいですけどね。師匠が変態とか、わたしが恥ずかしいですから。で、どうやって喜ばせるんですか」
「それが思いつかないから困ってるんだ」
「そうですね、師匠はアホですからね。仕方ない、わたしがどうにかしましょう。なんかすごい事をやってやるです」
ピーリカがやると言い出さないように引き受けたのに、彼女は結局やると言い出している。マージジルマは胃痛を感じていた。
「無理に決まってるだろ、絶対に動くな」
「わたしに出来ない事なんてありません。わたしの手にかかれば、なんか、こう、うまくできます」
「ふわっふわな回答してんじゃねぇぞ。教えただろ。この国で使える魔法は七種類。炎の赤、水の青、電光の黄、植物の緑、生命の桃、回復の白。そして俺達が使う、呪いの黒。組み合わせて使う事もできるけど、黒もまともに使えないピーリカにはまだ早い。呪いで他人喜ばすとか、できる訳ねぇっての」
「ほぉ、初めて聞きました」
「もう五十回は教えてる。炎や水を出せる赤とか青とかならまだ何とかなっただろうけど、俺らが出せるのはせいぜい毒とか死体だからな」
「なるほど。それで喜ぶ奴頭おかしいですね」
「だからどうしようかって話なんだよ。誰かに押し付けられねーかなぁ」
「わたしが手伝ってやるですってば」
「いらん」
「遠慮せずとも」
「遠慮じゃねぇ。全力で嫌がってる」
「何故ですか。わたしやれば出来る子です」
ピーリカは頬をパンパンに膨らませて怒る。そんな彼女を、師匠は指さす。
「それは認めてやる。俺だってお前に出来そうな事ならやらせてやるが、最初から無理だと分かるもんに手は出させねぇ」
「諦めない心が大切なのですよ」
「分かってる。だから俺はお前に参考書を渡した。そこに載ってる問題は、努力すれば出来るようになると思うものだから。でもそれすら放り投げてるような奴に任せる事は何もない。やれば出来るくせに、やらないバカなんざ俺は知らん」
「大丈夫です。わたしは天才ですから。参考書なんて読まなくてもうまくいくですし、努力しなくても何とかなるです」
「その自信の持ちすぎをどうにかしろ。とにかくお前の手助けなんかいらん。いいから早く帰るぞ。あぁでも、先に絨毯の金出しに行かなきゃか。くそ、余計な出費だな。こうなったら金払う前に元取れるくらい乗りまわすか。ピーリカ、帰る前に飛び回るぞ。ドライブだ」
「やっぱり師匠はケチですよ」
ここまで金に汚いのは、黒の民族性ではなくマージジルマ個人の性格である。だがその性格のおかげで、お出かけ時間が伸びた事にピーリカは喜んでいた。勿論、口にはしないけど。
***
太陽が沈み始めた頃。帰宅し自分の部屋のベッドに座ったピーリカは、やっぱり納得できずにいた。
「わたしは天才なんです。呪いでも、師匠を助ける事が出来るはずです。要はお姫様に優しくすればいいんでしょう。それくらい朝飯前ですよ。よし、ここは師匠に内緒でやってみましょう」
ロクな事を考えないピーリカはベッドから降りて、両手を天井へかかげる。
「ラリルレリーラ・ラ・ロリーレ!」
正しくはラリルレリーラ・ラ・ロリーラ。彼女は間違った魔法の呪文を唱えた。
魔法陣がピーリカの足元に浮かび、彼女は部屋から姿を消した。
「ふぎゅっ」
ピーリカの顔面がフカフカな何かに包まれた。顔を上げて見ると、どうやら柔らかなベッドの上に落ちたようだった。だが自分のベッドではない。もっと豪華で、透けたカーテンのついた高そうなベッドだ。
「お姫様のベッドだぁ……」
「誰っ」
ピーリカの目の前に、深緑色をした丈の長いドレスを着た少女がいた。編み込まれた茶色の髪と、同じ色をした大きな瞳。背丈はマージジルマより高く、スラッとしたモデル体型。
わたし程ではないが、キレイな人だ。そう思ったピーリカ。どこまでも図々しい。
「この愛らしいわたしの事を知らないとは、余程の世間知らずですね。仕方ない、教えてやるです。ピーリカ・リララ。いずれはカタブラ国で黒の民族代表になる天才魔法使いです」
ピーリカは堂々と答えた。本当に図々しい。
目の前にいるピーリカの見た目と心の小ささに、少女は少しだけ警戒心を解いた。
「黒の魔法使い……聞いたことがあるわ。この世の全てを無かった事にすら出来る、呪い専門の魔法使い、だったかしら」
「はい。窃盗、強奪、殺傷。法に触れないレベルなら何でもやるでぇす」
法というのもカタブラ国独自の法だ。呪いの魔法を使うのが当然のカタブラ国。他の国の法とは訳が違う。他の国であれば、きっとピーリカはとっくに逮捕されている。
その事を理解した上で、少女は口を開いた。
「本当に何でもやってくれるの?」
「えぇ。わたしは天才ですから、出来ない事なんてありません」
「そう。じゃあお願い。私の事、誘拐して」
「分かったですよ。でも当然、タダって訳にはいかねーです」
「そうよね……って、誘拐はしてくれるの? 普通もっと驚いたり、理由を聞いたりしない?」
「何をほざいてやがるですか。呪いの魔法使いですよ。その程度の依頼、聞き飽きてるですよ。だれかをああしろ、アイツをこうしろ。世の中そんなのばっかりです。あぁ、やだやだ」
偉そうに言っているが、全て師匠が行った仕事である。
知らずに納得した少女。
「そっか、そうよね。ごめんなさい。じゃあ話を続けましょう。勿論タダとは言わないわ。お望みはおいくら?」
「わたしはケチじゃないのでお金なんて要求しません」
「お金いらないの? じゃあ何を」
「決まってるでしょう。それですよ」
にんまり笑ったピーリカは、スッと少女の胸元を指さした。




