師弟、絨毯を盗む
テントで作られた店が向かい合って並ぶ通り道。売られているのは色鮮やかな野菜や果物、布生地に薬草など様々。
ただ店の者も客人も、みな髪色は黒。それが黒の民族の証だった。
そんな通り道の中央を歩くマージジルマ。ラミパスは大人しく彼の肩に乗ったままだ。
その後ろをピーリカは一生懸命追いかける。
「師匠、早いですよ。もっと乙女の歩幅に合わせて下さい」
「お前に合わせてたら日が暮れるだろ」
「そこまで遅くないです。仕方ないですね、師匠にはわたしを抱っこする権利を差し上げます。さぁ」
「そのまま放り投げていいなら」
「いいわけないでしょう。乙女を何だと思ってるですか!」
言い争いをしながら歩き続ける師弟。
通りに店を構えた野菜売りとその客人が、二人を見つめた。
「見て、マージジルマ様とピーリカ嬢よ」
「あぁ。うちの店の野菜買ってくれねぇかな」
「無理無理。だってあのマージジルマ様よ。小さい頃貧乏だったせいで、ものすごく金にうるさいマージジルマ様よ。野菜なんかは自分で作ってるわよ」
「そうだよな。マージジルマ様ケチだもんなあ」
「そうよ、どケチなのよ」
「好きな食べ物を聞いたら、人の金で食う肉って答えるような人だし」
「ほんと、銭ゲバ野郎」
「短足」
「大雑把」
どケチな男、マージジルマは足を止め。店主と客人に向かって中指を立てた。
「聞こえてんだよてめぇら! 呪いかけんぞ!」
師匠の隣に立ったピーリカは、彼を優しく宥めた。
「まぁまぁ。事実じゃないですか。師匠はケチ。それより先を急ぎましょう。こんな下々の話に耳を傾ける必要はありません」
宥めているようで貶している。
中指を引っ込めたマージジルマは、腕を組んで横暴な態度を取る。
「俺はケチじゃねぇ。倹約家なだけだ」
マージジルマの言うことを聞き流した店主と客人は、ピーリカに目を向けた。
「おぉ。すごい、ピーリカ嬢が大人な対応をしている」
「ちょっと前まで父親に反発しまくって毎日のように喧嘩してたのに。成長したわねぇ」
「家出されるくらいならって、母親が無理やりマージジルマ様の元に弟子入りさせたあの問題児が」
「素直じゃないひねくれものが」
「定期的にモノぶっ壊してる破壊魔が」
「クソガキ」
「生意気」
「高飛車娘」
ピーリカはグーにした右手の親指だけを立て、勢いよく地面に下げた。
「うるせーですよ、この庶民共が!」
悪く言われているように見えるが、マージジルマもピーリカも嫌われている訳ではない。黒の民族は全体的に口が悪い、こういう民族性なのだ。
今度は師匠が弟子を宥める。
「ピーリカ。事実だ。お前はクソガキ」
「こんなにも愛らしい少女のどこがクソガキなのですか。それにわたし、魔法失敗した事なんてないのです。天才のわたしが失敗なんてするはずないでしょう。天才ですからね!」
「そういう所がクソガキなんだよ。っと、こんなガキの相手してる場合じゃねぇ。急がないと」
「クソガキじゃないですもん!」
騒がしいクソガキを無視し、マージジルマは周囲を見渡す。
向かいの店に立てかけられていた、柔らかそうな紅色の絨毯に目をつけた。
「ちょうどいい。あれ借りるか。ラリルレリーラ・ラ・ロリーラ」
絨毯の表面に現れた、三日月模様に円と線を羅列させた形の魔法陣。
ふわっと浮いて、マージジルマ達の前に広がる。絨毯を売っていた店の店主が、目を丸くさせた。
「マージジルマ様、それ品物の絨毯!」
「後でうちに取りにきな。魔法使い様の使った絨毯として、今の倍の額で売れるぜ」
マージジルマはそう言い残し、浮いた絨毯の上に座った。
ピーリカもその後ろに乗り込んで、空高く、飛んだ。
絨毯を売っていた店の店主は泣きながら叫んだ。
「じゅーうたーん!」
哀れみの目を向ける野菜売り。
「仕方ないさ。何か急いでたっぽいし。あの人達の魔法、盗んだものでじゃないと空飛べないんだ」
地上の事など気にせず、師弟は優雅に空を飛ぶ。
「これでも急いで行かねーと間に合わねぇな。遅れるとババアがうるせぇし、飛ばすぞピーリカ。落ちても助けられねぇからな。掴まってろ」
「仕方ないですねぇ。師匠に近寄るとケチがうつりそうだから近寄りたくないのですが、我慢してやるです」
「うつる訳ねぇだろ。そもそもケチじゃねぇっての」
「ケチですよ。わたしが寛大じゃなかったら今頃見放されてますからね。感謝しやがれです」
黒の民族は全体的に口が悪い。だからこそ本音と好意が伝わりにくい、ある意味可哀そうな民族。
それに加えて黒の魔法使いの弟子は、非常に素直さを出せなくて。
ぎゅっと師匠の背中を掴んだピーリカ。その表情は、かなり嬉しそうな笑顔だった。
緑色の草木が美しく整備された森の中に到着した師弟は、古びた塔の前に立った。
マージジルマは絨毯を丸め、塔の壁に立てかける。
「いいかピーリカ、ぜってー大人しくしてろよ」
そう言って弟子に皮肉な笑みを向けたマージジルマ。
「分かってますよ。全く、そう何度も同じ事を言わなくてもいいのに。師匠は本当にアホですね。師匠がアホだなんて、わたしは世界一不幸な美少女ですよ」
そう言って師匠に愛嬌ある笑みを向けたピーリカ。
マージジルマはそんな弟子の態度に呆れていた。
「お前がアホだから繰り返し言ってやってるんだよ」
「わたしを誰だと思ってるんですか。このピーリカ、いずれは黒の魔法使い代表となる身。師匠と違って、一度で理解する天才なのですよ」
「そういう所がすごくアホ。とにかく、俺が会議出てる間ぜってー無駄な動きすんな。そうだ。ちょっと待ってろ」
マージジルマは一度塔の中に入り、すぐに一冊の本を持って戻ってきた。
「ほら、これやるから」
紺色のぶ厚い本を受け取ったピーリカは、師匠相手に鼻で笑う。




