弟子、爆発させる
赤、青、黄、桃、緑、白、そして黒の、七種の民族が暮らすカタブラ国。
その国の安全と平和を守るのは、それぞれの民族代表である七人の魔法使い。
ドカァアアアアアン!
守られて平和なはずのその国で、大きな爆発音が聞こえた。
黒の民族が暮らす、黒の領土。標高高い山奥の中にポツンと建つのは、くすんだ赤色の屋根が印象的な一軒家。庭には新鮮な野菜が実る畑と、黒く焦げた平な地面が広がっていた。
先ほどの爆発音を響き渡らせた犯人は焦げた地面の前で両手を広げ、ただ呆然と立っていた。
彼女の名はピーリカ・リララ。黒の魔法使いの弟子である。
見た目は128センチ程の、幼い少女。黒くシンプルなデザインのワンピースに、ショートブーツ。爆発とは縁遠そうな容姿だが、間違いなく爆発を起こした張本人だ。
「ピーリカてめぇコノヤロー……またやりやがって。何でお前はこう失敗と失敗と失敗しかできないんだ?」
爆発音を聞きつけ、家の中から一人の小柄な男が出てきた。身長にして、158センチ。ボサボサな黒い髪に、シワの寄った白色のローブを着ている。履いている靴も安そうなもの。見た目へのこだわりはないらしい。
彼こそが、七人の魔法使い内一人。
黒の魔法使い代表、マージジルマ・ジドラ。
眉間にシワを寄せたまま、マージジルマはピーリカの隣に立つ。
ピーリカは肩まで伸びた真っ黒な髪を手でなびかせて、鼻で笑った。
「わたしは天才なのですよ。失敗なんてしないです」
顔立ちとしては整っており愛らしいものの、その口から飛び出た小憎らしい言葉にマージジルマは頭を抱えた。
「じゃあ意図して爆発させたって言うんだな? そこの焦げた地面の上に干してあった洗濯物どこ行ったんだよ」
ピーリカとしては別に洗濯物を爆発させるつもりはなかったのだが、失敗したとは口が裂けても言いたくなかった。目を泳がせながら言い訳を述べる。
「違います。爆発じゃありません。これはあれです。人々を喜ばせるための花火です。洗濯物はお星様に生まれ変わりました」
「あのなぁ、お前も俺も黒の魔法使いなんだよ。黒の魔法は呪いの魔法。人を不幸にする魔法使いが、人を幸せにする魔法や輝かしいものを生み出す魔法なんて使えるはずないんだよ。使えたとしたら、それは別の誰かが不幸になるって事だ」
「なるほど。じゃあやっぱり成功なのです」
「何でだよ」
師匠からの問いに、弟子はにっこりと笑う。
「師匠、なんだか不幸そうですね!」
マージジルマはピーリカの両頬を引っ張った。ピーリカが痛みを訴え騒いでいるが、マージジルマは全く心を痛めない。
「どーせお前の事だから、また呪文間違えたんだろ。正しい呪文を唱えて、魔法使う事をイメージする。そうすりゃ魔法は使い放題。ただ誰かが幸せになる魔法を望んでも、何も起こらない。それが黒の魔法。基礎さえ出来てりゃ使えるんだ、真面目に基礎から覚えやがれ」
そう言うとマージジルマはピーリカからパッと手を離す。
ピーリカは涙目になり、両頬を撫でながら反論する。
「間違えてません。黒の呪文は、ラリルレローラ・レ・ロリーラ」
「間違えてるって。黒の呪文は、ラリルレリーラ・ラ・ロリーラ」
「合ってましたもん!」
「まだ言うかクソガキ!」
「何を言いますか。わたしがクソガキのはずないのです。どこからどう見ても天才美少女でしょう? 世界で一番愛らしい弟子が一緒に住んでくれてとても光栄、くらい言って下さい」
「自分でそんな事言う奴、愛らしいと思えない」
騒がしい二人の後ろで、家の扉が開いた。中から出てきたのは、一匹の白いフクロウだった。器用に嘴で扉を閉めたフクロウは、翼を羽ばたかせ勢いよく飛んだ。
マージジルマの頭の上に止まったかと思えば、嘴で彼の額をつつく。
「いてっ、おい何だよ、ラミパス!」
フクロウはマージジルマに胴体を鷲掴みにされた。だが大人しくなる事はなく、翼をバタバタと動かしマージジルマの顔に当てる。
やられっぱなしの師匠に、ピーリカは気を良くした。
「ほほう。どうやらラミパスちゃんはわたしの味方のようです。いけっ、そこだ、もっとやれーっ!」
「ふざけんなよラミパス、ピーリカの味方になっても何の得もしないだろ」
「そんな事はないのです。ラミパスちゃんがお喋りできたらきっと、師匠は臭いと言うに決まっているのです」
「失礼な奴だな。くそっ、このクソフクロウ、何が言いたいってんだよ、飯の時間はまだ……あっ!」
マージジルマはラミパスを掴んだまま家の中に駆け込み、部屋の壁にかけられた時計に目を向けた。師匠を追って家の中に入ってきたピーリカが、鼻で笑う。
「何です師匠。ようやくわたしの偉大さに気づいたですか? 遅いんですよ」
「違う。今日会議だった。急いで行かないと間に合わねぇ」
「会議って、あの七人の魔法使いが無駄に集まる」
「無駄じゃねーよ。よし、行ってくる」
「待って下さい。まさかわたしにお留守番させる気ですか」
「だってピーリカが行っても何もする事ないだろ。だったら家で勉強してろ」
「そんな。もしうちに泥棒が入ったらどうするですか。わたし盗まれちゃうかもしれないですよ。どんな宝石よりも価値があるのですから」
「お前みたいなうるせぇの、盗む奴いないから安心しろ」
雑に扱われたピーリカは頬をパンパンに膨らませた。
「なにおう! いいから黙って連れて行けです!」
あまりにもしつこい弟子に、面倒くさくなったマージジルマはため息を吐く。
「まぁ別に連れてってやってもいいけどさ。会議中は外には出ててもらう事になるぞ。そんなんで本当についてくる気か?」
「いいでしょう、どうしてもと言うなら行ってやるです」
「言ってない」
「少し待って下さい、今オシャレするです」
自分の部屋へ行こうとしたピーリカの腕を、マージジルマは無理やり引っ張る。
「そんな時間ねぇよ。まず飛べるもん準備しないとな。街行くぞ」
「女の子はお出かけするならオシャレしないといけないものなんですよ!」
「何が女の子だ、急ぐっつってんだろ。そもそも、ガキがめかし込んだ所で誰も気にしねぇよ」
「何てこと言うですか!」
「いいから行くぞ。来ないなら置いていく」
マージジルマはピーリカの腕を離し、ラミパスを右肩に乗せ街へと続く一本道を歩き始めた。本当はオシャレをして出かけたかったピーリカだが、師匠に置いて行かれては元も子もないと諦めて。
「待って下さい、師匠。かわいい弟子を置いていくなです!」
ピーリカは怒りながら師匠を追いかけた。
そんな彼女の言葉を無視し、マージジルマは先を急いだ。




