師匠、復讐する
『さ、これでどう?』
白の魔法をかけられたピピルピの瞳の奥で、魔法陣が輝く。
それが消えたと同時に、ピピルピはスッと立ち上がり。
服を脱ぎ始めた。
いつもの紺色の水着姿になるピピルピに、マージジルマは呆れている。
「脱ぐなよ」
「これで視姦が出来る……!」
「第一声が最悪」
「私的には最高よ?」
そう言いながらピピルピはマージジルマの服をめくりあげた。彼の腹の右側に浮かぶ、黒い三日月の印。
それを隠すかのように、彼は服を下げピピルピの頭を軽く引っ叩いた。叩ける程元気になったようだ。
「脱がすな!」
「だって脱ぐなって言うから。脱がせるのなら良いかなって」
「そういう事はシャバにしろ!」
「はぁい」
ピピルピは大人しくシャバに抱きついた。シャバが「オレにもしなくていいんだよピピルピ」と言っているものの、彼女は聞く耳を持たない。
「ところで、あの老害、また来る気なんだろうか」
マージジルマは何事もなかったかのように話始めた。
仕方なくではあるが、シャバは親友の態度も尻をまさぐってくるピピルピの事も受け入れ普通に話を返す。
「バルス公国の? 分からないけど、その可能性はなくないよな。一応出禁扱いにはするけど、約束守るとも限らないし」
「そうだよなぁ」
「ピーリカ言ってたぞ。弱者が強者になる事だってあるし、強者が弱者になる事もあるってさ。でもさ……強者が弱者になったからと言って、そのまま弱者でい続ける訳でもないよな」
それを聞いたマージジルマは、フッと笑った。ラミパスをピーリカの頭の上に乗せる。
「ラミパス、ピーリカの事見とけよ。どうせ起きないだろうけど」
『あいあいさー』
「それじゃあ……ボコボコにしに行きますか」
***
機械が多く、自然の少ないバルス公国。暗い部屋の中で、シャマクはコンピューターを操作する。
「くそっ、あのガキ。絶対許すものか……! 」
もうカタブラ国を手にしたいだとか、自国のためにだとかは関係なく。ただ黒の民族に対しての憎しみで動いていた。
ピシッ、バキッ、ズシャアアアアン。
コンクリート製の天井に穴が開く。
「なっ、何だ!」
シャマクは手を止め、音の先に目を向けた。
暗い空と明るい月を背景に、赤く燃える炎の鳥。飛び降りたマージジルマは、その勢いを利用しシャマクの顔面を蹴飛ばした。
「てめーよくもやりやがったなコノヤロー!」
床に尻をつけたシャマクは、因縁の相手であるマージジルマを睨む。
「きさまぁっ!」
勢いよく立ち上がったシャマクはコンピューターを操作した。
マージジルマの背後に現れる、機械で造られた巨大な手。今にも彼を掴みそうな勢いで近づいてきた。
「ラリルレリーラ・ラ・ロリーラ」
魔法陣に包まれた機械の手の動きが止まる。動作をも止める、呪いの魔法だ。
「フリーズ!? こんっ」
マージジルマはシャマクを普通に素手で殴り出す。再び倒れ込んだシャマクに馬乗りになり、ひたすら顔面を殴った。傷つけられた植物や弟子の分も含めて、やられた分やり返す。あと普通に殴りたい気持ちがあったから殴っている。見知らぬ人に見られたら、お前は本当に魔法使いか? とでも聞かれそうだ。とてもではないがピーリカには見せられない。
「よし、満足した」
そう言ったマージジルマは手を止める。顔面がボコボコになったシャマクだが、それでもなお諦めている様子は無かった。
「さて老害、もうカタブラ国の奴らに手ぇ出さないな?」
「誰がそんな約束をするか! 絶対に許さん!」
「あぁそうかよ。ほら、シャバ。今度はお前の番」
マージジルマに呼ばれ、シャバは火の鳥から降りてシャマクの顔の真横に立った。暖かな炎を出す魔法使いは、シャマクに向かって冷たい視線を落とす。
「レルルロローラ・レ・ルリーラ」
シャマクの履いていた靴が一気に燃え上がる。あまりの熱さに危険を感じたマージジルマはシャマクから離れ、逃げた。
「あぁああああああああ!」
シャマクは思わず苦しみの声を上げた。前と同じ術ではあるが、熱が、威力が、前以上で。熱く、痛い。足をバタつかせているが、炎が消える事はない。
表情の変わらないシャバは、燃えている靴を指さす。
「さぁ、炎の赤い靴。今度はその脚が朽ちるまで、燃え続けな」
立つことさえ出来なくなったシャマクは、床の上で苦しむ事しか出来なくなった。
ピピルピはそんなシャマクの顔を覗き込む。
「やだ、すっごく腫れてる。マー君やり過ぎ」
「お前今からもっとひどい事するだろ」
「ふふっ、そうね」
ピピルピはシャマクの顔を見て、にこりと笑う。
その笑みに、シャマクはむしろ恐怖を感じていた。
理由もなく向けられた笑み。しかも相手は、人の心を操る事さえ出来る桃の魔法使いだ。
「何だ、よせ、やめろっ!」
シャマクの頬を、ピピルピは両手で優しく包む。
「リリルレローラ・リ・ルルーラ」
唱えられた桃の呪文。シャマクは両目に魔法陣が灯ったと同時に、涙を流した。
「ねぇおじ様、貴方、私の事好き?」
自身から手を離したピピルピの問いに、シャマクは頷いた。
その表情は、恋煩いをしているような、どこか儚げなもので。
「あ、あぁ。好きだとも。だから頼む、助けてはくれないか?」
「あら、人を傷つけておいて自分は助けてって言うのね?」
「当然だ。所詮他人は他人だろう」
「私と貴方だってその他人よ?」
「お主は他人じゃない、愛しい人なんだ」
ピピルピの顔から、笑みが消えた。
「そう。でも私は貴方の事、嫌いだわ。もう顔も見せないで」
「そ、んな。ま、待ってくれ」
マージジルマが火の鳥に乗り込む。その鳥の前で、シャバがピピルピに向けて手を伸ばした。
「ピピルピ、おいで」
「えぇ。行きましょう」
ピピルピは愛おしそうにシャバの腕を掴み、その場を離れる。歩く度に揺れる髪の毛の間から、背中に潜む黒い三日月。
その綺麗な月に向かって、シャマクは掴まれる事のない手を伸ばす。欲しいものは何一つ手に入れる事が出来ず、彼はただ遠のいていくのを見る事しか出来なかった。
「待ってくれ、行かないでくれ。行くなぁあああああああ」
嘆く声を聞くも、誰も足を止める事はなく。三人を乗せた火の鳥は、大空へ向かって羽ばたいた。
ピピルピの魔法は、解かれてしまえば記憶は残らない。ただし、解かれずにいればずっと恋焦がれるしかなくて。
月明りに照らされて、加えて足元では炎が燃え続けた。体だけではなく、心も傷ついて。
シャマクの周りはとても明るかったが、その表情は一人、寂し気だった。
カタブラ国の上空へ戻ってきた火の鳥。その上に乗っていたマージジルマは、背を伸ばした。
「よーし。白の魔法使い様のおかげで防御魔法も張られ直したたし、これであの老害や他の敵がまた来ても、もう大丈夫だろ。汚れた海もキレイなったし、後はうちの畑を元に戻す。それで解決」
「今後またマージジルマがぶっ倒れなきゃな」
意地悪そうなシャバの言葉を聞いて、マージジルマは考え込んだ。
「今後なぁ……呪われなきゃ大丈夫だと思うんだがな。健康には自信がある」
「ピーリカみたいな事言って……っと。ピーリカ一人にさせとくのも心配だし、早く帰んなきゃな」
「朝まで寝かせる呪いがかかってるから、起きるこたぁねぇよ」
「だと良いけどさ……にしても、ピーリカはこれから、もっともっと強くなるんだろうな」
「はっ、だからってそんなすぐに引き継がせてやるかっての」
そう言いつつも、マージジルマはピーリカの事を考えた。
自分を呪ったのはピーリカだが、自分やこの国を守り、助けたのもピーリカだ。褒めてもいいのだろうが、師匠としてはまず怒らないといけない。マージジルマはシャバにひっついているピピルピに顔を向けた。
「ピピルピ」
「ん?」
「ちょっと頼みが」
「いつでも触っていいのよ」
「違う」
「あら、じゃあなぁに?」
マージジルマは少し頬を赤くし、恥ずかしそうに言った。
「チョコレート、作らなくていいから買ってきてくれ」
***
翌朝。自分の部屋のベッドで目を覚ましたピーリカ。真っ先に思い浮かべたのは、師匠の事だ。
確か昨日は、元気になった師匠に眠らされた。その理由を知るために、彼女は部屋を出てリビングへと向かった。




