師弟、プロポーズを
「だって、やっぱり止めたって。結婚止めるんじゃないんですか?」
「違う。最初は王子の事ぶん殴る気だった。それを止めただけだ」
「……なんて紛らわしい!」
「お前が勝手に暴走しただけだろうが。それに……仮に王子が連れてったとしても、奪い返しに行ってやるっての。俺だってもう、それくらいの覚悟は出来てんだよ。お前が本当に俺で良いってんなら……頼む、そばにいてくれ」
真っ赤にしてプロポーズの言葉を口にしたマージジルマに、ピーリカは思わず目を丸くして。
「……ラリルレリーラ・ラ・ロリーラ」
周りの事など気にも留めていないのか、ピーリカは静かに呪いをかけた。
あちらこちらで「わぁー!?」と驚きの声が上がる。テクマの髪やラミパスの羽、シーララの着ていた白い服など。とにかく白かったものに、ピーリカが着ていたドレスの色が移動した。代わりにピーリカのドレスは脱色し、まるで真っ白なウエディングドレスのよう。
ピーリカも涙を流しながら、返事を口にした。
「当たり前です。わたしは師匠のお嫁さんになるんです。それ以外認めませんから!」
マージジルマは照れた顔をしながら、ピーリカを抱きしめた。
周囲にいた者たちは、静かに二人を見守っていた。二人がずっと、初恋に呪われていた事を知っていたからだ。
ミューゼとピピットだけが騒ぐ。
「ウラナ君が供給過多で倒れた!」
「おっ、お医者さーん!」
ピクルスはため息を吐いて、わざと水を差した。
「あぁヤダヤダ、振った男の前でイチャイチャしないでよね。ピーリカ、もし心変わりでもしたら、いつでも僕の所来ていいから」
「遊びに行ってやりはしますけど、嫁には行かないですからね。そもそもピクルス、女の子じゃないですか」
「バラさないでよ、面白くない」
周囲の者たちから「女の子!?」と驚きの声が上がる。だがマージジルマは、一切驚いた様子を見せない。
「やっぱりそうか」
「……気づいてたの?」
「お前、嘘ついてるだろ。俺そういうの見抜くの得意だから」
「あぁ、王子だって?」
「いや、お前胸で嘘ついてるじゃん」
指摘を受けたピクルスは、恥じらうように胸元を手で隠す。代わりにピーリカが「どこ見てやがるですか!」とマージジルマの頭を叩いていた。
「じゃあ僕帰るね」
恥ずかしさから逃げるように、ピクルスはピーリカ達に背を向けた。
「あ、ピクルスさん。ちょっと待ってください」
だが彼女の足を、ウラナが止めた。ピーリカはつい「ウラナ君復活早かったですね」なんて呟く。
「これプラパ王子やセリーナ様に届けてもらってもいいですか?」
「王族に届け物させるとか君も大概だよね。何これ」
「見ての通りです。こっちはピクルスさんの分」
「見て分からないから聞いてるのに。まぁ、僕の分って事はこっちは開けていいって事だよね」
ウラナが渡してきたのは、白い封筒だった。同じものを数枚受け取ったピクルスは、自分の分だけを開ける。
「この度、マージジルマ・ジドラとピーリカ・リララは結婚する事になりました。つきましては二人の結婚式に参加していただきたく……待って? これ招待状じゃない?」
「そうですよ?」
「いつ作ったの?」
「三日前ですが?」
「僕が勝つとか考えなかった訳?」
「なかったです」
ピーリカは魔法でウラナを拘束する。エトワールに木を生やさせ、そのまま彼を吊るした。
手を払うように叩いて、ピクルスに謝罪した。
「あの愚か者が悪かったですね。でもこんな招待状、無意味ですよ。だってわたしも師匠も、何も準備出来てま……ん? でもピクルスを招待してるって事は……ウラナ君、まさか勝手に準備進めてるとか言わないですよね?」
ピーリカは心配そうにウラナの顔を見た。吊るされたウラナは平然と答える。
「ご安心を。招待状はまだピクルスさんにしか渡してません。他にお呼びしたい方がいたらすぐ作るので、とりあえず招待客リストの確認をお願いします。式場押さえて一番人気のプラン選んでおきましたけど、変えたい所があればまだ変更可能です!」
「想像以上に勝手に決めてやがるです!」
流石のピピルピも黙っていられなくなったようで、ウラナの前に立ち。師匠らしく、彼を叱る。
「ダメでしょウラナ君。恋人たちは結婚の準備でより一層愛を深めるものなの! それを頼まれてもいないのに勝手にやったらダメ!」
ウラナといる時のピピルピはすごくマトモに見えると、周りにいた者たちは皆驚いていた。
ピピルピの事をよく知らないピクルスは、招待状に目を通す。
「式の日、一か月後になってるけど」
「本当はもう少し早くしてほしかったんですけど、式場の空きがなくて」
叱られている最中だというのにピクルスの疑問に答えたウラナ。ピピルピが頬を膨らませていても気にもしていない。
マージジルマはウラナを、まるで幼い頃のピーリカのようだと思った。勝手に動く所や聞き分けのなさが。今も少しそうかとも思っている。
そんな風に思われているとは思ってもいないピーリカは、結婚に少し照れながらウラナを怒る。
「一か月後は十分早いです! そりゃわたしだって早く結婚したいですけど、その、師匠は」
「僕はさっき聞いた! マージジルマ様もピーリカ嬢と結婚したいと!」
「それはへへへそうですけど」
ニヤニヤし始めたピーリカを押しのけて、マージジルマは真剣な顔つきでウラナに問う。
「進めちまったもんは仕方ねぇとして、いくらかかる予定だ?」
「大体700万くらいの予定です」
その金額に驚いた、ピーリカのニヤけが止まる。
「なっ!? そんなに高額じゃなくて良いです! それに、ケチな師匠が、そんなに出す訳ないでしょう! ねぇ師匠!」
マージジルマはため息を吐いて、ウラナの前に立つ。
「ラリルレリーラ・ラ・ロリーラ」
呪文を唱えたマージジルマの右手に現れた、分厚い札束。ウラナはそのまま、札束でビンタされた。
***
それから一か月後。式場の中庭で、ドレスアップしたミューゼとピピットはベンチに座って式の始まりを待っていた。
「つまりマージジルマ様がお金にケチだったのも、結婚式代貯めてたからってのもあったって事だよね。そう思うとカッコよくない?!」
「そう? 重くない?」
「そんな事ないよ。それにさそれにさ、キャンセルだって出来たはずなのに、そのまま式挙げるって事はさ、結婚はしたかったって事だよね! それ程お姉ちゃんを想ってたなんて素敵!やっぱり人間顔じゃないよねー」
「あっ、イケメン」
「えっ、どこ!?」
顔じゃないと言いながらイケメンに反応するミーハー娘に、ミューゼは呆れている。
「言い間違えた。ピクルス様」
「何でピクルス様とイケメン言い間違える訳? でも……綺麗ではあるよねぇ」
二人は少し離れた所にいるピクルスに目を向ける。ピクルスは女性らしい、薄い水色のドレスを着ていた。胸も隠さず、薄くはあるが化粧もしている。
彼女の後ろには護衛がついていたが、それでもピクルスをナンパするチャレンジャーもいた。
「元男だけど、それでもいい?」
「えっ」
「無理ならいいよ、それでもいいって人を探すから」
あはは、と笑って式場の中へ入っていったピクルス。その後ろ姿からは、傷つきながら作り上げられた、確かな強さが感じられた。
ミューゼはピクルスの後ろ姿を指さしながら、ピピットに問う。
「あのドレスもピピットのお父さんが作ったの?」
「残念ながら、あれはオーロラウェーブ製。パパはお姉ちゃんとマージジルマ様の分で精一杯だったっぽい」
「むしろよく作ったよ。一か月切ってたのに」
「娘の晴れ舞台のドレスを他の奴に作らせてたまるか、って。あの時お姉ちゃんが着てたドレスじゃ気に入らなかったみたい。シーララ兄ちゃん巻き込んで、布の色染めるのも全部やったって」
「あぁ、ピピットのお父さんが汚れたツナギ着てる時があるのはそういう」
「そ。あたしの時も大変な事になりそー」
そんな二人の前を、マハリクとエトワールが通り過ぎる。マハリクは紺色のワンピーススーツを、エトワールは淡い黄色のパーティードレスを着ていた。エトワールの胸元では花のブローチが光る。
「ちなみに、エトワール様のあれは?」
「あれはシーララ兄ちゃん頑張りましたぁ」
「ヒュー」
「と、思うじゃん? でもあの髪飾りはポップル兄ちゃんかららしいし、ブローチはリリカル兄ちゃんかららしいよ」
「ピピットよりエトワール様の方が大変なんじゃ? 典型的な溺愛ものヒロイン、憧れた時期もあったけど……あぁなるなら別にいいわぁ」
「そう? ちょっと羨ましいけどなー」
そんな二人に、ピピルピが近づいた。ピピルピはいつもの水着姿とは違い、ワインレッドのドレスに身を包んでいる。
「二人ともー、もうすぐ始まるから中入りなさぁい」
「「はーい」」
ピピルピに言われ、二人は式場の中へ入る。ピピットはこっそりと、ミューゼに言った。
「ミューゼ、こんな事言うの悪いかもだけど……ピピルピ先生、服着れるんだね?」
ミューゼは悩んだ。まだ子供であるピピットに『うちの師匠が脱がす事を前提に着てる。そう説得されてた。ママは新しい水着で来ようとしていた』と真実を伝えていいものか、なんて。
「まぁ、大人だからね」
ミューゼは言葉を濁して、式場の中へ入っていった。
愛妻の日に投稿出来て良かったです




