師弟、ラストバトルをする
「来たね」
「当たり前です、師匠が来ない訳ないんですよ」
ピクルスの前に立つマージジルマを見て、何故かピーリカが胸を張った。
呆れた顔のマージジルマはピクルスを一瞥してから、ピーリカに目を向ける。
「おらピーリカ、帰るぞ」
「ちょっと、僕を倒すまで帰さないに決まってるでしょ」
ピクルスは自分を空気のように扱うマージジルマを睨みながら言った。
マージジルマも仕方なくピクルスの顔を見る。
「王族が。何して倒せって?」
「王族関係ないよ。剣術とかどう? それなら僕も多少は心得があるからさ。魔法はなしでね、だって僕が不利じゃん。それとも、自分しか出来ない事で勝負する? それで勝って嬉しい?」
「嫌味な奴だな。何でそんな真剣なんだよ」
「僕も本気だからね。ピーリカとの約束があるんだ。僕が勝てば、僕のお願い聞いてくれるって」
マージジルマはピーリカを睨むも、彼女は「師匠が勝てば良いだけでしょう!」と、一切悪びれている様子がない。
ピクルスは二人の喧嘩を気にせず、ピーリカに叶えてもらいたい願いを口にした。
「ピーリカにはオーロラウェーブに来てもらう」
「は?」
ピクルスの望みに、思わず目を丸くする師弟。
だがピーリカはすぐに笑顔を見せた。
「なんだ、そんな事ですか。遊びに行くくらい師匠に勝たなくとも行ってやるですよ。お土産にアップルパイでも持って行ってやりましょう」
「あぁごめん、言い方が悪かった。オーロラウェーブで暮らしてよ。勿論、その男とは別れて」
「貴様に食わすアップルパイはありません」
ピーリカの顔から笑みが消えた。だがピクルスは笑顔のまま、ピーリカに手のひらを見せる。
「アップルパイはどうだっていいよ。それより剣貸して。ピーリカの魔法なら出せるでしょ」
「貴様が望んでしまうのであれば出せませんよ。どうしても欲しいなら代償を払えです!」
ピクルスにイーっと歯を見せるピーリカを見て、マージジルマは両手を頭の後ろで組んだ。
「やっぱ、やーめた!」
「えっ?」
ピーリカもピクルスも、マージジルマを見た。だが彼は嘘をついているようにも冗談を言っているようにも見えず。
ピクルスは思わず確認を取る。
「やめたって何? まさか試合放棄?」
「おう。だってお前王子なんだろ、国際問題に発展したら面倒だしな」
「じゃ、ピーリカは連れて帰っても?」
「好きにしろよ」
ショックを受けたピーリカは、青い顔をしてその場に座り込む。
「そんな、流石に、あり得ません」
「はは、ちょっと予想外。でも、しょうがないね。行こうピーリカ、うちの国の人にはうまく言ってあげるからさぁ」
ピーリカを宥めるように、ピクルスはそっと彼女の背中に手を添える。しかし。
彼女はキッと、師匠を睨んで。怒りの声を上げた。
「絶対あり得ません!」
「は……?」
ポカンと口を開けたピクルスの事は気にも留めず、ピーリカは勢いよく立ち上がり。マージジルマを指す。
「師匠ごときが、わたしとの結婚を断れると思うなですよ。いいでしょう。ピクルスと戦う気がないなら、わたしと戦いなさい! わたしが勝ったら結婚ですから!」
突然の勝負を挑まれ、マージジルマの口角が上がる。
「それはそれで面白そうだ。ピーリカ相手なら魔法使っても問題ないもんな?」
「えぇ。全ての攻撃を受けて立ちましょう。ピクルス、危ないから下がって……いえ、下がる程度じゃ危険ですね。リルレロリーラ・ロ・リリーラ」
ピーリカは白の魔法を使って、透明な壁を作った。壁向こうにいるピクルスの「ちょっと!」という声も、二人の耳に届いたかどうか。
「ほぉ、お前も随分上達したじゃねぇか」
師匠からの賞賛の声に、ピーリカはフッと笑う。
「誰に言ってやがるんですか。カタブラ国・白の魔法使い代表、ピーリカ・リララ様ですよ。ひれ伏しやがれです」
「はっ。お前こそ誰に言ってやがる。カタブラ国・黒の魔法使い代表、マージジルマ・ジドラ様だ。そっちの方が、ひれ伏しやがれ。ラリルレリーラ・ラ・ロリーラ」
ピーリカの足元で、魔法陣が光る。彼女の肌に、紫色の斑点が現れた。
表情を歪めたピーリカだが、床に足をつける事はない。
「最初から毒を食らわすとは、何たる卑怯」
「時間の無駄だからな。勝負に卑怯もクソもあるか、たわけ」
「時間にまでケチな男ですね。ラリルレリーラ・ラ・ロリーラ」
ピーリカに黒の呪文を唱えられ、今度はマージジルマの肌に斑点が浮かぶ。
「っ……そこは白じゃないのか?」
「ここは黒でしょう」
「だよなぁ。リルレロリーラ・ロ・リリーラ」
マージジルマは白の呪文を口にする。彼の肌にあった斑点は、綺麗に消え去った。
「返してきても良かったですのに。師匠は本当に優しい男ですね」
「どうだろうな。ラリルレリーラ・ラ・ロリーラ」
「何をしても無駄……ちょっ!? 何しやがるですか!」
「お前がお姫さんに使った魔法」
ピーリカは思わずドレスの裾を抑えた。身に着けていた下着が消えた、なんて、誰にもバレてはいけない。いくら同性のピクルスにでも、流石に言いづらい。
「卑怯者ですね、リルレロリーラ・ロ・リリーラっ」
白の魔法で呪いを打ち消したピーリカは、無事下着を取り戻す。セリーナにかけた呪いの恐ろしさ(恥ずかしさ)を理解し、心の中で謝り。
次の呪いを繰り出した。
師弟の壮大なバトルを目の前にしたピクルスは、ため息を吐いた。まるで本当に、何かを諦めたように。
「まったく、ついて行けないよ」
呪いと呪いのぶつかり合い。だけど何故か、師弟は揃って笑っていた。
「そろそろ跪いたらどうですか? わたしはいっぱいお勉強しましたから。魔法だって、師匠を超えている事でしょう」
「何言ってんだ。俺はお前の師匠だぞ。弟子に使えて師匠に使えない魔法なんかある訳ないだろ」
「ひがみですか? 見苦しい」
「いいや、俺とお前の場合は事実だ」
「負け惜しみですよ」
マージジルマは笑顔を見せた。それが彼女の弱点であると、彼は気づいてないけれど。
「事実だっての。ラリルレリーラ・ラ・ロ・リリーラ」
与えられた弱点と唱えられたモノクロの呪文のせいで、ピーリカの判断が遅れた。
塔は粉砕し、空を背景にして人だけが優しく落ちる。人というのは当然、ピーリカだけではなく。
マージジルマとピクルス含め、塔にいた全員の事だ。
シャバは地面に足をつけるや、頭を抱えた。
「崩壊させないと思っていた俺がバカだった! やっぱりマージジルマはマージジルマだった!」
「シーちゃん、怖かったわ。慰めて!」
「うん後でね!」
シャバに抱き着くピピルピの隣では、ピエロ三兄弟が変わらず妹たちを取り合って喧嘩している。
「イザもエトも怪我しとらん? リリカルお兄様が病院連れてったる」
「何でリリカル兄さんだけ行く気なん?」
「そうだよ。そうやってリリカル兄、いっつも良いとこ取りするよね。病院くらい僕だって連れて行けるし!」
「あーん、怪我してないんだから喧嘩しないでってばー!」
「そうですね。それに怪我をしてた場合もご安心を。出せます、魔法薬」
喧嘩する彼らの前へ、ファイアボルトが血相を変えて近づいてくる。
「おいガキども、病院行くならテクマも一緒に連れてってくれ! あの程度の揺れで酔ったらしい、魔法薬でも構わん!」
流石の兄弟も病人の前では喧嘩を止める。
テクマは青い顔をしながらピーリカに目を向けていた。
「やだよ、僕は見届けるんだ、二人の、ハッピーエンドを……」
「テクマーっ!」
かくんっ、とテクマの顔が横に向く。
騒がしい奴らの後ろで座り込んでいたピーリカは、目に涙をためる。勿論、テクマに対して泣いてる訳ではない。
師匠の魔法に、まだまだ敵わないと負けを認めたからだ。
「建物が崩れたからと言って、わたしが負けた訳じゃねーですから! わたしは意地でも、師匠の所に嫁に行ってやるですから!」
その涙は頬を伝って、地面を濡らした。
マージジルマはピーリカの横にしゃがみ込み、彼女の頭を撫でた。リボンがなくなった事で、撫でやすそうだ。
「来ればいいだろ」




