師弟、認められる
「過去に悪いことした奴を、そう簡単に信用出来ると思うなし!」
「人殺した事はねぇよ」
「心に深い傷を負わせたんだ、殺したのと同じくらい悪いし!」
マージジルマはふと、自分の父親の事を思い出した。苦い苦い思い出だった。
それでも今、彼が笑えているのは。かつて弟子が貸してくれた肩があったからだろう。
「良い事言うな。その通りだ。だったらもう、その傷埋めてやるしかねぇな」
「傷を負わせたお前に埋められるとは思えないし」
「埋めるどころか溢れさせてやるよ。第一、バルス公国の時だって悲しませたとはいえ最善だった」
「そんなのっ」
まだ反対意見を言おうとしていたパメルクを押し退けて、パイパーはマージジルマに笑みを向けた。
「マージジルマ様、つまり貴方はピーリカとの未来をちゃんと考えてくれていらっしゃるのね?」
「それは、まぁ。もう手を出したって問題ないだろ」
「ピーリカだってもう大人ですもの、ちゃんと大事にしてくれるなら反対も何もしません。その気持ちは、嘘じゃないんですね?」
「……あぁ」
生真面目な話に照れたマージジルマの頬は、赤くなっていたものの。顔つきは真剣そのものだった。
にっこり笑った母親は、両手で頬を抑えた。
「じゃあ、もう様付けて呼ばなくていいのね?」
「あ?」
「息子に様をつけるなんておかしいじゃない。敬語でなくてもいいのよね」
予想外の言葉に若干戸惑ったマージジルマだったが、すぐに覚悟した。この母親には一生かなわない、と。
「好きにしてくれ」
「嬉しい!」
背景に花を飛ばして喜ぶ母親の肩を、父親がグイと掴んだ。
「こらママ、勝手に話進めるなし!」
「パパだって勝手にこんな塔建てたじゃない」
「これはほぼ王子が、いや、とにかくダメなものはダメだし!」
強い口調で言ったパメルクの言葉に、パイパーは悲しそうな顔を見せた。
「そう……孫の顔は見れないのね」
「ま、孫って。結婚すら反対しているのにそんなの許すわけないし」
「見たかったの、孫」
「孫なんていなくても、ピーリカとピピットがいれば」
「二人は娘だもの。孫が見たかったの」
「だ、ダメだし! 他のもの買ってやるから諦めろし!」
反対されたパイパーは、ポロリと涙を流した。
ピピットは母親に寄り添いながら、父親を非難する。
「パパがママを泣かした! パパひどい!」
「なっ!? ま、ママ。何も泣かなくても」
まさか泣かれるとは思っていなかったのか、父親は途端にオロオロし始める。
マージジルマとファイアボルトは思った。なんて巧妙な嘘泣きだろう、と。
涙を流すパイパーに、テクマが近づく。
「大丈夫? かわいそうにね。ピーリカの子ならきっとかわいい孫になるだろうにね」
「テクマ様……そうですね。でも仕方ないんです。うちの人が許してくれない限り、私の夢は叶わない」
「そうだね、君の夢も、ピーリカの夢も叶わない。なんて悲劇だろう」
チラッ。
テクマとパイパーはパメルクに目を向ける。
二人が何を言いたいのか理解したパメルクだったが、首を縦に振る事はなかった。
「だ、ダメったらダメだし! 同情させようったってそうはいかないし!」
テクマはパイパーの頭を撫でながら、ファイアボルトにも同意を求めた。
「ねぇファイアボルト。君もマージジルマくんの結婚を見届けないと次の山に行けないよね?」
「あ? いや、すぐに行わないなら近くの山に」
「行けないでしょ?」
「い……行けないなぁ」
テクマより体力も筋肉もあるファイアボルトだが、今はテクマの圧に負けた。
パイパーは両手で顔面を抑えて、ワッと泣き始めた。
「ファイアボルト様にまで迷惑をかけてしまうなんて!」
「そ、そこまで迷惑かけてないと思うし!」
母が流す、悲しくも美しい涙。マージジルマとファイアボルトは、とんでもねぇ嘘つきだなと心の中で呟いた。
パメルクが泣いているパイパーに気を取られている間に、テクマはピピットに耳打ちを入れる。
「ピピット、一応マージジルマくんもピーリカも国の偉い人なんだ。二人の式となれば、国内の有名人も国外の王族も余裕で呼べるだろうね。イケメンも来るだろうね」
「パパ! 早く認めてあげて!」
ミーハー娘は目を輝かせて、父親への説得を始めた。
もちろん妹も二人の結婚に反対はしていないが、姉が決めた人なら誰でもいいとも思っていて。それこそ相手はマージジルマでなくとも、ウラナでも良いしピクルスでも良いと思っていた。
だがイケメンの知り合いがいっぱいいるなら話は別だ。イケメンは多ければ多いほど良い。
父親はピーリカとは違う意味で心配な次女の事も叱った。
「ピピット! イケメンならパパがいれば十分だし!」
「パパはパパじゃん! ズラッと並んだイケメンが見たい!」
父親は次女が将来、顔だけの男に引っかからないかが心配になってきた。
だが今は長女の心配だ、とマージジルマの顔を指さした。
「そ、そうだ。コイツは全然イケメンじゃない! 認められない!」
失礼極まりない父親に、ピピットは頬を膨らませた。
「ひどいよパパ! 人間見た目じゃないよ!」
「ピピットがイケメンがいいって言ったんだし!」
「だってマージジルマ様は内面が良いらしいから」
「さっきコイツおれに足向けて寝てたのに!?」
「パパだって無礼な態度なんだからお互い様だよ」
テクマはマージジルマの横に移動して、ポンと彼の肩を叩いた。
「かわいそうなマージジルマくん、お世辞でもイケメンとは言われないんだね」
「どうでもいい」
言われた所で嘘かどうかを見抜けるマージジルマにとっては、本当にどうでもいい事だった。
パイパーは目元の涙を指先で拭うと、背筋を伸ばし。娘を思う母親として、父親を説得した。
「パパ、貴方がピーリカを大事に思ってるのは分かってるわ。だからこそ認めてあげて」
「ママ……」
「最も、認めなくてもピーリカは勝手に結婚すると思うけど。認めてあげた方が、ピーリカも喜ぶと思うわ」
そう言われて、パメルクは言葉に詰まった。反対しているのだって、結局はピーリカの幸せのためだ。
娘の性格も好みも、もう分かっているつもり。反対し続けた所で何も変わらない事も、とっくに分かっていた。
素直ではないけれど、父は娘が大事だった。
父は頭をガシガシとかいて、悔しそうな顔をする。
「あーっ、クソっ。おいマージジルマ! 本当にピーリカの事大切にするんだろうな!?」
「しなかった時なんてねぇよ」
「頻繁に叩いてただろ!」
マージジルマには思い当たる点が多々あった。叩きもしたし、縛り上げて木に吊るしたりもした。だが全ては彼女のためを思ってやった事だ。
とはいえ正直に言ったところで納得しないだろうと、言い訳を口にする。
「それはあれだ、愛情表現だ」
「絶対今考えたやつだし。仮に本当だとしても、なんて分かりづらい……」
「お前に言われたくない」
「お前とはなんだし! お父様と呼べし!」
「それはちょっと癪だ……あ?」
つまりそれは、父と呼んでいいという事で。
母と妹は思わず互いの顔を見合わせて、二人の師匠はパッと顔を明るくさせた。
父親は眉間にシワを寄せたまま、マージジルマにビシッと人差し指を向ける。
「勘違いするなし。ピーリカの事は嫁にやるんじゃない、仕方なく預けるんだ。言っておくが、俺はお前の事嫌いだし! 息子だと思いたくないし!」
今まで通りの父親の態度を見て、マージジルマも今まで通りを貫く。多分それが、一番仲良くいられる方法。
「そうか。俺も嫌いだよパパ」
「パパって呼ぶなし! でもそれは、あくまで上の階にいる王子に勝ったらの話だし。負けたら話は破断!」
「その場合、ピーリカと王子を結婚させるのか?」
「そんな訳ないし! 金払ってくれた手前言う事は聞いてやるが、結婚させるとは言ってないし。それに……ピーリカが好きなの、どう見たって王子よりお前の方だし……あーームカつくしーーっ! イライラするから早く行けし!」
父親はマージジルマに背中を向けて、シッシと追い払う仕草をする。
態度は悪いが見送られたマージジルマは、思わず口角を上げた。
「じゃ、とっとと行ってくるわ」
「ふん!」
マージジルマは家族たちに見送られながら、最上階へと向かって行った。




