師匠、義父に足を向ける
痛い思いをしたというのに、イザティは昔馴染みとの再会を喜んでいる。
マージジルマはポップルの魔法を純粋に褒めた。
「黃の民族の割に黒の魔法うまいじゃん」
「黒の魔法というか、全部の魔法研究してるので。マージジルマ様にそう言って貰えるなら光栄っスわ」
「でも何でイザティ?」
「うちの兄、イザティ様の事も妹……というより、女児だと思ってる節あります」
流石に女児ではないだろうと、マージジルマはイザティの方に顔を向ける。
同じようにイザティの顔を見たリリカルは、パァっと顔を明るくさせていた。エトワールの手を握る手とは反対の手でイザティの頭を撫でる。
「イザ! 元気しとったか? ご飯食べとる? ん?」
「食べてますよぉ。そんな心配しないで下さい、私もう大人ですからー」
「何歳になっても妹は妹やて。あ、こうしたら両手に花やんなぁ」
リリカルはイザティとエトワールを抱き寄せる。両手というより、両腕に花。
花からは「キャアーっ!」という叫び声と「私たちは人間なので花ではありません」という一切動揺のない声が聞こえた。
シーララは目尻を吊り上げて、花を愛でるリリカルの手を指さした。
「リリカル兄、それセクハラだから! 離して!」
「どこがぁ~?」
「全部!」
ポップルもシーララと同じ顔つきになった。ただ違ったのは、ポップルがエトワールの腕を引っ張って自分の胸の方へ寄せた事。
「リリカル兄さん、エトの事は離したって。かわりにイザティ様の事は好きにしてえぇ!」
「なぁ!? なぁんにも良くないですーーっ!」
自分が生贄として呼び出されたと理解したイザティは、途端に泣き出した。
リリカルは先ほどまでエトワールを掴んでいた手でイザティの頭を撫でると、ポップルに注意を入れる。
「ほらー、ポップルが意地悪するからイザが泣いてもうた」
「意地悪ちゃうて。もしかして女児どころか赤ん坊として見とるん?」
「何言うてんの。イザは泣き虫やけど十分大人やて。抱かんと世界が滅ぶ言われたら余裕で抱ける」
「好きにしてえぇとは言うたが、合意は得てな? 身内から犯罪者出るん嫌やわ」
「エトの事も抱ける」
「ぶちのめす」
ヘラっと笑っているリリカルに、ポップルも黒い笑みを向けた。
ポップルが攻撃をする前にと、イザティは泣きながら仲裁に入った。
「あーん、人を巻き込んで兄弟喧嘩しないでー! リリカルさんもその気がないのに人を弄ぶような事言わないで下さぁい。わざとじゃない分タチ悪いですー」
「リリカルお兄様、抱かないと滅ぶ世界とは具体的にどのような原理なのでしょうか?」
「エトワールちゃん、リリカルさん絶対そこまで考えてないよー」
シーララは体を震わせていた。一刻も早く上司に仕事をしてほしいというのに、兄達と喧嘩をしている場合ではない。それからポップルに抱きしめられたままでいるエトワールにもモヤモヤして。
「今それどころちゃうねん!」
彼は思わず声を上げた。だが彼の不幸はまだまだ続く。
「なんやの、おっきい声出して。ご近所迷惑になるから止めぇな」
「よく考えんかいシーララ。エトが食われそうになってるのに、それどころな訳ないやろ」
「えーん、皆喧嘩しないでー」
「ポップルお兄様、私は食べてもおいしくないと思うのですが……」
それぞれの想いを口にして、騒ぎ始める兄妹たち。
「おい三男」
「マージジルマ様、悪いけど後日にして下さい! 僕先にバカ兄どうにかしないとなんで!」
「出来れば今日中に行きたいんだが」
「じゃあいいよ、先進んで下さい! ポプ兄はエトの事はよ離さんかい!」
シーララはマージジルマに背を向けて、兄達と言い争いを始めた。そもそも結婚を反対していないシーララに、マージジルマを意地でも通さないという思いはない。彼にとっては、何だかんだやっぱり可愛い妹の方が大事だった。
マージジルマもここまでゴタゴタになるとは思っていなかったようで、申し訳なさそうな顔をしていたものの。
早くピーリカを回収するため、次の階段を登って行った。彼の表情を見た者は、誰もいなかった。
四階に到着したマージジルマは、思わず目を見開いた。
「来ましたね、マージジルマ様」
「いらっしゃーい」
部屋の中央であぐらをかいて座っていたピーリカの父親。その隣には、彼女の母親と妹も座っていた。
「父親が出てくるんだろうなとは思ってたが……」
「反対してないとはいえ、家族ですもの。娘の結婚に関わるなんて重要な事、参加させてもらうに決まってるでしょう?」
微笑んでいる母親には、ラスボスと言われてもおかしくない風格があった。
マージジルマは目線を右横にずらして、リララ一家の隣に座っていたテクマとファイアボルトにも目を向ける。テクマの膝上には、ラミパスも座っていた。
「お前らは?」
「僕らだって、君の家族のようなものだろう?」
テクマの発言に、ファイアボルトも頷いている。
パメルクは剥き出しの敵意をマージジルマにぶつけた。
「仮にこの場にいる全員が認めても、おれは絶対に認めないし!」
マージジルマはため息をはいて、その場に寝転がった。頭の下で腕を組んで、彼女の父親には足を向ける。
「はぁー、めんどくせ。早くしろよ。何すれば通すんだ?」
「なんだし、その態度は!」
誰がどう見ても、あからさまに悪い態度。
まだマージジルマの事をよく知らないピピットは、苦笑いをしていた。
「あれじゃあパパが怒るのも無理ないかー……ん?」
ピピットはふと、テクマとファイアボルトに目を向けた。二人は何故か、信じられないものを見たという顔をしている。
「見たかいファイアボルト、凄い事が起きてる!」
「あぁ、マージジルマが話し合おうとしている!」
当たり前の事を言う二人に、ピピットは思わず驚きの声を上げてしまった。
「そ、そんなに驚く事なんですか?」
テクマもファイアボルトも大きく頷いて、マージジルマに目を向けている。
「そうだよ、今までのマージジルマくんなら殴って先に進むよ! なんなら建物ぶっ壊して、ここまでなんて来るなんてしない!」
「あぁ。筋肉を傷つけぬよう、力を使わずに平和的に事を進めようとしている。それ程にピーリカが大切なんだな」
「だろうね。そんな二人をまた引き離すなんて、野暮ってものだよ。こんな態度の悪い子だけど、これからもよろしくね。ついでに、僕とラミパスの事もよろしくね」
「テクマの事は気にしなくていいが、マージジルマの事はよろしく頼んだ」
テクマとファイアボルトは、リララ一家に体を向けて深々と頭を下げた。
「まぁ、ご丁寧に」
「えーと、よろしくお願いします?」
母親と妹も向かい合う形になって、深々とお辞儀。
だが父親だけは顔を斜め上に向けて、ツンとした態度を取っている。
「よろしくしなくていいし! どうせ先に進まないのは、面倒がってるだけだろ。それかそこまでピーリカを大事に思ってないかだな!」
マージジルマはその場に寝転がったまま答えを述べた。
「そんなんじゃねぇよ。殴ったところで話聞かないだろ、コイツ」
「コイツとは何だし!」
「じゃあ親父?」
「死んでも嫌だ!」
「じゃあ何なら良いんだよ」
「何でも嫌だし! ピーリカを泣かせてきたお前に、ピーリカを任せるわけにはいかないし!」
ぶつけられた怒りの言葉で、マージジルマは上半身を起こした。
「まぁ、それは正論だ。俺は俺が居なかった間、ピーリカが泣いてた時の事も、他の国に契約結びに行った時の事も一切知らない。今思えば、俺はピーリカにとって一番酷な選択肢を選んだんだと思う。でも過去を変えるのが難しい事なんざ、とっくの昔にピーリカが証明してる。どうにかするなら、未来しかないだろ」
真面目な顔で告げたマージジルマに、彼女の父親も少し動揺している。
とはいえ、それだけですぐ許しはしない。なんたって彼は、あのピーリカの父親だ。




