師匠、ダサい
ピクルスは顔を上げて、不機嫌そうなマージジルマの顔に一瞬だけ目を向けた。だがすぐさまピーリカの方へ顔を戻し、確認を取る。
「もしかして、この人がピーリカの言ってた?」
「えぇ、師匠です。パパが認めてくれたら結婚する仲です」
ピーリカは浮かれている。マージジルマがピクルス相手にでも嫉妬してくれた事がとても嬉しいらしい。
頬を緩ませて語るピーリカを見て、ピクルスは眉間にシワを寄せる。
面白くない。そう思ったようだ。
「結婚する仲って、このダっサいのと……?」
「おいピーリカ、何だこの失礼な奴は」
ピクルスはピーリカから離れ、マージジルマの前に立つ。
「僕に向かって失礼って言う方が失礼じゃない? まぁいっか、許してあげる。僕ピクルス・オーロラウェーブ。ピーリカの事が好きで、求婚した事もあるんだけど。断られちゃった」
マージジルマは目を丸くさせた。まさかピーリカに求婚した者が目の前に現れるとは思っていなかったようだ。
「オーロラウェーブって、プラパん所の」
「あぁ、プラパおじ様と契約した事あるんだっけ。そうそう。つまり王族。だから発言には気を付けた方が良いよぉ。それくらいの権限は持ってるし」
ピクルスが浮かべた笑みには、嫌味が含まれている。
「こらピクルス。師匠は確かに無礼者ですが、悪い奴じゃあないんです。許してやりなさい」
「やだ。ピーリカ、本当にこの人と結婚する気?」
「しますよ。ほら、見なさい。この指輪を。素晴らしいでしょう、師匠が買ってくれたんです」
ピーリカはピクルスにだけでなく、港にいた者達に聞こえるよう大声で言って。指輪のついた左手を大きく振る。
周りの者達からは「マージジルマ様が!?」「あのケチが!?」と様々な声が上がった。
流石に恥ずかしさを感じたマージジルマは、ピーリカの手首を掴んで止めさせた。
ピクルスは拗ねた顔を見せながら、対抗心を口にする。
「僕ならもっと高価なやつ用意出来るし、ピーリカに楽させてあげられるけどね」
「何に張り合ってるんですか。お金じゃ買えないものだってあるんですよ。そしてわたしは楽より師匠との結婚の許可が欲しいです」
「信じられない」
ピクルスとて望むのはピーリカの幸せ。だが目の前にいるモサいのが、ピーリカを幸せに出来るとも思えなかったようだ。
「ピーリカーっ!」
「また来た!」
ピーリカの父親が、顔を鬼にして走って来た。ピーリカが浮かれてしまったので呪いが解け、眠りから目覚めたようだ。
「ピーリカのお父様?」
ピクルスはパメルクの前に立った。
質の良い服を身にまとったピクルスを見てもなお、パメルクは威嚇する猫のような態度を向ける。
「だ、誰だし! アイツの仲間なら許さないし!」
「違うよ。むしろピーリカのためを思うなら、お父様側かな」
「お父様って呼ぶなし!」
「ふふっ、まぁまぁ」
ピクルスは良いことを思いついたと言わんばかりに、ニコっと笑う。
「協力してあげよっか」
「協力……?」
「そ。お父様だって、あの人にピーリカを任せるのは嫌だと思ってるんでしょ? だったらせめて、任せられるかどうかはっきりさせれば良いじゃん」
「お父様呼ぶなし! まぁ、はっきりさせるのは悪くない。そろそろアイツの家とうちを行ったり来たりするのも面倒になって来たし。そうだ、任せられないとはっきり分からせてやればアイツも諦めるだろうし。良いだろう、誰だか知らんが考え方は気に入った。協力してやるし!」
パメルクはピクルスと握手を交わす。
ピーリカはピクルスが何故そんな提案をするのかが分からず、頬を膨らませていた。
「ピクルス、パパに協力する価値なんてねーですよ。貴様何をする気ですか」
「ふふ、ちょっと耳貸して」
ピクルスは口元に手を添えて、ピーリカと内緒話。
話を聞いたピーリカは、にんまり笑って。
「それなら仕方ない。師匠、また連絡するですね!」
「は!? おいピーリカ!」
ピーリカはマージジルマを置いて、ピクルスの腕を掴んだ。父親と共に、ピクルスをどこかへ案内するようだった。
状況を理解していないマージジルマは呆然と立ち尽くす事しか出来ず。周りにいた者達は「面白くなってきた」「マージジルマ様振られたの?」なんて騒いでいた。
それからは怒涛の展開だった。赤の領土の一部がオーロラウェーブ王国によって買収。黒の領土の手前でもあったその土地に、僅か三日程で五階建ての塔が建てられた。
ピーリカに呼び出されたマージジルマは、その塔を見上げる。赤いレンガで造られた塔には、それぞれの階に窓があり。一番上にある窓からは、ピーリカが上半身を乗り出していた。
虹色のドレスを着たピーリカは、満面の笑みで悲劇のヒロインを演じる。
「ししょー、助けろですー」
「何なんだよこれは!」
下手くそな演技をするピーリカに、マージジルマも苛立ちを覚えた。
こうなったらとっとと連れて帰ろう。急ぎ足で塔の中へ入って行った。
塔に入ると、外装とは打って変わって派手な絨毯が広がっていた。天井にはシャンデリアが飾られた広間。それ以外は何もなく、奥に二階へと繋がる階段がある。
その場に居たのは二人だけ。嫌そうな顔をしているマージジルマと、目を輝かせているウラナだけだった。
「よく来ましたねマージジルマ様。もう分かっている事でしょう、僕等を倒し見事一番上の階にいるピーリカ嬢の元へたどり着けば、無事結婚出来るシステム。つまりお二人にとって、愛の試練という訳です。さぁ、彼女のために僕を倒して貰おうか!」
「俺昔、ピピルピの乳揉まさせられた事ある」
「グフゥっ!」
ウラナは倒れた。彼はピピルピだろうとピーリカとマージジルマの間に入ってほしくない過激派。殴られても蹴られてもいないが、心が痛んだ。
マージジルマは彼を介抱する事なく先へと進もうとする。
「お待ちなさい!」
「何だ居たのか」
階段の影から顔を出したのは、そのピピルピだった。相変わらずの水着姿でマージジルマの前に立つ。
「ウラナ君が倒される事なんて想定済みよ。むしろ本番はここから。マー君の最初の相手は私」
「通してくれたら今度揉んでやるよ」
「通って良いわ!」
子供達の面倒を見る立場となっても、所詮ピピルピはピピルピ。常日頃誰かに揉みしだかれたいと思っている。
ちなみにマージジルマは足つぼマッサージでもしてやればいいと思っている。
そんな事を言っている間に、ウラナが復活した。
「ダメですよお師匠様、シャバ様からもここを通すなと言われたでしょう? 僕の言う事は聞かなくてもいいのでシャバ様の言う事は聞いてください」
ウラナはマージジルマの腕を引っ張り、広間の中央に連れて来た。マージジルマは彼の腕を振り払う。
「待て、まさかシャバも居るのか?」
「いますよ。二階はシャバ様担当です」
「アイツまで何してんだよ」
「それはお答えできませんねぇ。全てはピーリカ嬢のためと言いましょうか」
ウラナの発言にマージジルマは顔をしかめて黙った。
ピピルピは考え無しな弟子の発言に、ため息を吐いた。
「ウラナ君、まだまだねぇ」
「おや、何か問題でも?」
「そもそもマー君の中で、自分がいなかった間ウラナ君がピーちゃんの隣にいたっていうのもモヤモヤ所なのよ」
「……そうか、僕がピーリカ嬢のためとか言うのもモヤモヤポイントって事ですね。分かりました、自害します!」
「極端な所も魅力的だけど、止めてねぇ。とりあえず今はマー君を通さないようにしましょう」
桃の師弟は階段の前に立ち、マージジルマの行く手を阻む。
マージジルマはため息を吐いた。




