師匠、嫉妬する
それから一週間が過ぎた。二人の結婚は、まだ認められてなかった。
「ピーリカーっ!」
今日もピーリカは家を抜け出し、マージジルマの元へやって来ていた。そして父親に向かえに来られる毎日。
いつも通りの流れに、ピーリカはため息を吐いて。マージジルマに愚痴をこぼす。
「そろそろいい加減ケリをつけたいんですが」
「仕方ないだろ、お前の父親お前によく似てるんだから」
「似てませんよ。似てたらわたしの幸せを一番に願ってます」
ピーリカはそう言って、頬を膨らませる。そこは幼い頃と全く変わっていない。
「とりあえず今日も帰れ。その内分からせてやるから」
マージジルマはピーリカの頭を撫でた。彼女は頬を緩ませると、その男らしいゴツゴツした手を掴んで、大きく雑に撫でさせる。
「もっと撫でてくれたら帰るですよ」
「へーへー」
いくら髪がボサボサになろうと、ピーリカは気にしない。
それよりも撫でられる事が、触れられる事が、とても嬉しいのである。
彼女の父親は娘の頭を撫でさせられているマージジルマを見るなり「汚いし!」と言って、彼の腕を払い落とした。
「パパは本当にしつこいですね、いい加減認めろですよ!」
「お断りだし!」
ハッピーなでなでタイムを邪魔されたピーリカは、ものすごい剣幕で父親に噛みつく。
マージジルマもため息を吐き、しつこいパメルクに少しだけ反抗する。
「何すれば認めてくれるんだよパパ」
「誰がパパだ! ぶちのめしてやるし!」
「答えになってないんだよなぁ」
父親の発言に、ピーリカが鼻で笑う。
「パパが師匠をぶちのめすなんて不可能ですよ」
「そんな事ないし。おれ天才だから、やれば出来るし。いいからピーリカは、早く帰るし!」
本当はパパの事を思いっきり殴りたかったピーリカだが、ここで殴ってしまえばいつも通り結婚が遠のくだけだと分かっていて。グッと怒りを堪えて、マージジルマを信じた。
「……分かりましたよ。帰ってやるですから、師匠に無駄な攻撃をするのは止めろです」
「なんだ、随分物分かりが良いな……騙す気なら許さないし!」
「違います。師匠がパパに認めてもらえる男になるのを待ってるだけです」
「コイツに限らずとも許さんし!」
「そんな事言ったら師匠以外とも結婚出来ないじゃないですか。他の人となんてしませんけど」
「はんっ、そもそもピーリカでいいなんて言う物好き、この男くらいしかいないだろ」
ピーリカを見下している父親だが、本当は死ぬほどかわいいと思っており。内心とてもヒヤヒヤしている。だからこそピーリカを嫁に行かせまいと、毎日妨害している訳だ。
バカにされていたピーリカも、流石に悔しさは感じていて。ちょっとだけ見栄を張った。
「そんな事ないですよ。わたしとて他の者から求婚された事ありますもん」
「えっ」
彼女の見栄に、マージジルマの方が反応した。だが嘘ではない。オーロラウェーブ王国のピクルスから求婚されたのは事実だ。
何故師匠が反応するのか、とピーリカが首を傾げる。
「あるに決まってるでしょう。わたしなんですから」
「そう、だな。お前の顔だったらあり得るよな」
「顔だけではありません。天才なので、そこを好いてくれた者だっていますよ」
「そんな奴いたのか?」
「いましたとも。しかし、それでもわたしは師匠が良いんです。光栄に思いなさい」
動揺しているマージジルマから不安材料を取り除くように、ピーリカは優しい笑みを送る。
そんな彼らの元へ予期せぬ客人が現れた。
何やら慌てた様子のウラナが、玄関の扉を勝手に開けて入って来た。
「たたた大変ですピーリカ穣、すぐ、来ていただけますか!?」
「何ですウラナくん、騒々しい」
「貴女今度は何したんですか!」
「身に覚えがあるとすれば毎日パパを呪ってるくらいです」
「そんな事はどうでもいいんですよ! ちょっと来てください!」
父親への呪いをそんな事呼ばわりしたウラナは、ピーリカの腕を掴んでどこかに連れて行こうとした。
「ラリルレリーラ・ラ・ロリーラ」
マージジルマは呪文を唱え、ウラナの頭にだけ棘の球を落とす。
「痛っ! 何をするんで……嫉妬ですね! これは失礼しましたぁ!」
頭に棘が刺さったままのウラナは、嬉しそうにピーリカの腕を離す。パメルクは心の中で、今だけはマージジルマの事を褒めた。
「で、何しに来たんですか?」
「あぁそうでした。とにかく大変なんですよ。今青の領土に、オーロラウェーブ王国の船が!」
「オーロラウェーブ王国? 外交の予定ありました?」
「ないですよ! だから確認したら、ピーリカ嬢に呼ばれたからって!」
「呼ばれた……?」
呼んだ覚えのないピーリカは、首を傾げた。思い出そうとするも、心当たりは何もない。
「とにかく来てください、何ならマージジルマ様も!」
ついでで呼ばれたマージジルマは眉を顰めたものの、また国を巻き込んだ厄介事が起こっては困るとついて行く事にする。
ピーリカは父親に顔を向けて、手をかざすように伸ばした。
「とりあえずうるさそうだから、パパは寝てて下さい。ラリルレリーラ・ラ・ロリーラ」
「なっ、何でおれだけ……そんな……ねむ……」
ピーリカに呪われた父親は、玄関で眠りについた。
「さ、こちらです」
ウラナは彼女の父親の事など気にせず、ピーリカとマージジルマを案内しようと背を向けた。
あまりの薄情っぷりに、師弟は互いの顔を見合わせた。
「コイツのこの冷たさ、本当に桃の民族か?」
「カップルを見た時の顔が痴女と同じ表情してるので桃の民族だとは思いますが、親族に黒の民族がいるかもしれねーです」
二人が着いて来ていない事に気づいたウラナは、顔だけを師弟に向けた。
「見つめ合うのは二人きりの時だけにしていただきたい! 行きますよ!」
お前のせいだろ、と思いながらも師弟はウラナの後を追う。
三人はパメルクをその場に残し、青の領土に向かった。
***
青の領土の港に留まっていたのは、白色に塗られた鉄で出来ていると思われる大きな船。それはバルス公国との戦いから避難した者達が使ったオーロラウェーブ王国の所有する船の一つだった。
ピーリカが港に着いたとほぼ同時に。船の中から、ドタドタと誰かが急いで降りて来るような音が聞こえた。
船から降りて来た者は、人目もはばからずピーリカに抱きつく。
「ピーリカ大丈夫!?」
「ぴ、ピクルス!?」
ピーリカに抱きついて来たのは、オーロラウェーブ王国の時期国王候補、ピクルス・オーロラウェーブ。
見た目は変わらず王子の恰好をしていて、知らない者が見れば少年がピーリカに抱きついたかのようにも見える。
マージジルマの表情も少し固まった。
ピクルスが少女である事を知っているピーリカは、特に抵抗する事もなく彼女に問いた。
「大丈夫って、何がですか?」
「助けてって連絡してきたでしょ!」
「してませんよ」
「嘘! セリーナ姉様に手紙出してきたじゃん、っていうか何で僕には連絡くれない訳!?」
かつてセリーナの事を羨み、避けていたピクルス。だがその関係性も変化している事に気づいて、ピーリカもにんまり笑う。
「セリーナ姉様、ねぇ。仲睦まじいようで良かったですよ」
「いいでしょ、そこは。それよりピーリカだよ。手紙借りてきたんだから、ほら! 頭文字で助けてってなってるじゃん!」
ピクルスは胸ポケットから一枚の紙を取り出した。それはピーリカがセリーナに送った手紙で間違いなかった。頭文字を読むと、確かに「たすけて」と読める。
だが一切意識していなかったピーリカは、しれっと答える。
「偶然ですな」
「こんな偶然ある!!?」
「えぇ。たまたまです。暗号でも何でもないです」
ピクルスはため息を吐いて、再びピーリカに抱きつく。
「まぁ何もないんなら良かったよ。いや、わりと大丈夫じゃないかも。無理やり出てきたし」
「それわたしのせいじゃないです」
「分かってるよ。ちゃんと自分でどうにかする。王になるんだ、それくらい出来ないとね」
柔らかく笑うピクルスに、ピーリカも自然と笑みを浮かべる。
そんな二人を見て、ピリッとした空気を作る男が一人いた。
「おい、いつまでそうしてんだよ」




