弟子、ぶっ壊す
「ピーリカ……」
シャバは少し感動した顔を見せる。
だがモブは真顔だ。
「もっと言えば『将来わたしが守ってやるから前払いとして今は貴様らが守れ』とも言ってましたね。まぁ自分の国の事ですし、特に代表様方にはいつもお世話になってますから、助けるのは良いとして。将来代表になれなかったらどうする気なんでしょう、あのクソガキ」
「ピ、ピーリカ……」
シャバは表情を苦笑いへと変えた。ピーリカが魔法使い代表になれるかは、本人の努力と師匠の判断次第でしかない。
モブはチョコレートにコーティングされたロボットの頭部分の前に立つ。手に持っていたクワを大きく振りかざし、力いっぱいロボットの頭にクワの刃を刺し込んだ。バキっと高く上がった音は、チョコレートが砕けただけではなく。
中のロボットにもヒビが入った。
何度も何度もクワを振りかざし、粉々に砕く。
「ほう、モブのわりには中々やるじゃないですか」
そう言ったのはシャバとモブの上を飛ぶピーリカだ。彼女の偉そうな態度に、モブはとても嫌そうな顔をしている。
「モブなのはピーリカ嬢の中でだけだってば。それよかピーリカ嬢もやってよ」
「分かってますとも。天才ですから」
ほうきから降りたピーリカを見て、シャバは自分より低い位置で周囲を見渡している彼女を関心する。
「すごいなピーリカ。援助、すげー助かる」
「何を寝ぼけた事を。貴様、自分で言った言葉を忘れました?」
「え?」
「痴女に言ってたでしょう。出来る時に出来る事をすればいいって。だからわたしは、自分に出来る事をしたまでですよ」
「そ、そうか。でも正直黒の民族の、しかも農家や木こり達に助けられるとは思わなかったけど」
「そりゃ出来る事とか、得意な事とかは人それぞれですし。ある日突然、弱者が強者になる事だってあるですし、強者が弱者になる事もあるです。魔法使いは基本強いですし、皆を守ったり助けたりするのがお仕事ですけど、所詮は人ですよ。困ってるなら助けろーって言えば良いです。そして助けられたらありがとーって言って、次にそいつが困ってたら助けてやりゃあ良いのですよ。一人で頑張るなです」
子供だと思っていたピーリカからの発言に、少しだけ面を食らいつつも。シャバは気合を入れ直した。
「そうか……そうだな。ちょっと気ぃ入りすぎてたかもしれない。ありがとピーリカ」
「わたしは常に強者なので。当然と言えば当然です」
「……常に強者なのか?」
「天才ですよ? 当たり前でしょう?」
「う、うーん」
「それよりほら、早くするです」
ピーリカは小さなハンマーを召喚し、高らかに声を上げる。
「さぁ、いくですよ下々! 全員~~、ぶっ壊せーっ!」
「おーーっ!」
ひどい掛け声と共に、一方的な攻撃を繰り返した。魔法使いだけではない。農家も木こりも大工も。
ロボット包みのチョコレートは、ガンガン砕かれていく。
白い砂浜に寝転んでいくロボットの残骸。ネジや歯車も転がり落ちている。全ての塊を砕き、人々は笑顔になった。
シャバも笑顔でピーリカの頭を撫でた。
「何とか全滅、ピーリカ偉いっ」
「当然です!」
笑顔のピーリカだったが、すぐに焦りの表情へと変える。
「そうだ、師匠を助けなきゃ。おい黒マスク、うちにニャンニャンジャラシーらしきものが生えたです」
「何だって!?」
「これを見やがれです!」
ショルダーバックの中に入れていた草を取り出したピーリカは、堂々と見せつける。
シャバは草を見つめ、目を輝かせた。
「これは……間違いなくニャンニャンジャラシーだ!」
「やっぱりそうですよね。モドキじゃないですよね。でも何故か何も起こらなかったです!」
「あぁ。ニャンニャンジャラシー、ただ摘むだけじゃ効果無いんだ。魔力を込めて初めて効果があるから、それやらないと。でもオレこの残骸どうにかしないとだから……ピーリカ、出来るか?」
真剣な目をしたシャバに答えるように、ピーリカは大きく頷く。
「任せろです。んで、どうすればいいですか」
「まず地面に円を描きます」
「ふんふん」
「次に草を両手で持ち、空に掲げる」
「ほうほう」
「そのまま円に沿って三回ジャンプし、にゃーと鳴け」
「バカにしてやがるですか!?」
怒るピーリカだがシャバの表情は全く変わっていない。
「してない。ちなみに魔力が溜まったら草の先端が光るから、それまでジャンプして鳴くの繰り返しな」
「バカみたいじゃないですか!」
「バカみたいでもそれしか方法無いんだって。マージジルマが助かるためだと思ってやっといてよ。どーしても嫌ならオレやっても良いけど、ロボットどうにかしてからじゃないとだから時間かかるよ。それまでにマージジルマがどうにかなっちゃったら困るじゃん」
「ぐぬぬぬぬぬぬ」
シャバは部下に呼ばれ、まだ納得していないピーリカに小さく手を振りその場を離れてしまった。
「それじゃあピピルピ様、一度お家にお送りしますねー」
背後で聞こえた名前に反応したピーリカは、岩場の前で担架に寝そべるピピルピの元へ行く。
「おい痴女、病院行ったですか?」
「あら、その声はピーちゃん? 病院は行ってないけど、お医者様が来てみてくれたから大丈夫よ」
「それは良かった。じゃあ一つ物申すですよ」
「あら、何かしら。告白?」
「違う! 貴様は前にチョコは皆が大好きだって言ったですね。お菓子は皆が幸せになるかがどうかが大切だとか」
「え? えぇ。ピーちゃんだってチョコもお菓子も好きでしょ?」
「確かに好きですよ。でもどんなに美味しいお菓子だって、バルス公国みたいに独り占めしようとするバカがいたり、師匠みたいに具合悪くて食べられないとかじゃ幸せになれねーです。美味しいお菓子は、食べてようやく幸せになれるのです。だからチョコに魔法をかけるだけじゃなく、どうにかして相手の口にぶち込む魔法も必要ですよ」
言い方は物騒だが、彼女の言いたかった事は理解したピピルピ。よく見えてはいないものの、きっとドヤ顔で答えてるんだろうなぁと想像して。
笑顔で返事をした。
「そうね。美味しいお菓子を作っても、魔法薬を入れても、食べて欲しい人に食べてもらえなくちゃ意味ないものね。でも、ピーちゃんが今お菓子を食べさせてでも、そうでなくとも、幸せにしたい人はだぁれ?」
「それは……内緒です! 話はそれだけ、先に帰るです。お大事にしやがれです!」
「気を付けてねぇ」
自分は魔法を使わないと人に愛されないと思っていたピピルピは、特に魔法は使って無いけれど、ピーリカが自分を心配してくれた事が嬉しくて。笑顔のまま手を振った。
***
標高高い山奥の中にポツンと建つ、くすんだ赤色の屋根が印象的な一軒家の前。
木の棒で地面に円を描いたピーリカは、ニャンニャンジャラシーを持った両手を大きく上へ向けて。
円に沿って、ぴょんぴょんぴょん。
そして大きく、口を開いて。
「にゃー!」
バカみたいな動きをする。
ピーリカはとても恥ずかしかった。わたしは何をやっているのだろうと思った。それでも全ては師匠のため。
ぴょんぴょんぴょんぴょん、飛び続けた。
――そして。
「や、ったぁ……」
ピーリカは呼吸を荒げながら、その場にしゃがみ込んだ。その小さな手の中では、ニャンニャンジャラシーの先端が光輝いている。終わった頃には、すっかり日が沈んでいた。
「おぉ、ほんとだ。やったじゃんピーリカ」
ふとピーリカが顔を上げると、シャバが薄手のロングシャツ一枚ではあるがちゃんと服を着たピピルピをお姫様抱っこして立っていた。彼女の目の上には、グルグルと包帯ガ巻かれている。
ピーリカは胸を張って言った。
「そうでしょう、そうでしょう。わたしは天才ですから、これで師匠は」
「あぁ、皆助かるよ」
「良かったです。あぁいや、別に師匠のためにじゃねぇですけど。わたしはこれから黒の民族代表となる身ですから。師匠含め下々を守るのはわたしの義務という事なのですよ」
「そうか、偉いな」
「当然です! ところで痴女、何で服着てるんです?」
「服の方が気になるんだ、やっぱり……」




