弟子、浮かれトンチキ
浮かれトンチキはスキップしながら……訂正。ピーリカはスキップしながら山を下りていく。
「わたしは! かわいい! お嫁さんに! なるのです!」
そんな事を大声で言いながら街中へとやって来たものだから、彼女の姿を見た国民達は呆れかえっていた。
「ピーリカ様、結婚するって」
「相手は本当にマージジルマ様なのか?」
「そうみたいだ。物好きも居たもんだ」
「それはピーリカ様が? マージジルマ様が?」
「あー、どっちにも言えるかぁ。どっちもどうかしてるもんなぁ」
「そうだな、似た者同士。どっちも変な人だよなぁ」
国民の会話が聞こえていたピーリカは、笑顔で呪いをかけた。
「ラリルレリーラ・ラ・ロリーラっ」
ピーリカとマージジルマをバカにしていた国民達の頭の上に、フライパンが落ちる。ゴンっ、と鈍い音が響いた。
「変なのは師匠だけです! でも! その変な人はわたしの事が大好きなんですって! まぁわたし、かわいいですからね。惚れられても仕方ないですね!」
上機嫌なピーリカは、それ以上の攻撃はせずに。スキップしながら家の方へと去って行った。
頭の上にフライパンを落とされた国民達は己の頭をさする。今は呪われても文句は言わない。彼女が長い間努力してきた事は、国民達も分かっているからだ。あと浮かれ切っている事も分かっている。
「やっぱりピーリカ様、マージジルマ様の事大好きなんだな」
「まぁ、そのためにバルス公国ぶっ潰した訳だしな。ぶっちゃけ今更だな」
「素直じゃなかった子供の頃がむしろ懐かしいよ」
「あのクソガキをマージジルマ様が変えちゃた訳だ」
「一番の呪いじゃん」
ははは、と笑う国民達。バカにしているようだが、彼らもピーリカ達の事はちゃんと祝福していた。
家に帰って来たピーリカを、彼女の母親が出迎える。
「お帰りなさい。手紙が来てるわよ」
「手紙?」
ピーリカは母親から薄い黄色の封筒を受け取る。綺麗な字で書かれた宛名を見て、笑みを零した。
「おぉ、セリーナじゃないですか」
玄関で封筒を破り、その場で手紙の内容に目を通す。
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親愛なるピーリカへ
お元気ですか? なんて聞くだけ無駄ね。
無事師匠さんと再会する事が出来たと聞きました。
おめでとう。私も安心したわ。
プラパと私も、無事赤ちゃんに会う事が出来ました。
画家に小さな肖像画を描かせたので同封します。
貴女に負けない位、かわいいでしょう?
ピーリカにも師匠さんにも、ぜひ会って欲しいわ。
また遊びに来てね。国の人がどう思おうと歓迎します。
セリーナ・N・オーロラウェーブ
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ピーリカは同封されていた絵に目を向けた。
椅子の上に座るセリーナの腕の中には、赤子の絵が描かれている。二人の背後には、緊張した表情のプラパが描かれていた。
絵でも伝わる赤子の愛らしさに、ピーリカは思わず笑みを零す。
「確かに、わたしに負けない位かわいいですね」
コイツはかわいさなら赤子であろうと張り合う。
すぐさま返事を書こうと、ピーリカは自分の部屋へと一直線。
かつては服まみれだった部屋も、綺麗に片づけて。本棚や化粧品が並ぶ、大人の女性の部屋になった。
茶色い机の前に座ったピーリカは、レターセットと万年筆を用意する。
友人への想いを込めながら、彼女は手紙を書き始めた。
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セリーナへ
大変愛らしい子供ですね。セリーナもよく頑張ったで
すね。おめでとうですよ。わたしもめでたく師匠との
結婚が決まりました。パパが許可してませんが絶対し
てやるですよ。式には招待するので待ってろです!
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書いた手紙を封筒に入れ、封蝋を押した。ピーリカは封筒を手に持ち、部屋を出る。
「これでよし。さて、早速手紙を出しに行きましょう……その前に」
つい手紙を受け取った流れで言いはぐったが、ピーリカは母親に伝えたい事があった。
「ママーっ、師匠がどーしてもって言うんで貰ってやったんですよーっ」
ピーリカは指輪を自慢……訂正。浮かれトンチキは指輪を自慢しに母親の元へ向かった。
母親に散々自慢した後、ピーリカは手紙を出しに街へと向かう。
いつだったか師匠と共にやって来た、〒というマークのついた真っ白な建物の中に入る。
「これを運んでくれですよ」
店の者にそう言ったピーリカは、たった一枚の手紙を出すのにひたすら時間をかけた。ゆっくりと手紙を差し出す事で、左手薬指の指輪を自慢しているのである。
自慢されている事に気づいた店の者は、めんどくさいからさっさと終わらせようと指輪に目を向けた。
「ピーリカ様、それ本物ですか?」
「気付きましたか? 気付いちゃいました? 愛されている証拠なのですよ」
「あぁ、やっぱりウラナ様の妄言じゃあないんですね?」
「ウラナ君?」
「ウラナ様がピーリカ様とマージジルマ様の結婚を国中に言いふらしてますよ。あと本落としながら歩いてます」
指輪は貰ったがまだ結婚までは至らない。それなのに勝手に言いふらされては困る。
「ウラナ君め、気が早いんですよ」
結婚しないとは言わない。
「ウラナ君に注意しに行くとしますか。手紙はちゃんと届けろですよ」
手紙の配達料を店の者に渡したピーリカは、建物の外へ出て。誰のものだか分からない箒を召喚させ、ウラナのいる桃の領土へと向かった。
桃の領土へ到着したピーリカは、ピンク色の屋根をした二階建ての建物へと入って行く。
ここはウラナが桃の仕事をする時に使う場所だった。黒の領土にいない時のウラナは、大抵ここにいると踏んでいる。
部屋の中で書き物をしていた半裸の女は、ピーリカの顔を見るなり抱きつこうとしてくる。彼女はここで働く、ウラナの部下であった。
「ピーリカ様、結婚するんですってね! おめでとう! 私とは結婚しなくていいからチューしてほしい!」
「流れがおかしいじゃないですか! ウラナ君を呼びなさい!」
モブをあしらったピーリカは、ウラナのいる部屋へと通される。
ピーリカの訪問に驚いたウラナは、開いていたぶ厚い本を閉じた。
「ピーリカ嬢!? 一人で桃の領土に来るなと何度言えば分かるんですか。せめてマージジルマ様と一緒に来てください!」
「貴様が桃の領土に住んでるんだから仕方ないじゃないですか」
「当たり前でしょう。桃の領土にいればカップルのイチャイチャが見放題なんですよ、ここに住まずにどこに住むんですか。マージジルマ様の家に住まわせてくれるのであれば、それはやぶさかではないですが」
「絶対に住まわせません。それよりウラナ君、わたしと師匠の結婚を言いふらしたらしいですね?」
「だって大変喜ばしい事でしょう?」
「貴様という男は。まだパパの許可が下りないから、結婚出来ないんですよ」
「おや、そうでしたか。それじゃあ僕、嘘つきになっちゃいますね。嘘つきにはなりたくないんですけどぉ」
「ふむ。確かに嘘つきは良くないですね。じゃあ結婚するしかないですね。ウラナ君が嘘つきになったら同じ代表として恥ですもんね!」
結婚を企む二人の前に、部下の女がカップに入ったお茶をトレーに乗せて運んできた。
「お茶を持ってきました! 口移しで飲ます事も可!」
「お断りします」
女と浮気をする気のないピーリカは、きっぱりと断りながらお茶の入ったカップを手に取った。
ウラナは受け取ったお茶を一瞬で飲みほし、喉を潤す。喉が渇く程、これから長時間喋る気だ。
「では早速、お父様を説得させましょ? 今どちらに?」
「さぁ? 国内のどこかでしょう」
「呪いで呼び出すなりなんなりしましょうよ」
「そうですねぇ」
ピーリカは父親をどんな風に呪うか、考えながらお茶を飲んだ。
ふと、己の左手薬指で光る指輪が彼女の視界に入った。




