弟子、受け取る
外した方が良いと言われたリボンは、かつて師匠がプレゼントしてくれたものだ。ピーリカは頭を両手で隠した。
「突然何てこと言いやがるですか! これは師匠に恥をかかせて買わせたおリボンなんですよ。絶対に外しません!」
「それもう古いだろ」
「古くてもいいんですよ、思い出いっぱい詰まってます!」
「顔に合ってないんだよ」
「本当に師匠はわたしの顔が大好きですね。まぁ仕方ないですね、美しいので」
「そうだよ。だから外せっての。俺が買ってやったからって理由で着けてんなら、別のもんくれてやっから」
「嫌です。ケチな師匠がわたしに買い与えるものなんてたかが知れてますし」
ピーリカの言葉を聞いて、マージジルマの眉が動いた。
「まぁ、そこまで派手なもんでもねぇけど、俺にしてはすごい買い物というか」
「すごい買い物って、もう買ってくれてあるんですか?」
眉だけではなく体も動いて、マージジルマは妙にソワソワし始める。
「一応。気に入らなきゃ次はお前が選べば良いし」
「ケチな師匠がそんなに頻繁に買ってくれるなんて思ってませんよ。とはいえ頂けるのであればありがたく受け取ってやります」
「おう、いや、うん。受け取ってくれなきゃ困ると言うか」
「何だかよく分かりませんが、下さい」
「分かったから、リボン外せよ。んで、一回俺に貸せ」
「師匠が頭におリボン着けても、わたしのような可愛さは得られませんよ」
「頭にはつけねぇっての」
マージジルマに手を伸ばされて、ピーリカは渋々リボンを外す。師匠が何をしたいのかはさっぱりだったが、新しいプレゼント欲しさに仕方なく了承していた。
「燃やさないで下さいね」
「ねーよ」
ピーリカからリボンを受け取ってすぐ、マージジルマはリビングを出て行った。ピーリカは慌てて師匠を追いかけようとするも「ラリルレリーラ・ラ・ロリーラ」と呪いの縄で縛られてしまい動けない。冷たい床上に寝そべったまま、ピーリカは怒りをぶつけた。
「ちょっと! どこ持って行くんですか!」
「すぐ戻って来るから待ってろ」
「そう言って捨てる気ですか?!」
「返すっての」
リボンを持って行かれた怒り半分、このまま帰って来なかったらどうしようという不安半分でマージジルマの帰りを待つピーリカ。
数分後、マージジルマは背中に何かを隠すように両手を後ろに回した状態で戻ってきた。
ピーリカは内心ホッとしながらも、いつも通りの偉そうな態度で振る舞う。
昔と比べれば素直になったとはいえ、寂しかった♡なんて甘えられるようなキャラでもない。
「意地悪してないで早くおリボン返せですよ。あと縄外せです」
「分かってるっての。返すけど、もう頭にはつけるなよ」
縄を外され立ち上がるピーリカだが、その頬はまだ膨れている。
「嫌ですよ。ケチな師匠が買ってくれるアクセサリーなんて、あれが最初で最後かもしれないじゃないですか」
「んな事ねぇっての……ほれ」
ピーリカの白いリボンは、小さな箱に結ばれていた。紺色のサラサラとした肌触りの箱を、ピーリカは手のひらに乗せた。
「せっかく結ぶならわたしの頭に結べばいいですのに」
文句を言いながらリボンをほどいたピーリカは、箱を開けて目を見開いた。
中に入っていたのは、銀色のシンプルな指輪。
ピーリカは思わずマージジルマの顔を見る。サッと目を反らした彼は、顔を赤くしながら呟いた。
「……頭じゃなくて薬指につけてろよ、左手の」
つられて、ピーリカの顔が赤くなる。
「こ、これ、わたしのですか?」
「当たり前だろ」
「ほんとに、本当にわたしのです?」
「いらないのか?」
「いるに決まってるでしょう!」
「……でもこのままじゃ、お前の父親に取られかねないから。奴を大人しくさせるためにも、今は帰れ」
ピーリカは指輪を手に取った。未だに信じられなくて、長々と見つめていた。しびれを切らしたマージジルマが、無理やりはめさせる。
十分くらい己の左手薬指を眺めていたピーリカは、幸せを噛み締めて。ようやく彼の要望を受け入れる事にする。
「分かりました。帰ってママやピピットにも、いえ、下々にも見せびらかして来ますね!」
「恥ずかしいからあんまりデカい声で言うなよ」
デカデカと自慢する気のピーリカは、返事をする事なく山を降りていく。
『みーちゃった』
彼女と入れ替わるように空から降りてきたのは、白ふくろうのラミパスだった。とはいえ、話しているのは勿論テクマ。
ラミパスはマージジルマの右肩に乗る。
「……いつから居たんだよ」
『ピーリカの父親とほぼ一緒に来たからね、君が指輪を贈る一部始終見ていたよ。おめでとう』
「……何しに来やがった」
『最近ピーリカの父親がピリピリしてて居心地悪いから、仕方なくこっちに住もうかなって思ってたんだけど』
「妥協でうちに来ようとすんな。ピピットに育ててもらうんだろ」
『それがピピット、今度はあいどる?のイケメンにハマっちゃって。そちらを優先して構ってくれないんだ。今ならきっと僕がマージジルマくんの所に帰るって言っても、またねーって言うと思う』
「なんだかよく分からんが、それで仕方なくうちにって考えるお前もどうかしてる」
『そんな事ないよ。でもここはここでラブラブカップルにあてられて居心地悪そうだから、ラミパスと一緒に白の領土で普通に暮らそうかな。最近体調良いし。家事とかしたくないけど』
「端から一人で生きろ」
『寂しい事言わないでよ』
「普通の事しか言ってねぇよ」
そっけない態度を取るマージジルマに、ラミパスはにんまりと笑みを向ける。
『僕には分かるよ、マージジルマくん。大分浮かれてるね?』
「うっせ」
『ところで、いつの間に指輪なんて買ったんだい? 君の事だ、魔法で出したものではないだろ? そんな時間あった?』
「……帰って来た初日の夜、ピーリカが寝てる隙に……」
『……浮かれすぎじゃないかい!?』
否定の言葉を述べる事が出来なかったマージジルマは、黙って顔を背けた。




