師弟、認めてもらえない
結婚の届け出を持って行く! と意気込んだピーリカだったが、届け出に必要なサインを父親がしてくれずに。
ピーリカの家のリビングでは、ピーリカとマージジルマが彼女の両親と対面する形でソファに座っていた。
ピーリカは双方の間にあるローテーブルに、拳を叩きつける。
「何で許さないんですか! まぁ許されなくとも出て行ってやるですけどね!」
「それだって許さないし! ピーリカの事を何年もほったらかしにしておいて泣かせてた男に任せられるかし!」
泣かせた事は事実のため、マージジルマはとても気まずそうに座っていた。
意地でも結婚しようとしているピーリカは、マージジルマの腕に抱きつく。
「国民のために封印されていた事をほったらかしとは何たる言いぐさ。確かに師匠は頼りなく見えるかもしれませんが、パパよりうんとマシです!」
「おい」
褒めているようで褒めていないピーリカの言葉に、マージジルマも顔を引きつらせるしかなかった。
父親の背後から、一人の少女が顔を出す。
「もうパパ、許してあげなよー。ここで許してあげないと、お姉ちゃん婚期逃すよー」
「婚期なんて来なくて良いし! 確かにピーリカは態度悪いから、結婚なんて出来るはずないけどな!」
ピーリカは胸を張った。自信家な所は、幼い頃と何一つ変わっていない。
「パパもピピットも失礼ですね! わたしのどこが態度悪いんですか!」
彼女の言葉を聞いて、マージジルマは思わず目を丸くする。
「ピピット!? こいつ、ピピットなのか!?」
「あぁ、師匠が知ってるピピットはまだ赤ちゃんでしたね。パパの事は軽くあしらう、ミーハー娘になりました。というかこの間ミューゼと同じ教室の中に居ましたよ」
ピピットの腕の中では、ラミパスが大きな目を開けていた。ピピットがラミパスの頭を撫でると、ラミパスも目を薄める。
「ミーハーじゃないもん。外見内面問わず、かっこいい人が好きなだけだよぉ。だからマージジルマ様の事も、内面はちょこーっとかっこいいって思ってるもーん」
「なりません! 師匠はわたしのです!」
視覚化出来た時の流れに、マージジルマは自分が一気に年を取った感覚を得た。
「そうか。本当に時間進んじまったって事か……」
「そうですよ。これ以上時間を無駄には出来ません。結婚しましょう」
マージジルマは立ち上がると、ローテーブルの横へ移動し。カーペットの上に正座した。
「仕方ねぇ。一回しか言わないからな」
両手をカーペットにつけて、頭を下げた。
「娘さんを、俺に下さい」
結婚挨拶のテンプレート。
ピーリカは目を潤ませた。デリカシーのない師匠もこんな真面目な挨拶が出来るのか、と。
彼女の父親は腕を組んで、マージジルマの目の前に立つ。
右足を上げて、あろうことかマージジルマの頭を踏んだ。
「ぜぇったい嫌だしー」
ピーリカが両手を構え、黒の呪文を唱えようとした。だがそれよりも先に、マージジルマが顔を上げて立ち上がる。ピーリカの父親はバランスを崩し、そのまま後ろにひっくり返った。
未来の義父に手を貸す事もなく、マージジルマは踏まれた頭を払いながら玄関の方へ向かった。
「ならしょうがねぇな。ピーリカ、勝手についてこい」
「う、あ、しょ、しょうがないですね。ついてってやるです」
頬を赤らめたピーリカは、そわそわしながらマージジルマの後を追った。
起き上がった彼女の父親が、言葉で二人を留める。
「待てし! 許可出してないのにつれて行くなし!」
「知るかよ。ピーリカが勝手について来たんだ、俺のせいじゃねぇ」
「お前がピーリカをたぶらかしたせいだろうが!」
「何言ってやがる。どう見てもピーリカの方がたぶらかす側の顔だろうが」
褒めてないようで褒めているマージジルマ。
ピーリカはあまりにもしつこい父親に、呆れ始めていた。
「たぶらかしてなんていません。顔は素晴らしいです。いいからパパは認めろですよ。何をすれば許してくれるんです?」
「何が何でも許さなっ」
ゴンっ、と、鈍い音が聞こえた。マージジルマの足元に、彼女の父親が倒れ込む。
「ごめんなさいねマージジルマ様、さぁ今の内にピーリカ連れて帰って?」
謝ったのは、ピーリカの母親だ。その手にはかなりぶ厚い本が握られている。
彼女の母親を敵に回してはいけないーーそう感じたマージジルマは、ピーリカに顔を向ける。
「よし、じゃあ帰るか」
「そうしましょう」
ピーリカは母親とピピットに手を振りながら家を出た。ピピットに抱きしめられているラミパスの表情がニヤけているように見えるのは、気のせいという事にした。
「これからの時間はたんまりありますからね、歩いて帰りましょう」
マージジルマの隣をウキウキしながら歩くピーリカ。
自分との時間を喜んでくれる彼女に、なんとなく彼も答えたくなって。
「なら、こうだろ」
彼はそっと左手を伸ばし、彼女の右手を握った。いわゆる恋人つなぎだ。
ピーリカは頬を赤らめながらも、静かにその手を握り返した。
だが幸せな時間は長くは続かなかった。
マージジルマの家が近づいて来た山道の中、ドタドタと誰かが追いかけて来る音が聞こえた。
二人が背後に目を向ければ、父パメルクが追いかけてきていた。
「ピーリカーっ! 一緒に帰れしーっ!」
「げっ、お前の父親もう復活しやがった」
ピーリカは左手を伸ばし、冷たい目線で父親を見つめた。
「しつこいですね、ラリルレリーラ・ラ・ロリーラ」
魔法陣が光ったのは、彼女の父親の足元。次の瞬間、パメルクはスッと姿を消した。
「どこにやったんだ?」
「カタブラ国内にはいますよ。多分」
流石のピーリカも死ぬような呪いはかけないだろう。
そう思ったマージジルマは、ピーリカと共に自分の家へ帰って行った。
***
翌朝。ピーリカはキッチンの入口から顔を出して、リビングにいるマージジルマに言った。
「わたしは天才なので、師匠がいない間にお料理の勉強もしました。すぐに鳥の卵を焼いてやるですからね、ありがたく食えです」
「へーへー」
彼女に返事をしたマージジルマは、ソファに座る。ふと窓の外に目を向けると、彼女の父親がもの凄い剣幕でこちらに向かってくる姿が見えた。
「ピーリカーっ! 一緒に帰れしーっ!」
「おいピーリカ。お前の父親、また来たぞ」
ピーリカはキッチンから、昨日と同じ呪いを父親にかけた。
「しつこいですね、ラリルレリーラ・ラ・ロリーラ」
父親が消えた事により、ピーリカにとって、今日も素敵な一日が始まる。
***
さらに翌日。
「ピーリカーっ! 一緒に帰れしーっ!」
「しついこいですね、ラリルレリーラ・ラ・ロリーラ」
娘も諦めなかったが、父親も諦めなかった。
むしろ一生このままなんだろうなと、マージジルマの方が諦めた。
父親がピーリカの魔法でどこかへ飛ばされた後、マージジルマは彼女の前に立ち。玄関を指さした。
「お前の父親うっとおしいから、とりあえずお前も帰れ」
「パパなんかに屈しないで下さい!」
「屈しないっての。ただこのままだと永遠に付きまとわれるから、一回帰って落ち着かせろって話だ」
「付きまとわれるのも嫌ですが、パパの言う通りになるのも嫌です!」
絶対に動かないと言わんばかりに、ピーリカは廊下に座り込んだ。
マージジルマは頭をかいて、話を変えた。
「ところでピーリカ、お前その頭のリボンもう似合ってないから外した方がいいぞ」




