師弟、以上になる
最悪な告白を受け、赤く染まっていたマージジルマの顔色は逆に青くなった。
「おっまえはぁあああ、まだ分かってねぇのか!」
「し、失礼な! 分かってますよ、教わりましたもん!」
「なっ、誰から教わりやがった!? アイツか、ウラナか!」
「セリーナです!」
「あのお姫さんめ!」
「セリーナを責めるなです。セリーナとて、わたしのためを思って教えてくれたのです。むしろ優しさです。間違いを教えていた師匠とは大違いです」
子供は花から生まれるとピーリカに教えていたマージジルマは、己の過去を思い返し頭を抱えた。
「それは……悪かった、けど。お前にはまだ早いと思って。っつーか、分かってるならなおさら。んな事言うんじゃねぇっての。からかうのも大概にしろよ」
青かった彼の顔色が、再び赤く染まっていく。
子供相手だと思っているのなら、そんな色には染まらない。
そう思ったピーリカは、マージジルマの頬を掴み。
勢いよく唇を重ねた。
照れ故に長くは続かずに。ピーリカはすぐ唇を離すと、両手を膝の上に置いて座り直す。
「分かってるって言ってるじゃないですか! 大概にするのはそっちですよ。このわたしが好きにしやがれって言ってるんです。分かれ!」
「分かれってお前っ……」
ピーリカは少し俯いて、自身の胸に手を当てる。
「まぁ、おっぱいは師匠の好みからしてみればまだ小さいかもしれないですけど」
「あぁいや、そこは本当にもう気にしなくていい。というか十分デカくなった方だろ」
「痴女程じゃあないですもん。それに、こういったことは初めてなので。うまく出来ないかもしれませんが」
「待て。なら尚更、相手が俺でいいのかよ」
「当たり前です。そりゃ師匠のような犬にわたしのような美しい娘は勿体ないですけど」
「なんだと」
「それにほら、わたしは見ての通り美しいので。暴漢に襲われる可能性もあるじゃないですか」
「今のお前なら相手をミンチにする魔法も使えるだろ」
「そういう話ではありません。暴漢に襲われるくらいなら、師匠に襲われた方がマシだと言ってるんです」
「襲われるのは当たり前だと思ってんのかお前」
「美しい花に虫が群がるのは当然の事じゃないですか」
「俺を虫扱いするんじゃねぇ」
「それとも何です、他に好きな女でもいるんですか? それなら、わたしだってもう帰ります。師匠にわたし以外の者を襲う気があるのなら、わたしとて諦めてやるですよ」
「……他に好きな女がいたら、今こうやってお前と一緒にいないだろ」
嬉しい言葉を聞いて、ピーリカは悲し気な顔をしながらマージジルマの腕を掴んだ。
「だったら……」
期待と不安を胸にしたピーリカは、目を潤ませる。
彼女の想いを十分理解していたマージジルマだが、それでも現実を受け入れられずに目を逸らす。
「何でそんなに俺に執着すんだよ。お前ならもっといい奴いるだろ」
「そんな事ないです。わたしの事を一番信じてくれるのは師匠ですもん。白の代表にさせたのだって、わたしなら師匠を助けられると思っての事でしょう?」
「まぁ、生きる可能性にはなるかとは思った」
「そういう所ですよ。他の奴らは諦めろだの無理だの言って、わたしを信じてくれなかった。師匠が信じてくれるから、わたしは師匠を迎えに行けたんです。それがわたしの初恋。だから終わらせるなら、師匠の手で終わらせろですよ」
はっきりと気持ちを伝えたピーリカに、流石のマージジルマも本音を晒すしかなかった。
彼女の体を抱きしめて、想いを口にする。
「始まりでも良いだろ」
その言葉に、ピーリカは目を大きく開いた。すぐさま抱き締め返し、目尻に涙を溜めながら訴えた。
「勿論です。終わらせたくない。始まりがいいです。だからこそ……好きにしろです」
展開が急すぎる気もしたマージジルマだが、ここまで言われては据え膳だ。
ピーリカの両肩に手を乗せて、最終確認を取る。
「ホントに好きにしていいんだな? 脱がすぞ?」
「相変わらず、デリカシーはないのに優しさはあるんですね。当たり前です、冗談でこんな事しません。マジのマジです」
「もう魔法でデカくなってただとか、そういう事もないんだな?」
「ないですよ。もう後戻りだって出来ねーです」
そう言ったピーリカの体が、勢いよく押し倒される。
「じゃあ知らないからな、いくら泣いたって止まらないかんな!」
後頭部が枕に触れたピーリカは、ニッと笑って言った。
「来いやぁ!」
ギシッと、ベッドの軋む音がする。
***
ピーリカは師匠の部屋である地下室で目を覚ました。今が何時なのかも分からないが、長い時間眠っていたような気がした。
「……師匠?」
体を起こしたピーリカは、部屋の中を見渡す。彼女は産まれた姿のままであり、体のあちこちに痛みを感じていた。だがそんな事よりも、彼女は部屋の中に一人でいた事を気にして。
シーツで身を包んで、勢いよく地下室を飛び出した。
また師匠がいなかったらどうしよう。
また師匠が遠くへ行ってしまったらどうしよう。
そもそも師匠が帰って来た事自体が夢だったらどうしよう。
そんな不安を募らせながら、一段一段を上がる。廊下を走り、勢い良すぎて壁にぶつかるも気にしない。ただ、彼に会いたかった。
リビングの戸を開けると、鳥の卵を焼いた香りが漂って来た。
テーブルの上に朝食を乗せたマージジルマが、振り返ってピーリカに顔を向ける。
「はよ、その、大丈夫か?」
師弟の一線を越えてしまったせいか、彼はひたすら気恥ずかしそうにしている。
だがピーリカは全く照れてなどはおらず。それどころか、大量の涙を流し始めた。
「う……うぁああああああああ」
マージジルマの足元にしがみつくように座り込んで、まるで子供のように大声を出して泣いたピーリカ。
ずっと追いかけていた彼は、確かにそこにいた。
ピーリカが泣いている理由に気づいたマージジルマは、その場にしゃがみ込んで。彼女を抱き締め、頭を撫でてやった。
「あぁもう、悪かったよ。もう置いて行かねーから」
***
青の領土にある港に、一隻の大きな船が止まった。バルス公国との戦いから避難した者達が、オーロラウェーブ王国から帰って来たのである。
港は船旅を終えた者達と、彼らを迎えに来た者達とで溢れかえっていた。
「プリコ!」
港にいた黄の魔法使いパンプルは、船から降りて来た嫁を見つけ。ブンブンと手を振った。
プリコも嬉しそうに旦那の元へと駆け寄る。
「よう帰って来てくれたわ」
「アンタが待っとんのに、帰って来ない訳ないやろ。ちょっと痩せたんとちゃう?」
「せやな、メシも喉を通らんかったからな」
パンプル達の背後にいたポップルとシーララは、冷ややかな目で両親を見つめる。「1gも痩せとらんわ」「今朝もおかわりしとったやろ」というツッコミは、愛に埋もれて届かない。
ふとパンプルは、プリコと一緒に行っていたはずの長男の姿を探す。
「ところでリリカルは?」
「船酔いしてトイレこもっとるわ。まぁすぐ来るやろ。それより、これ食べたって」
プリコはそう言って、スナック菓子の入った袋をパンプルへ渡す。その袋は、既に口が開いていた。
「なんや、土産か? 開封済みやけど、食いかけとちゃうやろな」
「ちゃうねん。船の乗っ取った子供達が、袋開ける事にハマったんよ。食べないなら開けるんやない怒ったんやけど、聞かない聞かない」
「あぁ、今の子達知らんかったもんな。どこからでも開けられますって袋は本来手で開けられるって」
「マージジルマ様帰って来たさかい、開けられるようになったよーって教えたんがアカンかった」
「まぁ一時のブームで終わるやろ。これからはもう、好きに開封出来るからな」
パンプルが目を向けた先では、桃の魔法使いであるピピルピが娘のような存在であるミューゼを抱きしめていた。
「ただいまママ!」
「おかえりミューちゃん、寂しかったわ。チューしましょう!」
「チューはシャバ師匠にでもしてもらってね、ハグはしてあげる!」
パンプルやピピルピだけではない。その港では、それぞれの家族や大切な人と再会を果たしていた。
ラミパスを連れて一番最後に船から降りて来たテクマも、目の前にいた黒い髪の弟子達に笑みを向けた。
「ただいま」
「お帰り」
返事をしたマージジルマに、テクマは首を左右に振った。
「それはこっちのセリフでもあるんだな。マージジルマくん、おかえり」
にっこりと微笑むテクマに負けじと、ピーリカも師匠への挨拶を口にする。
「貴様だけ言うなんてズルいです。わたしも言います。師匠、おかえりですよ」
マージジルマは笑みを浮かべて、二人に挨拶を返した。
「ただいま」
初恋編完結です。ようやく結ばれました。ここまで読んで下さりありがとうございました!
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