弟子、合図を出す
本当はただ文句を言ってやろうと思っていただけなのに。あまりにも場違いな事を言われたため、つい頭が出てしまったピーリカ。
「せっかく人が助けに来てやったというのに、第一声が謝罪でもなく感謝の言葉でもなく、顔が良いとはどういう事ですか! 今更な事言ってる暇あったらとっとと帰りますよ!」
「顔が良い事を認めてやがる。間違いねぇ、お前ピーリカだな?」
「こんな美人が他にいるわけないじゃないですか!」
怒りながらも自身の顔の良さを評価するピーリカを見て、マージジルマは彼女が本物の弟子である確信を得た。
ピーリカは両手を空に伸ばし、魔法を繰り出す構えをする。
「今は再会を喜んでいる場合じゃないんですよ。まだ戦いは終わってないんです」
***
カタブラ国とその連盟国により、バルス公国の兵達は散り散りになっていた。
シャマクは一人になりながらも、ある目的のためにカタブラ国に向かって歩く。
「シャマク元隊長」
背後からシャマクに声をかけた、若い男女。武器は持っておらず、服装もカジュアルなものだった。
シャマクは男の顔に見覚えがあったようだ。
「貴様は兵の者ではなかったか? そんな恰好で何をしている?」
「降伏したんですよ。でも味方になったふりをすれば、こっちのもんでしょう」
「正面から戦わないなんて、みっともない」
「勝てばいいんですよ、勝てばね」
嫌味を向けられたシャマクだが、今は彼らを相手にする暇なんてないと無視して先へ進んだ。男女もシャマクの後に続く。
三人は壁が崩れた所から、カタブラ国へ侵入した。
『ここから先、黒の領土。口が悪いのは民族性』
「えっ!?」
男女は初めてカタブラ国に侵入したのか、脳内で響いた音声に驚いていた。
何度か経験済みのシャマクは、顔色を変えずに先頭を歩いた。男女は戸惑いながらも、シャマクを盾にして進む。
「いらっしゃい、カタブラ国にようこそ!」
草木が生い茂る森の中、街へと繋がる道の手前にピピルピとウラナが立っていた。
未だピピルピの桃の魔法にかかっているシャマクは、長年会えなかった恋人を見るかのように、愛おしそうに見つめた。
「桃の!」
「あら……貴方には正直会いたくなかったわ。私が会いたかったのはこっちの人」
ピピルピはシャマクと一緒に来た男に抱きついた。男の目を見て、ピピルピは桃の呪文を唱える。
「リリルレローラ・リ・ルルーラ」
男の瞳の奥に魔法陣が浮かぶ。男はポーっと、ピピルピに見惚れているようだった。
「ねぇ、私の事が大事なら正直に答えて頂戴。本当にカタブラ国に住みたい?」
「あぁ、魔法の力を利用し放題なら、その方がうんといい」
「利用する気なの?」
「当然、本当はバルス公国の方が技術も上。強い者が弱い者の上に立つのは当然じゃないか」
「そう……残念だわ」
木の上から降りたファイアボルトが、地面に両手をつけながら呪文を唱えた。
「ラリルレリーラ・ラ・ロリーラ」
「う、うわぁああああ!?」
男の足元で魔法陣が光る。魔法陣の中心から、ズズズっと音を立てながら黒い穴が広がる。まるで底なし沼のような穴は、男を中へ中へと引きずり込む。男が逃げようとした時にはもう手遅れで、彼は穴の中へ沈んで行った。
「どこへ!?」
穴から離れたシャマクに、ピピルピは頬を膨らませて答えた。
「心配しなくても殺してはないわよぅ。どこへ行ったかは教えて上げないけどっ。ウラナ君、そっちはどーお?」
ピピルピは顔を横に向け、バルス公国の女の目に魔法陣を浮かばせていたウラナに声をかける。
かつては本しか出せなかったウラナも力をつけ、今では普通の桃の魔法も使えるようになっていた。ただでさえ顔の良いウラナに、女はポーっとしている。
「こちらの女性も同じですね。カタブラ国を利用しようとしています。全く、もっと愛を持ってほしいものですね」
「じゃあ同じ場所に行ってもらわないと。ファイアボルト様、お願いしまぁす」
ファイアボルトはため息を吐きながらも、黒の呪文を唱える。
「全く、人使いが荒い。ラリルレリーラ・ラ・ロリーラ」
女も謎の黒い穴に沈み、消えた。
このままだと我も穴の中へ落とされる、そう思ったシャマクはピピルピに縋りつく。そして、ここに来た真の目的を伝えた。
「待ってくれ桃の。バルス公国でなくともいい、魔法も使えなくてもいい、二人で過ごせる国へ行こう。我はそのためにここまで来たのだ」
「あら、少しは素敵な口説き文句が出来るようになったのね」
「そうとも。あの赤い男よりも我の方がっ」
ピピルピはファイアボルトの腕に抱きつく。
「ごめんなさい、今の私の恋人はこの人なの」
「そんな、そんな……貴様っ、何故この私の愛を受け取らない!」
「きゃっ」
可愛さ余って憎さ百倍といったところか。シャマクは無理やりピピルピの腕を掴む。
ファイアボルトはピピルピからシャマクを引きがはす。そしてシャマクの頬を思いっきり殴った。一撃で気絶したシャマクに、ファイアボルトはため息を吐いた。
「筋肉が足りんな。出直してこい」
ピピルピはファイアボルトに抱きついた。そんな彼女を見て、ウラナは青い顔をしてファイアボルトに訴えた。
「ファイアボルト様かっこいい! 抱いて!」
「ファイアボルト様いけません! 聞いてますよ、あなた亡くなった奥さんが今でも大事なんでしょう。純愛は大事にしてください。お師匠様の事殴ってでも止めて!」
「うるさい!」
騒がしい桃の師弟を相手にして、ファイアボルトも気づかなかった。
まるで流れ星のように、空から泥の球が降って来た事に。
「うわっ!」
球は三人に当たり、周囲を汚す。最初に状況を把握し、喜んだのはピピルピだった。
「やん、汚されちゃったぁ……という事は、見つかったのね。マー君」
その泥は事前にピーリカが決めていた、師匠を見つけた時の合図を表していた。
***
「たのもーっ!」
ピーリカがマージジルマを連れてやって来たのは、エレメントのいる第四研究室だった。
勢いよく扉を開けて入って来た二人に顔を向けたエレメントは、怒りで体を震わせていた。計画も崩され、プライドもズタズタだ。
「何なのよ、どいつもこいつもっ……!」
「何なのじゃあないですよ、貴様のせいでわたしは師匠に会えなかったんですよ。分かんない事があっても聞けなかったし、初歩的なミスを怒ってもらう事も出来なかったんです!」
「知りませんわよ、わたくしのせいじゃ」
「発端は全て貴様のせいです!」
ピーリカはエレメントに近づき、彼女の胸倉を掴んだ。エレメントも負けじとピーリカの胸倉を掴む。二人は互いの瞳に互いを映し、睨み合う。
ピーリカはエレメントから目を離さずに、攻撃を仕掛ける。
「師匠、今です!」
「はいよ、ラリルレリーラ・ラ・ロリーラ」
弟子からの、いや、白の代表からの合図に、マージジルマは躊躇いもせず呪いの魔法をかけた。
ピーリカとエレメントの体が反発する磁石のように吹き飛び、それぞれが壁に体をぶつける。二人して壁の前に倒れ込んだ。
マージジルマはピーリカの前に座り込み、心配そうに彼女の顔を覗き込んだ。
「大丈夫か?」
「何てことないです。小さい頃、師匠に殴られた時の方が痛かったですよ」
「俺がお前の事殴るのなんざお前が悪い事した時だけだから、自業自得だな」
「かわいい弟子を殴る事自体が間違いなんですよ」
言葉では怒っているピーリカだが、その表所はとても嬉しそうだ。




