師弟、再会する
その頃。バルス公国の東側では、巨大なロケットランチャーを担いだ娘がいた。
「もうっ、やめて下さーい!」
青の魔法使い代表であるイザティは、泣きながら水の球を撃つ。魔法で出した水の球は、強い力で相手を押し飛ばす。
全身ずぶ濡れになっていたのは、カタブラ国の支配を目論んでいたバルス公国の者達だった。
「くそっ、こうなったら!」
攻撃を受けても諦めていないバルス公国の男が、ポケットからナイフを取り出した。男はイザティ目掛けて走り、ナイフを振りかざそうとしている。
そこへ黄の魔法使い代表であるパンプルが横から飛び出し。両手を広げ、呪文を唱えた。
「レレロルラーラ・レ・レリーラ」
「ぎゃぁっ!」
水で濡れた体に、電気が走る。あまりにも強い痛みに、男は悲鳴を上げて倒れた。
パンプルはイザティを褒めながら、自身の背後に顔を向けた。
「その調子やでイザティ、思いっきりやったれ。お前らも気ぃ抜いたらアカンで!」
彼の目線の先では、二人の男が口を尖らせていた。
「戦場で気ぃ抜くアホおらんやろ」
「そうだよ。言っておくけど僕はポプ兄と違って本業魔法使いじゃないし。そこまで力になれなくても大目に見てよね」
口を尖らせていたのは、パンプルの息子達。次男、ポップルと三男、シーララである。学び舎を卒業した彼らはそれぞれの道を進み、見た目も大人になっていた。だが中身はさほど変わっておらず、こんな時だというのに父親から怒られている。
「エトワールが参戦するならって着いて来たんはお前らやろ。ワイらはオーロラウェーブ王国に一次避難したプリコとリリカルのためにも生きて帰らなアカン。ぶつくさ言っとらんで攻撃続けんかい」
父親の言葉に、息子達の表情が歪む。
「オカンのためならまだしも、リリカル兄のために頑張る気はないよね。リリカル兄が避難するって言ったからオカンもついてった訳でしょ? リリカル兄が一人で他国に行くの不安だからって」
「せやな。あの魔法の良さが分からん男のために命落とす気はあらへん。でもオトン、ここ十分人足りてるやろ。俺エトん所のサポート行ってもえぇ?」
「待ってよ、それは違くない?」
彼らは血の繋がらない妹……を今でも溺愛しているようだ。まだ周りにはバルス公国の者達がいるというのに、盛大な兄弟喧嘩が始まる。
「あーん、戦場で兄弟喧嘩しないでー!」
兄弟はバルス公国の者達と共に、イザティに水をぶっかけられた。
「アカン、イザティ様キレてもうた」
「うっわイザちゃ、イザティ様すいません、すいませんでした!」
パンプルはやれやれといった様子で、自分の仕事を進めていた。
***
バルス公国の中央にある建物。第四研究室と書かれた部屋の中で体を起こしたのは、マージジルマに封印の魔法を使わせた女、エレメントだった。
状況が読み込めなかったエレメントは、辺りを見渡す。何故自分がこんな所で寝ていたのか分からなかった。
彼女の隣では以前カタブラ国を襲った元騎士、シャマクがうつ伏せになって眠っていた。エレメントはシャマクの体を乱暴に揺する。
「ちょっと! 起きて下さいまし!」
「エレメント博士……?」
「一体……そうだわ、あの男!」
エレメントもシャマクも、眠る直前の事を思い出す。
「そうだ、あの忌々しき黒の魔法使いが突然やって来たと思ったら、呪いの呪文を口にして……」
「えぇ、その後急に眠気が……そうだわ、カタブラ国は!」
エレメントは筒状の機械に目を向けた。カタブラ国民を苦しませていた機械は、何の音も発さずに停止している。
「くっ、この様子ではカタブラ国の住民は元の状態に戻ってるかもしれませんわね。ですが、この程度なら計画も修復可能ですわ」
まさか自分達が長年封印されていたとは思っても居ない彼女達は、まだカタブラ国に撒いて来た粉が残っていると思い込んでいる。
エレメントは巨大な液晶パネルに触れて、機械を起動させた。
『エラー、エラー』
「そんな……まさか粉が片付けられたとでもいうの?」
壊されたと思っていた機械は、何度修復してもエラーしか出さない。戸惑うエレメントを、シャマクが小ばかにしたように笑う。
「博士の計画もダメだったんですなぁ」
修復作業が進まないエレメントは、シャマクに苛立ちをぶつけた。
「まだ負けが決まった訳ではありませんわ! まだ粉はこちらに残ってますもの。元団長さん、貴方だって腐っても騎士ですもの。義足を作って差し上げた借り、今ここで返して下さらない? いくら負け犬でもそれくらいの事は出来るでしょう?」
「何故我が博士の尻ぬぐいなど……いや、仕方ない。引き受けた」
何かを企んだシャマクは、大人しくエレメントのいう事を聞いた。
エレメントが再びパネルに手を当てると、天井部に設置されていたドアが自動で開いた。中から現れた機械の手は、粉の入った瓶を掴んでいる。
シャマクは機械の手から瓶を受け取り、部屋を出て行く。一人になったエレメントは、悔しそうに顔を歪ませていた。
「このわたくしが負けるなど、あり得ませんもの……!」
***
軍隊がカタブラ国方面へと向かう。その最終尾にはシャマクの姿があった。以前は隊の先頭に立ち、時には一足先に敵陣へ乗り込むような仕事をしていたシャマク。だが足を失った上、ピーリカ達に倒された一件で任務失敗と見なされ、今では裏方仕事ともいえるエレメントの補佐をしていた。
今カタブラ国へ向かっている兵達はシャマクの一声で動いた者達だが、皆カタブラ国を狙うという目的が一致しただけ。シャマクが慕われている訳ではないのである。
「撒けーっ!」
シャマクの代わりに先頭に立っていた女の声で、一斉に撒かれた粉。キラキラして輝いて見えるが、いずれ猛毒になる危険なものだ。
それから兵達はプロペラが回る巨大な機械を用意し、スイッチを入れた。粉が風に乗って広範囲へと撒かれる。その粉はカタブラ国だけでなく、バルス公国にも広がった。
「体がっ……」
粉が撒かれた範囲内にいたカタブラ国民達は次々と倒れ込み、うずくまる。
彼らはこの感覚を知っていた。マージジルマがいなくなる前に味わった、バルス公国からの攻撃。
シャバも地面に足をつけた。だが黒いマスクの下で、にまりと笑う。
「まぁ大丈夫だ。策はピーリカが打ってたしな」
バルス公国の兵達は、厳つい機械の武器を持ってカタブラ国の方へ行進を続けていた。仮に粉で弱っていないカタブラ国の者がいたとしても、この武器さえあれば勝てない訳がない。そう思っていた。
だがシャマク含めた兵達は、目の前で揺れる旗を見て大きく動揺していた。
「あれは……ムーンメイク王国の?!」
「ムーンメイク王国だけではない、その後ろにはいくつもの国の旗が!」
カタブラ国との境目に立っていたのは、鎧を着た騎士たち。バルス公国の騎士は大声で不満を訴えた。
「何だ貴様ら、そこを退け。関係ない者は引っ込んでいろ!」
「関係なくはない。契約に基づき我ら連盟国の軍は、カタブラ国の援軍とする!」
「援軍だと……?」
「皆の者、かかれーっ!」
援軍は一斉に突進した。魔法は使えない援軍だが、それぞれが剣や武力で攻撃していた。だが攻撃していたのは武器である機械の方。人はなるべく傷つけないようにしていた。
颯爽と空から降りて来た雷神が、太鼓をたたき雷を落とす。機械は流された強い電気に耐えきれず、爆発した。
バルス公国の騎士たちは構わず援軍である人々を攻撃していたが、あまりにも援軍の数が多く。バルス公国の騎士は次第に数が減って行った。
援軍はバルス公国の奥へ奥へと進んで行き、とうとうエレメントのいる建物内までやって来た。
「な、何ですの!?」
「あったぞ、あの機械だ!」
エレメントの作った機械は、躊躇う事なく破壊される。筒状の機械も、ぐにゃりと歪んでしまった。
今度こそ演出ではなく攻撃をしてみせた雷神は、その場にいないピーリカへ向けて呟いた。
『我々の仕事は果たした。後は任せたぞ』
***
筒状の機械が破壊されたおかげか、魔法使いの力も回復した。一時は体の熱を感じていたピーリカだったが、今では平熱を取り戻し。空からの捜索を続けている。
争いの音が聞こえる中。ピーリカは魔力を感じ取って。
「見つけたっ……!」
機械に埋もれた光を見つけて、すぐさま降りた。
バルス公国にある一番高い建物の屋上で、マージジルマは大の字になって寝ていた。彼はバルス公国の住民を呪った後、自分で自分に呪いをかけていた。
時間の流れを止めて、長い長い、眠りにつく呪いを。
「師匠っ、師匠!」
目を閉じたままのマージジルマは、誰かに体を揺さぶられていると分かった。
起こされるのも何だか懐かしく感じながら目を開く。
眩しかったのは久々に目を開けたせいか。それとも、目の前にいる初恋相手のせいか。
理由は分からなかったが、彼は思わず彼女への想いを口にしていた。
「うわっ、顔が良っ!」
感動の再会がしたかったピーリカは、彼の胸倉を掴み。
「ふん!」
「いっで!」
彼の額に、思いっきり頭突きを食らわせた。




