弟子、老人をぶっ飛ばす
よろめきながらも再び立ち上がるピーリカ。
何か動きを封じ、いや、いっそシャマク本人を封じてしまう方法はないか。
今まで使ってきた魔法と、今まで見てきた魔法。それから、教わってきた全てを思い出して。
「ラリルレリーラ・ラ・ロリーラ!」
シャマクの足元に現れた魔法陣は、中から茶色い液体を吹き出して。球体の形になりながらシャマクの全身を包み込む。
「甘ったるい匂い……おい、何だこれは!」
シャマクは内側から液体に腕を突っ込み、振り払った。一瞬外の景色が見えたものの、すぐさま溢れ出る液体により茶色一色の景色へ戻される。
シャマクを閉じ込め、液体は固体へと姿を変えた。その外観はまるで、トリュフチョコレートのよう。
『出せ、出さんか!』
中は空洞になっており、閉じ込められているシャマク。内側から叩くも、しっかりコーティングされたチョコレートは厚みがあり。弱い力ではそう簡単に割れる事はない。
ピーリカは大きく深呼吸をし、両手を前に構える。
ここで間違えたら、全てが水の泡だ。
自分は天才だと信じて。
シャマクを、呪う。
「ラリルレリーラ・ラ・ロリーラ! わたしの作ったチョコが食える事を光栄に思いながら帰れですーっ!」
シャマクを閉じ込めた球体の真下に現れた魔法陣。
魔法陣から出た強い風は、軽々しく球体を浮かばせて。空高く、山を越え遠くへと吹き飛ばした。
鉄に囲まれた街へ落ちる球体。落ちた衝撃で、一部が砕けた。
球体から出られたシャマクだが、その目に広がる景色は、機械が多く自然の少ない灰色の国。バルス公国だ。
「くそっ……!」
シャマクは悔しそうに、自分を閉じ込めていた壁を叩いた。
「師匠、師匠」
ピーリカはラミパスを連れ地下室へと戻り、マージジルマの元へと駆け寄っていた。
何度も何度も声をかけ、ようやく師匠は返事をする。
「……ピーリカ? あの老害は?」
ボロボロになっても口の減らない男である。
「老害……あぁ、バルス公国の奴ですか。この天才美少女であるわたしが追い払いましたよ」
胸を張ったピーリカ。今ばかりは自信ではなく事実である。
彼はゆっくりと手を伸ばし、ピーリカの頭に乗せた。
「やりゃあ出来んじゃん」
撫でられたピーリカは、許されるならば、ずっとこのまま。ここにいたかった。
だが彼の吐き出す不安定な息のリズムも聞こえてしまって。
名残惜しそうにしながらも、ピーリカはマージジルマから離れた。
「えぇ、わたしは天才ですから。この調子で残党も片してきます。それまで師匠も戦ってろです」
ピーリカはニャンニャンジャラシーを一本手に取り、部屋の引き戸を開ける。部屋はボロボロだが、幸い扉の開け閉めは出来た。
ピーリカは師匠と白フクロウをその場に残し、自分の部屋へと向かう。
ベットの脇にかけられたこげ茶色のポシェットを手に取り、ニャンニャンジャラシーを中に突っ込んだ。玄関へ走り、外に出る。
「ラリルレリーラ・ラ・ロリーラ!」
召喚した赤いリボンのついたほうきに飛び乗り、急いで青の領土へと向かった。
ピーリカは青の領土に向かいつつも、一体どうやってあのロボット達を倒そうかと考えていた。いくら代表含めた魔法使い達が現在進行形で戦ってるとは言え、敵の方が圧倒的に数が多かった。流石に既に全滅、という事にはなってないような気はしたが。
「おーい、ピーリカ嬢―っ」
飛んでいるピーリカを、地の上から声をかける者がいた。ほうきをその場でとどまらせ、ピーリカは相手を見つめる。
「貴様は、いつぞやのモブ!」
以前ピーリカに空を飛ぶよう促した、黒の民族の男。
「モブなのはピーリカ嬢の中でだけだよー。そのほうき、うちのじゃないでしょー。使ってないなら返してー」
そう言われて、ピーリカは自分が座るほうきを見つめた。そう言えばあの男に借りたほうきはどうしただろうか。
緑の領土の木に立てかけ、そのまま置いて来たような気もする。
「い、今忙しいので後でにしてください。後でちゃんと返すですから!」
「泥棒ー」
「後で返しますってば! 貴様はどうせ暇……おいモブ、そういえば貴様木こりと友達でしたよね!?」
「友達だけけどさ。ピーリカ嬢、呪文は中々覚えないくせにどうでもいい事は覚えてるねー」
「ほっとけ! そんな事より、モブも農具の小屋あるんだったらクワとか持ってますか?」
「あるよ。まさかクワも泥棒する気?」
「泥棒はしませんが力を貸しなさい。今青の領土で魔法使い達が戦ってるです」
「えぇー、そりゃカタブラ国民だから頑張れば魔法使えるかもだけどさ、突然魔法使いの戦いに農民を混ぜようとしないでよピーリカ嬢」
「別に魔法を使えと言ってる訳じゃありません。とにかく、わたしの言う事を聞けです!」
とある作戦を思いついたピーリカは、ほうきを降下させ地面へ降りた。
***
青の領土では依然、魔法使いとロボットが戦っていた。壊しても壊しても減らないロボット。怪我人も続出。自体は最悪。
「レルルロローラ・レ・ルリーラっ!」
魔法陣から出現した火柱に包まれたロボットは、黒焦げになって砂の上に落ちる。
いくら無限に魔法を使えると言えど、それは体があるからこそ言える事。その体が疲弊してしまえば、魔法なんて宝の持ち腐れでしかなかった。
皆に募る焦り。
シャバはそれでも守るべきもののため、必死に炎をかざしていく。
「ラリルレリーラ・ラ・ロリーラぁっ」
そんな中、突如聞こえた女の子の声。
次の瞬間、ロボットの体が茶色い液体に覆われた。ロボットと液体の間に隙間はなく、ぴったり型取りをするように覆われていく。
液体は固体と化し、空を飛んでいたロボットは地へと落ちた。
シャバは目の前に落ちてきた茶色い塊に触れる。
「何だこの茶色いの。土じゃなさそうだし……なんか甘い匂いするな」
「おーい、下々ーっ」
シャバはほうきで空を飛んできたピーリカを見上げた。
「ピーリカ、無事だったか。もしかしてこの魔法、ピーリカか?」
「えぇ。チョコレートで固めてやりました。それを燃やしてみてください」
「……レルルロローラ・レ・ルリーラ」
一つの茶色い塊が、炎で包まれる。チョコレートが溶け、ロボットはもがき苦しむような動きをしながら燃えていき。そのまま黒くなり、動かなくなる。
倒せはしたが生き埋めになった奴をその上から燃やしたような見た目の悪さがあり、シャバは複雑そうな顔をした。だがピーリカは鼻を高くしている。悪い奴は殴っていい、それがマージジルマの教えだった。
「天才的でしょう?」
「オレの舌よりこっちのが怖い気ぃするんだけど……ま、まぁ固まってくれた分やりやすい。助かるよ」
「でもこれ一時的に固めただけです。長い時間止まってるとわたしが幸せって事になっちゃうから。魔法もチョコも、このまま溶けるとロボットはまた動き出しちゃうのです」
「そうなのか、じゃあそれまでに何とかしないとだな。それでも数は多いけど、やるしかないか」
「えぇ、だから……あ、黒マスクもう少し右にどいて下さい」
「うん?」
言われるがまま、シャバは右に動いた。
ひゅるるるるる~~ズドン!
空から落ちてきた茶色い球体。落ちたところからパキッとヒビが入り、中から二十人ほどの黒の民族が出てくる。
彼らの手には、クワや斧、鎌にチェーンソーなどが装備されていた。
「なんか物騒な人達が出てきた!」
思わず怯んだシャバだったが、中から出てきた黒の民族は一斉にピーリカを罵倒する。
「何すんだピーリカ嬢、もっと優しくしろ!」
「痛かったぞクソガキー!」
「無乳ーっ」
「高飛車娘の問題児―」
「バカーっ」
怒る黒の民族。だがピーリカも怒っている。
「そこまで言わなくても良いじゃないですか! バカって言った方がバカなんですよ!」
自分の事は棚に上げるピーリカ。
シャバは恐る恐る、黒の民族の一人に声をかけた。
「皆さん、どちら様で……?」
「農家と木こりと、あと近所に住んでる大工とかも呼びました」
「な、何で」
「合法で人が殴れると聞いて」
「物騒!」
「まぁそれは冗談ですけど、魔法使い様方がピンチだから助けろってピーリカ嬢に言われて来ました」




