弟子、会議を開く
「過去のわたしには黒マスクに頼まれたとか言って、適当に誤魔化すんですよ。わたしの事です、師匠が大変な目に遭うと知れば、どうにかしようと頑張るはずですから。下手に頑張って未来が変わってしまえば、それはそれでややこしい気がするので」
淡々と要求を述べていくピーリカに、ミューゼはただ戸惑う事しか出来ない。
「それくらいの事をしないといけないくらい大きな報酬ってのは分かるんですよ? でもいくら何でも話が壮大過ぎません?」
「嫌なら良いんですよ。代わりの者に頼みますから。ただ、報酬というものは依頼をしっかりこなした者しか得られないものです。貴様、ここまで聞いたのに結果を知らないで終わるの、すごくモヤモヤしません?」
「しますねぇ」
「じゃあ先に一つだけ教えてやります。師匠、実は黒と白、二つの代表でした。真っ白白助は影武者です」
「はっ!?」
「おっと、詳しくは帰って来てからですよ」
「……分かりました、行かせて下さい!」
記憶を消されるとは思っていなかったミューゼは、未だ見た事のないマージジルマへの興味を膨らませていた。
そんな二人の前に、ウラナが顔を出す。
「ピーリカ嬢、荷物置いて来ました」
「早かったじゃないですか。まさか放り投げて来てないでしょうね」
「一瞬そうしようかなと思ったんですけど、それはマージジルマ様っぽいなと思ってやめました。丁寧にピピットさんに預けて来ましたよ」
「一瞬でもそうしようかと思った事が腹立たしい。確かに師匠はわたしの荷物なんて大事にしない男ですが、そんな所に気を使わなくて良いんですよ」
ミューゼは二人の間に入り込んで、ウラナに話しかける。まるで兄弟子のようなものをピーリカから庇うかのように。
「ウラナ君、あたしマージジルマ様の所に行ってくるから。ママの事よろしくね?」
「貴女のママにはシャバ様がいるので大丈夫ですよ。それよりミューゼ、せっかくなのでマージジルマ様にピーリカ嬢の事をどう思ってるかも聞いてきてください」
庇う程の男じゃないのに。そう思ったピーリカは、ため息を吐いた。だがウラナの余計な行動を止める事はない。他の事であれば止めたかもしれないが、師匠にどう思われているのかは気になったからである。
ミューゼは瞳を潤ませて、子供のふりをしてみせる。
「そうしたらウラナ君の作った同人誌ゲフンゲフン、あの薄い魔法の本くれる?」
「見せられる内容のものならね」
ある事に気づいたピーリカは顔を赤くさせて、ミューゼとウラナの会話を止めた。
「待ちなさいウラナ君、貴様がたまに落っことすくせに見せてくれないほぼ肌色の表紙の本ってまさか!」
「そんな事聞くって事は、やっぱり分かってるんですね! ピーリカ嬢その知識どこで教わって来ちゃったんですか!? 貴女にそんな事を教えるのはマージジルマ様だけで良いんですよ!」
「き、貴様! なんて破廉恥な!」
ウラナの答えを聞いたピーリカは、本の中身が想像通りの卑猥なものであった事を理解する。
二人の喧嘩を、精神的に一番大人なミューゼが止めた。
「まぁまぁ。流石に肌色ばっかの生もの本を要求したりはしませんから。ウラナ君の本って事は、大体カップリングは身内か知り合いでしょうし。流石に知り合いの肌色本は気まずさを感じてしまうかもしれないので、もう少し精神を鍛えてからにしまーす」
「ちょっとよく分からないですけど、いかがわしい本を見てはいけません! わたしと同じ位大きくなってからにしなさい!」
「はぁい。じゃあ約束するんで過去へ飛ばして下さーい」
まだウラナの本について気になっていたピーリカだが、それよりも早く師匠を助けたかった。
「約束は守れですよ。ラリルレリーラ・ラ・ロリーラ」
黒の呪文を唱えたピーリカは、ミューゼを過去に飛ばした。シャバの家の中には、ピーリカとウラナだけが残る。
「さて、師匠を助けに行く前に他の仕事を終わらせるですよ。ミューゼの帰りを待つのは、師匠の家でにしましょう」
ピーリカはウラナを連れて、黒の領土へと帰る。彼女の目は既に潤んでいた。
過去へ行ったミューゼが、マージジルマとどんな会話をしてきたのか。ピーリカは知らないままだった。
***
帰って来たミューゼの記憶を消して、師匠の部屋で泣いた後。このままじゃいけないと、ピーリカはリビングへ向かった。
誰もいないリビングは、あまりにも寂しすぎて。
テクマの生存確認でもしてこようかな。なんて考えた、その時。
ドンドンっ! 力強く玄関の扉が叩かれた。
だがピーリカは、もう幼い頃のように「師匠かもしれない」なんて期待する事はない。魔力で誰なのか分かるくらいの強さも手に入れた。
ピーリカは両頬をぺちぺちと叩いて、強さを取り戻す。玄関へ向かい、凛々しい顔で扉を開けた。
「やっぱり。ここにいたか、ピーリカ」
「いますよ。わたしの家でもありますもん」
「はは、今でもそうか」
「これからもずっと、その予定です。しかしクソボルト様、いい時期に帰って来たですね」
扉の向こうにいたのは、マージジルマの師匠であるファイアボルトだった。
「ピーリカの準備が終わりそうな頃に合わせて来たからな。もう準備は整ったのか?」
「はい。あとは作戦を伝えるだけです。今すぐにでも行きます」
「そうか。じゃあ、このまま扉は開けておいてやろう」
ファイアボルトは太い腕で扉を抑え、開けっ放しにする。
期待に応えるかのように外へ出たピーリカは、畑の脇に咲いていた白い花の先を摘んだ。
「ウラナ君! 会議するから全員呼び出しなさい!」
花越しに命令されたウラナは、喜んで働いた。ピーリカの力強い声で、とうとう彼を助けに行く時が来たと分かったからだ。
***
ピーリカに呼び出された代表達は皆、緑の領土に集まった。それぞれが靴の音を響かせながら、定期的に会議をしている建物の中へ入って行く。
薄暗い部屋の中、スポットライトが当てられた七つの椅子に、各領土の代表が座る。
緑の魔法使い代表 マハリク・ヤンバラヤン。
黄の魔法使い代表 パンプル・ピエロ。
青の魔法使い代表 イザティ・エヒナム。
赤の魔法使い代表 シャバ・ヒー。
桃の魔法使い代表 ウラナ・リンパライ。
白の魔法使い代表 ピーリカ・リララ。
そんな代表達を、入口から覗き込んでいる者達もいた。呼ばれてはいないが会議が行われる事を知り、ついて来た者達だ。本来この建物には代表以外立ち入り禁止のため、彼女達は部屋の前で立ち止まっている。
「ズルいわ皆。私も混ざりたぁい」
「仕方ないだろう。今は我慢しろ」
『ここにいるのですら譲歩されてるしね』
おまけ
元桃の魔法使い代表 ピピルピ・ルピル。
元黒の魔法使い代表 ファイアボルト・ベル。
元白の魔法使い代表 テクマ・ヤコン in ラミパス。
ピーリカは唯一の空席に目を向けて言った。そこはかつて、黒の魔法使い代表が座っていた場所だ。
「師匠を……黒の魔法使い代表、マージジルマ・ジドラを助ける準備が整いました。他国への出動要請が終わり次第、封印を解きます。反対意見がある者は挙手なさい。殴ります」
誰も手を上げない。殴られたくない訳ではなく、皆マージジルマの救出に賛成していた。
「では作戦を伝えますーー」
ピーリカは長年練っていた計画を口にする。
一通りの流れを説明し終えたピーリカに、シャバが手を上げて質問した。
「その作戦は悪くないと思う。けど、一つ質問。ピーリカはどこで何する訳?」
「決まってるでしょう。師匠に文句を言いに行くんですよ」
「……その後ちゃんと手伝ってね?」
「当然ですよ」
「じゃあ文句も何もないよ。なぁ皆」
シャバは他の代表達に目を向ける。代表達は次々と己の想いを口にした。
「文句を言った所でピーリカが言う事を聞く訳ないじゃろ」
「せやなぁ。ま、これで家族たちも守れるんなら安いもんや」
「正直とっても怖いけど、精一杯頑張りますー」
「二人が二人でいる限り、僕は一生、貴方達の味方ですよ」
皆の想いを聞いたピーリカは、少し恥ずかしそうに宣言した。
「では行くですよ、師匠救出作戦決行です。師匠を……わたしの初恋を取り戻しますよ!」




