弟子、帰国する
「確信もなかったから聞かなかっただけよ。女の子だと思うけど、そんな訳無いわよねぇって思ってた程度だわ。甥っ子でも姪っ子でも、仲良くなりたいとは思ってた方が上ね。それとも、聞いた方が良かった?」
「……ほんっと、良い性格してる」
「ふふ、ありがとう」
「褒めてないから」
ピクルスはセリーナと、ぎこちなくはあるが普通に会話している。セリーナを羨む事しか出来なかったピクルスからしてみれば、これもピーリカのおかげだと思っていた。
そんな二人の会話を聞いていたプラパが、気まずそうに質問してきた。
「ピクルス……元々女の子だったの?」
「……気づいてなかったの?」
「いやだって、甥っ子と言われれば男だと思うだろう」
「気づいてるのに国のために黙ってるんだと思ってたんだけど」
「言うほど国のためになる? まぁ父上も男尊女卑っていうか、男の方が偉いと思ってる節あるからね。あっ、そうか。だから兄上もあんな提案したのか。娘に男でいる事を強いて、悪く思ってたところもあるんじゃないかな」
「珍しく提案してきたなとは思ってたけど……ふーん」
ピクルスは少し嬉しそうな顔を見せる。
一方、ピーリカは身内が知らなかったなんて事あるのか? と首を傾けた。
「セリーナ、本当に気づいてなかったんだとしたら貴様の旦那ヤバくないですか?」
「純粋って言って頂戴」
フォローするセリーナの言葉が聞こえたのか、プラパは見るからに落ち込んでいた。
空気を読んだピーリカは、セリーナの腹を撫でながらプラパに話かけた。
「この子が生まれたら会いに来ますよ。勿論、その時は師匠も一緒です」
「……今回の件で君らが来る事を不快に思う者もいるかもしれないからね。僕等が会いに行ってもいいよ」
「おや、貴様は不快に思わないんですね」
「何だかんだ言って君達にはお世話になったからね。セリーナの事もピクルスの事も」
「まぁ、わたしは頼りになりますからね。さて、とっとと師匠を助けに行かなくては。ではセリーナ……またねっ」
ピーリカはセリーナに顔を向け、にこりと笑った。
「えぇ。またね」
セリーナも、今度は笑顔で別れを告げる。
ピーリカはウラナを先に船へ乗せる。ウラナは自分とピーリカの荷物を持って、ピクルス達に別れを告げた。
「それでは皆様、お騒がせしました。ピクルスさん、ピーリカ嬢はマージジルマ様のものです。まぁ、本気なら止めはしませんけど」
「ウラナ君、早く行ってください」
ピーリカに怒られ、ウラナは船の奥へ荷物を運ぶ。
ウラナの意味の分からない発言を、ピクルスは理解したようだ。彼女は少し恥じらうような顔で、ピーリカの服の裾を掴んだ。
「ピーリカが助けてくれなきゃ、僕は一生王子だった。ありがとね。でもこれからは、自分の力で戦うよ」
「そうしなさい。しかし一つ、訂正しておきましょう。わたしは、師匠だったら助けるだろうなと思って貴様を助けたんです。つまり、貴様を助けたのはピーリカ・リララという女ではなく、マージジルマ・ジドラという男。わたしが好きになった、あの人なんです」
ピーリカは頬を染めながら、幸せそうに笑った。ピクルスは目を丸くして、苦い笑みを向ける。
「また振られちゃった」
「何の事です?」
ウラナだけでなくピクルスも意味の分からない発言をしている、とピーリカは首を傾けた。
ピクルスはふと、子供達に読み聞かせた物語を思い出した。好きな人と結婚出来なかったお姫様は、泡になって消える。彼女は悪戯に笑って、ピーリカを指さした。
「言っておくけど、ちゃんとマージジルマ様とやらと幸せになりなよね。じゃないと僕、奪いに行っちゃうから」
「なりません! 師匠はわたしのです!」
奪うと言ったのはマージジルマの方ではないのだが、ピクルスは話を合わせた。
「ははっ、大好きじゃん」
プラパの口添えでピーリカとウラナは船に乗り込む。
ピーリカは船の甲板から身を乗り出し。セリーナとプラパ、そしてピクルスに手を振りながら帰国した。
***
カタブラ国の海域に入り、ピーリカ達は青の領土の海岸で船を降りた。
海岸沿いに並ぶ店の前に、シャバの姿があった。丁度買い物をしていたのか、彼は新鮮な魚が入った箱を抱えていた。
「お、ピーリカお帰り。今回は随分と長期だったね」
「少々手こずりました。契約は取れませんでしたが、避難所の確保は出来ました」
「まぁ戦力としては十分すぎるくらいあるし、もう良いんじゃない?」
「そうですね。早速師匠を助けに行くですよ」
そんなシャバの背後から、元桃の代表であるピピルピが顔を出した。
「ほんと、ピーちゃんも成長したわねぇ」
「おや痴女、いたんですか」
ピピルピはシャバの二の腕を抱きしめて、にこりと笑った。
「仲良しだもの。ねぇシーちゃん」
「まぁねぇ」
否定しないで微笑むシャバの姿を見て、ピーリカは呆れていた。
「よくもまぁ飽きもせず一緒にいるもので……」
そこまで言って、ピーリカは思い出した。オーロラウェーブ王国に行く前の彼らの姿を。
二人が全裸で一緒に寝ていたのは、ただコイツらの頭がどうかしているからだと思っていたが。セリーナから子の作り方を教わったおかげで、ある可能性が浮上した。
ピーリカの脳裏に浮かぶ、赤にピンクが重なる姿。
幼い頃から見て来た二人の言動から察するに、その日限りの関係ではない。
顔を赤くさせたピーリカは、大きな声を出した。
「きっ、貴様ら! 師匠が大変な時に何をしてやがるんですか!」
「え? 何が?」
「うるさい! そこになおれ!」
ピーリカは冷たいコンクリートの上に二人を座らせて、「師匠は凄いんだぞ」「師匠は偉いんだぞ」という謎の説教を続けた。ウラナはピピルピの後ろに立って、複雑な表情をしていた。シャバとピピルピの関係性に何故ピーリカが気づけたのかを考えている。そんな事を教えるのはマージジルマだけでいいのに、と怒りさえ抱いている。
ひとしきり怒ったピーリカは、思い出したかのようにシャバへ提案する。
「そうだ黒マスク、ミューゼを借ります」
「まて、何だかよく分からんが、俺の罪は俺に罰せ!」
「それは別に罰じゃあないです。ただ師匠を助けるためには必要な事なんです。ラリルレリーラ・ラ・ロリーラ」
ピーリカの唱えた呪文により、シャバとピピルピの体が固まった。ピピルピは皆に見られて喜んでいるが、シャバは当然困惑している。
「うっわ動かない! これはどういう状況!?」
「それは貴様らの罰です。ウラナ君、わたしの荷物は家に運んでおいて下さい。わたしはミューゼの所に行ってくるので」
「どういう事だか説明くらいして!」
ウラナは言われた通りにピーリカの荷物を黒の領土へ運ぶ。
ピーリカはシャバ達をその場に残して、ミューゼのいる赤の領土へと向かった。シャバへの説明は省いた訳ではない。ただ、恥ずかしくて出来なかっただけである。
***
赤の領土へ行き、ピーリカはシャバの家へ向かった。
「ミューゼ、いるですか」
家の主であるシャバがいない事を知りながら、ピーリカは彼の家へズカズカと入って行く。
中では部屋のカーペットに寝転ぶミューゼの姿があった。ミューゼは体を起こして、ピーリカに頭を下げた。
「あれまぁピーリカ様、ごきげんよう。師匠ならいませんよ」
「知ってます。貴様に用があって来ました」
自分に用があるとは思っていなかったようで、ミューゼの瞬きが多くなった。
「師匠にでもなくピピットにでもなく、あたしにですか? 一体何用で?」
「ミューゼ。代表の秘密を、わたしの師匠であるマージジルマに何があったのかを教えてやります。だからわたしの言う事聞きなさい」
「脅迫ぅ。でも秘密は気になるなー。何すればいいんです?」
「ちょっと過去に行って、わたしの師匠に会ってきなさい。伝言を頼みます」
「おつかいして来いみたいな感覚ですごい事言われた!」




