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弟子、赤の魔法使いの弟子の事を思い出す

「貴様と契約してやるですよ。貴様が死ぬ事なく、王子として生きなくとも良くなるようにしてやります。契約料はお金ではなく王への口添え」

「……そんな都合の良い魔法あるの?」

「えぇ。わたしは天才なので」


ピクルスは俯いた。ピーリカの事は根っからの悪い奴ではないと思っているが、そう簡単に信じられる程、彼女の事を知っている訳でもない。


「まぁ考えてみろです。ウラナ君、別の仕事の話があります。来なさい」


ピクルスの心情は、ピーリカも分かっているつもり。今はただ、一人にさせる。

ピーリカはウラナを連れて、地下室へと向かった。



 地下にあるマージジルマの部屋は、綺麗に片付けられていた。マージジルマがいた時はとっちらかっていたが、美しいわたしに似合わないという理由でピーリカが定期的に掃除している。勝手に掃除するなと怒られる日を期待しているのかもしれない。

ウラナは部屋の入口で立ち止まった。彼にとってこの部屋は、ピーリカとマージジルマの思い出の場所であり、自分如きが下手に入り込んでいい場所ではないと思っている。


「ここは僕らにとっても夢の中ですから、別の仕事をやったとしても現実では終わってないんですよねぇ。どうやって時間潰します?」


ピーリカは師匠が使っていた、高級そうな椅子に勝手に座って。机に両肘をつけた。


「別の仕事はしませんが、貴様に話しておくべき事があります」

「話ですか? ピクルスさんが決意さえしてくれれば、マージジルマ様を助けに行くのでしょう? 他に何を話す必要が?」

「ちょっと飛躍し過ぎですが、まぁいいでしょう。ウラナ君、師匠は誰よりもわたしの事を信じてくれる男なんです」


突然マージジルマを褒め出したピーリカに、ウラナはデレっとだらしのない顔を見せた。


「何ですか突然。ご馳走様です」

「だからこそ、自らと共にバルス公国を封印した可能性があります。師匠の魔法は自らの命と引き換えにすれば、バルス公国を滅ぼす事も出来たはずなんです。師匠は他人の為なら自分を犠牲に出来る優しい男。皆を守れるのであれば、自らの死を選ぶ可能性もなくはないです。しかし今かけられている呪いは、白の魔法を使えば解ける封印の魔法」


だらしのなかったウラナの顔も、真剣な顔つきになる。


「そうか。黒の魔法による封印は、白の魔法がない限り解かれる事はない。マージジルマ様がピーリカ嬢に教えていたのは黒の魔法だけ」

「はい。真っ白白助に期待したという可能性も少しはあるかもしれませんが、それなら師匠はわたしに代表印を託さなかった事でしょう。師匠はきっと、わたしが白の魔法を使ってどうにかしてくれると考えていたんですよ」


ピーリカは自身の胸元を撫でる。彼女の左胸には、今も代表の印が刻まれていた。

マージジルマは今でも封印されている。彼が生きている事は、どこからでも開けられるはずなのに開かない袋が証明していた。


「ある意味ピーリカ嬢を信頼していたんでしょうね。愛ですね」

「そうだったら嬉しいんですけど、師匠があの時のわたしをそう簡単に信用するとは思えないんですよ」

「もっと自分に自信を持って」

「持ってるから言ってるんです。師匠はわたしの可能性を信じてくれていた。でも師匠が教えてくれたのは黒の魔法と優しさだけ。師匠がわたしに、咄嗟の判断で白の魔法を使う事を期待したとは思えないんです」

「まぁ、僕もピーリカ嬢が白の魔法使いになるとは思ってませんでしたね」

 

ピーリカは目線を右斜め上に向けた。ピクルスがいるリビングのある方角だ。


「さっきピクルスの話を聞いていて、思い出したんです。わたしが師匠と暮らしてた時、未来からミューゼが来た事がありました」

「ミューゼ?」

「あの時のミューゼは、黒マスクに言われて転魔病になったわたしの暴走を止めに来たと言ってました。今思えば、そっちの依頼はフェイクです。いくら師匠が親友だからといって、黒マスクがそんな依頼を出すとは思えません。あの時暴走していたのは、わたしよりエトワールの方でしたし。ミューゼの本当の目的は師匠に近づく事。それは未来のわたし、つまり今のわたしが、白の魔法使いであると師匠に伝えるために送り込んだのかもしれません。そうすれば師匠だって、自分が死ぬ道は選ばないでしょう」

「なるほど。しかし何故ミューゼ? ピーリカ嬢が頼むなら、妹のピピットさんだっているじゃないですか」

「ミューゼが魔力の高い次期赤の魔法使い候補だからでしょうね。ピピットは学び舎こそ行って魔法の勉強もしてますが、代表になる気はさらさらないみたいなので。魔力も幼い頃のわたしと同じレベルです。まぁ誰を行かせたとしても記憶は消しますけどね」

「なるほど。それで、いつミューゼを行かせるんですか? ピーリカ嬢、まだ行かせてないでしょう?」

「ピクルスの件が片付いて国に帰ったら、すぐに行かせます。師匠が国のために死を選ぶ未来なんて、絶対に作ってはいけませんから」


ピーリカは立ち上がって、部屋を出て行った。

残されたウラナは、マージジルマ想うピーリカの勇士にトキめいていた。


 リビングへ戻ったピーリカは、ピクルスの前に立つ。


「どうです? すぐ決まらないなら一度目を覚まして下さい。また明日の夢でお会いしましょう」

「……チルアってさ、僕につけられるはずの名前だったんだよね」


ピクルスはソファに座りうつむいたまま、小さく言葉を零した。ピーリカは腕を組んで、話を聞いていく。


「ほう」

「ピクルスは弟の名前だった」

「ほう」

「僕達は二人で生まれて来るはずだった。なのに……生まれて来たのは僕だけだった」

「ほう」


適当ささえ感じられるピーリカの相づちが、ピクルスには心地よかったらしい。うつむいたまま話を続けた。


「この国では王になるのは男だけだ。おじい様は、周りに跡継ぎ候補である王子が生まれて来る事を言いふらしてた。それなのに弟は生まれてこれなかった。母上も弟と一緒に行っちゃった。残されたのはまだ喋る事も出来ない僕と、おじい様の言いなりの父上だけ。だから……だから……」


ピクルスの声が弱弱しくなっていく。だがピーリカは拭う事も慰める事もしない。ピクルスの声が消える前に、質問を投げかけた。


「セリーナの事は、本当に嫌いなんですか?」

「……嫌いじゃないよ。でも見たくない。あの人は同じように王族として生まれて来たのに、普通に姫として着飾って、結婚も子供も、僕がやりたくても出来ない事全部やれて、見てるとすっごく……みじめになるんだ」

「ならば何故逃げないんですか? 死なずとも逃げる事だって出来るでしょう?」

「そんなの出来ないよ。僕に味方なんていないんだから。すぐ捕まるのがオチだよ。だったら戦争に巻き込まれた方が国のためにもなるし」

「そう簡単に死ねる訳ないでしょう」

「分かってるよ。今までも自害しようとして、出来なかった。殺してくれって言って殺してくれる人もいなかったんだ。でも戦争でなら、相手が勝手に殺してくれるでしょ?」

「そうではありません。貴様、何故戦争に行けると思ってるんですか?」

「何故って、ピーリカは戦争をするための協力を求めてるんでしょ? 契約が成立すれば、王族だって戦場に立つよ」

「……貴様が本当に戦争に出て、死ねたとしましょう。その死体を王以外の者が見つけ、体の違いに気づいてしまったら?」


ピーリカの問いを聞いて、ピクルスはバッと顔を上げた。赤くなった目元には、涙が溜まっている。


「……おじい様が隠していたという事が明るみになるっ……」

「そうして王を陥れる事が出来れば、貴様は幸せなまま死ねるでしょう。しかしあの王の事ですからね、そもそも王の目の届かない場所で貴様が死ぬ事を許さないでしょう」

「それって、仮に戦争が起きても」

「貴様はそもそも、戦場には立たせてもらえないと思います」


ピクルスはとうとう涙を流して、己の立場に絶望していた。


「何それ、僕は死ぬ事すら自由に出来ないの?」

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