弟子、夢の中へ
「そんな。ピクルスさんが女性だなんて」
「わたしとて一目見た時は気づきませんでしたけどね、あの子が王子だと名乗った事に何となく嘘をつかれたと思ったんです。セリーナの事嫌いって言ってましたけど、あれはどちらかというと羨ましいとかズルいだと思います。ウラナ君に近づかれて顔を赤くさせてたのは、普通に異性として意識してしまったのでしょう。貴様、顔だけは良いですからね」
「この世には僕よりもっと良い人がいますよ」
「貴様はそう言って、多くの人を泣かせてるのでしょうね。実に悪い男です」
「僕の話は良いんですよ。それより、ピクルスさんは何の為に王子で居続けるんです?」
「好きで居続けてる訳じゃあないと思うですよ。あの子は女の子になりたがってる。それなのに、なれない状況にあるから苦しんでるんでしょう。きっとあの王のせいですね。きれいごとを言ってはいますが、あの王はピクルスを物として考えている。それじゃあピクルスは一生苦しんで生きる事になってしまいます」
「つまり今回は、マージジルマ様よりピクルスさんの救助を優先するという事ですか。別にマージジルマ様の事を諦めた訳じゃないんですよね?」
「当たり前です」
ピーリカの想い人が変わっていない事に、ウラナはホッと胸を撫でおろす。
「なら良いです。それで、その方法は?」
「問題はそこです。ピクルスを女の子として生かす方法なら思いついているんですよ。ただそうすると、この国はわたしと一緒に師匠を助けてくれなくなると思うんです」
「それはいけない。仕方ないですね、ピクルスさんには一生男で居てもらいましょう。とはいえピーリカ嬢と結婚させる訳にもいかない。その場合ピーリカ嬢に似たガサツな女性と、男として生きていても愛してくれる男性どちらを紹介するのが良いんですかね?」
「一体わたしのどこがガサツなんですか? そんな無駄な事考える暇があったら師匠助けろですよ」
「僕が助けちゃったら僕がマージジルマ様に惚れられるかもしれないじゃないですか」
「師匠はそんな単純な男じゃあありません!」
師匠を侮辱され怒るピーリカだが、ウラナは全く反省していない。むしろマージジルマを思って怒るピーリカに尊さを感じている。
ウラナが反省していない事に気づいたピーリカは、これ以上怒るのも無駄だと判断し。ため息を吐いて、冷静さを取り戻した。
「とにかく。事情を知ってしまったのに何もしないなんて、優しいわたしからすれば、とても心苦しいのですよ」
深刻そうな顔をするピーリカの前で、ウラナは「ふーん」と興味なさそうに言った。ピーリカ自体にはどうでもいいと思っている。
「もし師匠がわたしと同じ立場であれば、きっとピクルスの事を助けてやったに違いありません。師匠はあぁ見えて、優しい男なので」
切なそうな顔をするピーリカの前で、ウラナは「もっと詳しく」と興味津々に聞いてきた。数秒前とはえらい違いだ。
「とにかく、師匠のためにも、わたしはピクルスを助けてやります」
そう宣言したピーリカは、宿屋の前に到着した。
話の続きを催促してくるウラナを放置し、ここ数日間泊っている部屋へと入っていく。数分後、ピーリカはいつもの黒いワンピースに白いリボンを身に着けて、堂々と出てきた。
「ラリルレリーラ・ラ・ロリーラ」
唱えたのは優しさの呪文。ピーリカのウラナの足元が、魔法陣の光によって照らされた。
その頃、ピクルスは泡だらけの浴槽の中にいた。ピーリカがいなくなりパーティーも終わった後、ピクルスはずっと祖父と父親から説教を受けていた。自分の事は棚に上げての説教ほど腹立たしいものはない。そんなイライラを、体の汚れと共に洗い流したかったようだ。そう簡単にイライラが落ちる訳もないのだけれど。
ピクルスの頭や腕は、侍女達の手によって洗われる。その侍女の雇い主は勿論王であり、ピクルスの体が女性である事を他言するような者はいない。
風呂から出た後の着替えも、全て侍女が行った。成長途中であろう胸は布を巻かれ潰され、男物の寝巻を着せられる。
「それではピクルス様、おやすみなさいまし」
侍女達が部屋の外へ出て行く。
ピクルスはベッドに潜り、ふて寝のかたちで眠りについた。そのせいでピクルスは、ベッドの周りが魔法陣で包まれた事に気づかなかった。
ピクルスが目を覚ますと、目の前には赤い屋根の家があった。家の前には雑草の方が多い畑に、何も干されていない洗濯竿もある。
そしてピクルスの隣には、ピーリカが仁王立ちで立っていた。
「ピーリカ? ここどこ?」
「貴様の夢の中です。この家はわたしと師匠の家。わたしが落ち着くのでここにしました。まぁ入れです」
本当はピーリカの家ではないのだが、彼女は関係ないと言わんばかりにピクルスを招き入れた。
ピクルスをリビングへ通したピーリカは、一人掛けのソファに座らせ。自分も対面するソファに座った。
キッチンから甘い香りが近づいて来る。トレーにミルクティーの入ったカップを乗せたウラナが、二人の間へやって来た。
カップを受け取ったピクルスは、怪訝な表情でピーリカに問う。
「本当に夢なの?」
「夢ですよ。貴様の体は、ちゃんとオーロラウェーブ王国にあります。本当は直接貴様の部屋に乗り込んでも良かったんですけど、侵入するリスクの方が高いので止めておきました。この夢は魔法で見せてるものなので、記憶は鮮明に残ると思います」
大人になったピーリカは、不法な侵入はしないという事を覚えた。
トレーを脇に抱えたウラナが、ピーリカの横に立った。
ピクルスはカップの表面に目を向けて、ピーリカへここに連れて来た理由を問う。
「何が目的? まさかその男を選ぶから結婚出来ないとか言わないよね?」
「言いませんよ。ウラナ君と結婚しませんもん。でも、ピクルスとも結婚出来ないでしょう?」
「遠まわしに振ってる?」
「分かってるんですよ、貴様が女の子だという事は」
ピクルスの顔色が変わった。
逃げようと思ったのか周囲を見渡しているが、ここはもうピーリカのテリトリーだ。
土地勘のない場所での脱走は不利だと判断したのか、大人しくソファの上に座ったままでいた。
「何言ってるの?」
「確かに最初はどっちだか分かりませんでしたよ。でも貴様が王子と名乗った時、なにか嘘をついているような気がしたのです」
「嘘なんてついてないよ。僕は王子だって言ったでしょ」
「でも女の子じゃないとも言ってないじゃないですか。わたしの国にもいるんですよ、性別がはっきりしない奴。でもあやつはどちらだか教えてくれないので、王子を名乗ったピクルスの方がまだマシですね」
「そんなの普通言わないよ。何なのピーリカ」
ピーリカは瞳の中に、困った表情のピクルスを映す。
「何なのはこっちのセリフです。貴様はわたしが師匠を助けるための戦いを、自分が死ぬために利用しようとしているのでしょう?」
ウラナもピーリカと一緒になって、ピクルスを見つめている。
負けを認めたピクルスは、苦笑いをしてみせた。
「……はは、そこまで分かってるんだ。じゃあ黙っててくれれば良いのに。君が僕と結婚すれば、オーロラウェーブ王国はカタブラ国に協力する理由が出来る。その戦いで僕が死ねば、ピーリカは師匠と再婚だって出来るでしょ」
「そうですね。わたしにとって悪い話でもありません」
「じゃあ知らないふりをしてれば良かったじゃん。別に僕が死んでも何ら問題はないんだよ!」
悲しみが混ざった怒りの声を上げたピクルスに、ピーリカはある提案を持ちかける。




