弟子、相談する
「すみません、無理です。彼女には既に良い人がいるので。お断りします。絶対ダメでーーす」
ピーリカはキッと、大声で騒ぐウラナを睨みつけた。
「ウラナ君、わたしより先に断るの止めてくれませんか」
「だってどうせ断るでしょう」
だが動揺しているのはウラナだけではない。その場に居た者達もざわついている。驚きを口にしても無理はない、時期国王候補である王子の求婚を目にしたのだから。
ピーリカはため息を吐いた後、ジッとピクルスを見つめた。
ピクルスは優しく微笑んでいて、本当にピーリカを愛おしく思っているかのように見えた。
その姿に、ピーリカは二度目のため息を吐く。そして。
「検討してやりましょう」
「ほれみたことか、ピーリカ嬢はマージジルマ様が一番ちょっと待って下さいピーリカ嬢今なんて?」
ウラナは信じられないものを見る目でピーリカを見つめている。「わたしには師匠がいるのでお断りします」というセリフを期待していたようだ。
「検討してやると言ったんですよ」
「そんな!」
周りで見ていた者達はウラナの事を、王子に恋人を取られそうになっている男だと思いこんでいる。
ピクルスはとても嬉しそうに、ピーリカの手を握る。
「ほんと? 嬉しい。期待してるね」
「勿論断る可能性だってありますから、覚悟しておけですよ」
「分かった」
ピクルスは玩具を買ってもらった子供のように、ニコニコと笑っている。
そんな二人をウラナが引き離した。彼はピーリカの両肩を掴み、ものすごく悲しそうな顔で訴えた。
「待って下さいピーリカ嬢。何でそんな約束してるんですか!」
ウラナの顔には「浮気ダメ絶対」と書かれている。そんなウラナの顔をピーリカは一切見ない。彼女の目線は師匠が好きそうなシャンデリアに向けられていた。
「全くだ。何を考えている、ピクルス」
ピーリカ達の前に近づいて来たのは、ピクルスの祖父でもある国王。その後ろには、気まずそうな顔をしているプラパの姿もあった。彼の隣には気難しそうな顔をしている男もいる。プラパに似た見た目と立ち振る舞いからして、ピクルスの父親だろう。
周囲からの視線を一斉に集めたピクルスは、飄々と答える。
「何って、ちゃんと国の事も考えてるよ? おじい様だって僕の結婚相手に、都合の良い女探してた所でしょ?」
「都合の良いとは聞こえの悪い。お前の事を思っているだけだ」
「はは、なら尚更。おじい様達も検討してよ。ピーリカなら悪くないじゃん。うちの国にない魔法が使えて、見た目も綺麗でさ。ピーリカ、うちの国と契約したがってるんでしょ。僕はピーリカ気に入ったし、彼女のためなら命だって惜しくない。結婚を条件に契約してあげようよ」
王に対するピクルスの生意気な態度のせいで、緊迫した空気が張り詰める。
ピーリカはドレスを翻して、ひらひらと手を振った。
「こんなに重い空気では、パーティーを楽しみ続けるのも難しいです。今日はお暇するですよ」
「お、おい」
王が引き留めるも、ピーリカが止まる訳がない。誰とも目線を合わせずに、出入口の方へ向かう。ピクルスは楽しそうに「ばいばぁい」なんて言いながら手を振り返していた。
人々は移動する彼女を目で追ったが、ピーリカはその視線を全く気にする事なく前を歩き続ける。
入口の手前まで来たところで、ピーリカは客人の中に混ざっていたセリーナとすれ違う。
「プラパの事は、あんまりいじめないでね?」
「考えておきます」
ただ一言だけ会話した二人は、お互い振り返る事もしなかった。
城を出たピーリカは、人通りの少ない夜道を歩く。パーティーが終わるような時間帯になっていた事もあり、ドレス姿の彼女を怪しい目で見る者はいない。ピーリカは空に浮かぶ月を見上げながら、ボソリと呟いた。
「困りましたねぇ」
ピーリカを追いかけて来たウラナは、哀れな者を見る目で言う。
「僕だって困ってます。あんなにも大勢の前で求婚されては、噂になるのも時間の問題ですよ。発言には十分注意してといつも言っているでしょう。適当に生きないで下さい」
「誰が適当に生きてるって言うんですか、失礼な。ちゃんと考えてますよ。ウラナ君、ピクルスって真っ白白助に似てると思いません?」
ピーリカは道の真ん中で立ち止まり、ウラナに質問を投げかけた。
ウラナも足を止め、ピーリカの質問に答える。
「テクマ様ですか? 確かに中性的な所は似ているかもしれませんが、親戚な訳ないじゃないですか。そんな事どうでもいいです。貴女はマージジルマ様の事だけをお考え下さい」
「考えてますよ。だからあの返答をしたんです。確かに親戚ではないでしょうね。全くの赤の他人であって、似てるのは男なのか女なのかよく分からないって点だけです」
「なるほど、何も分からない。まぁピーリカ嬢の事を理解出来るのはマージジルマ様だけですからね、僕に分かる訳がないんだ」
「分からないならちゃんと聞けです。あの子はわたしと結婚出来ないですよ」
「ピーリカ嬢はマージジルマ様と結婚なさいますもんねぇ」
「そういう話じゃないんですよ。とりあえず真っ白白助に聞きたい事があるので、花出してもらえます?」
ウラナはマージジルマとの結婚を否定しなかったピーリカを、ひとまず許す。右手を地面に向けてかざし、口を開いた。
「仕方ない。ルルルロレーラ・ラ・リルーラ」
ウラナが唱えたのは、緑の呪文。魔法陣の光と共に、レンガの隙間と隙間の間から一輪の白い花が咲く。ピーリカはその場にしゃがみ、花の先端を掴み口元へ近づけた。
「真っ白白助、生きてます?」
『辛うじて。でも寂しいから早く帰って来てね。お土産は柔らかくて美味しいものがいいな』
花を通して会話した相手は、今やピーリカにとってもう一人の師匠とも言える存在であるテクマ。勿論ピーリカは、テクマを師匠と思っていてもそう呼ぶ気はない。
「さり気なく土産を要求するなですよ。それより知恵を貸しなさい」
『ん、ピーリカが教えを乞う程に難しい問題があるんだね。いいよ、元代表として良い答えを述べようじゃないか。何が分からないの?』
「わたしに求婚してきた女の子がいるんですけど、その子と周りの者との悪い関係を回復する事は白の魔法の範囲内ですか?」
二人の会話を聞いていたウラナは「えっ!?」と思わず声を漏らす。
彼の反応も想定内だったピーリカは、気にせずテクマと話を続けた。
『出会って数日しか経ってないであろうピーリカに求婚するなんて、よっぽどの事情があるんだね。でも残念ながら、答えはノーだよ。白の魔法でいう回復は、物理的なものだ』
「なるほど。じゃあ貴様の出番はありません。さよなら」
『あぁ待って待って。知恵は貸せる』
「何です?」
『ピーリカが悩んでいるのは、その子を取るかマージジルマくんを取るかって事でしょ?」
「当たり前じゃないですか」
『なら悩まなくていい。その子を選んだからって、マージジルマくんは怒らないよ。目には目を歯には歯を、悪いものには悪いものをだ。君はそういうの、マージジルマくんから教わってるだろう?』
「……えぇ。たんまりと!」
花から手を離したピーリカは、街中へと向かう。
「さて行きますよ、ウラナ君」
「ぴ、ピーリカ嬢? さっき言ってた事って」
「全部真実ですよ。ピクルスは王子をさせられてる女の子です」




