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弟子、踊る

 数時間後、ピクルスはピーリカ達のいる部屋へ入って来た。


「ピーリカ、調子どう?」

「おぉピクルス、今出来た所ですよ。見なさい」


ピーリカが見せつけて来たのは、ツギハギだらけのワンピースっぽいもの。

ドレスと呼ぶには大変おこがましい。


「……もうちょっと華やかさが欲しいかな」

「お世辞なんて言わなくて良いですよ。ダメならダメでやり直すだけです、リルレロリーラ・ロ・リリーラ」


ピーリカが唱えた白の呪文で、ツギハギだらけのドレスは光に包まれて。元になった数枚のドレスと糸に戻って行く。ピーリカは諦めずに、再び縫う作業へと戻る。

ピーリカの隣でウラナがスッと右手を上げ、提案した。


「ピーリカ嬢、やっぱりパメルクさんかシーララさん脅迫しましょう」

「良い事言ったみたいな顔で悪い提案するなですよ。脅迫はしません、練習してやりますよ。魔法と同じです、練習すればうまくなるに決まってますよ」

「それは良い心掛けですけど、やっぱりパメルクさんかシーララさん脅迫しましょう」

「貴様、もしかしなくともわたしの応援してないですね!?」

「何言いますか、マージジルマ様のために頑張るピーリカ嬢の事を応援しない訳ないでしょう」

「えぇい黙れです。貴様と遊んでる暇なんてないんですから!」

「そうですよ。僕と遊んでる暇があったら早くマージジルマ様連れ戻して下さい。ファイトですよ、ピーリカ嬢」

「もう喋るな!」


うまくいかない作業をやり直している上に、隣で騒ぐウラナのせいもあってピーリカはイライラしていた。それでも放り投げる事はせず、ピーリカはチクチクとドレスとドレスを繋ぎ合わせていく。

ピクルスはそんなピーリカの前に立ち、悲しそうに問う。


「傷ついてでも助けたいの?」

「当たり前です。わたしは師匠を助けて、幸せな未来を手に入れるんです。欲しいものはどんな手を使ってでも手に入れるべきですよ」

「……そっか、そうだよね」


何かを思い立ったピクルスに見つめられながら、ピーリカは手に傷を増やしていった。



 糸と針を借りた(奪った)ピーリカは、宿屋に戻ってからも縫物を続けた。何度も何度も縫い切りを重ね、何度も何度も失敗続き。しまいには間に合わないと判断し、黒の魔法で1日を240時間にした。「なんか時間経つのめちゃくちゃ遅くね?」とは思われたが、そんな魔法を使う奴がいるとは誰も思わず気づかれなかった。唯一ピーリカが時間を呪った事を知っていたウラナは、ピーリカとマージジルマの再会が遅くなる事に気づき不幸になっていた。

そしてようやく迎える事が出来たパーティー当日。城内にあるホールの中には、ドレスを着た者や高級そうなスーツを着た者で溢れている。

皆の視線の先にいたのは、カラフルなドレスを着たピーリカとその後ろを歩くウラナだった。

ピーリカのドレスはよく見ると所々ほつれている所もあるが、自信に満ち溢れた顔と姿勢の良さでカバーさせている。ウラナが着ているのは街で急遽購入した安物のスーツだが、顔の良い奴は中身がどうであれ素敵に見えるものなのである。


「どこの姫君かしら」

「ぜひお近づきに……!」


カタブラ国では偉い二人であっても、オーロラウェーブ王国でその肩書は通用しない。二人が王族でも何でもないだなんて知ったら、彼らはきっと目を丸くするだろう。

ピーリカは一直線に、王の前へ向かった。王はホールを見渡す位置に堂々と座っている。ウラナは一歩下がった場所で様子を伺う。

腰に手を当てたピーリカは、座る王の前に堂々と立ち相手を見下ろす。

王はドレス姿のピーリカをマジマジと見ていた。彼女をつまみ出さない所を見ると、ドレスの出来は及第点なのだろう。


「どうです、来てやりましたよ」

「ふむ、奇抜ではあるが悪くないな。どうだ、本当に私の下につく気はないか?」

「それはお断りです。むしろどうです、わたしの言う事聞きたくなりました?」


王の図々しさはピーリカと互角。王は鼻で笑って、ピーリカをあしらう。


「ないな。まぁ楽しんで行くと良い。今日のパーティーはただの娯楽だ、気軽に参加するといい」

「そうですか。良いでしょう、貴様のもてなしを存分に堪能してやりますよ」


ピーリカはドレスの裾を揺らしながら王に背を向けた。

ウラナは王に一礼し、ピーリカの隣を歩き始めた。周りの者には聞こえないよう、こっそりと問う。


「どうするんですピーリカ嬢、王に気に入られるためにドレスを用意したんでしょう? 失敗では?」

「最初から過度な期待はしてませんよ。ほんの少しの可能性のために全力を出しただけです。まぁここは本当に楽しむ時間にするとしましょう。そうすればこのドレスだって無駄になったとは言えませんから。貴様も好きにしていいですよ」

「ピーリカ嬢……では人間観察してきても? あそこのボーイさん絶対あのお嬢さんの事気になってると思うんですよね」

「余計な口を挟んでややこしくしない程度にしろですよ」


ピーリカが許可を出した時には、既にウラナはスキップしながら去っていた。

一人になったピーリカに、数人の男女が近寄って来る。


「あの、良かったら私とお話を」

「いえ僕と!」


ピーリカに群がる男女達は、誰がどう見てもピーリカとお近づきになりたがっている様子だった。

美しいって罪だな、ピーリカはそう思いながら彼らに笑顔で告げる。


「わたしはわたしのためなら毒をも飲める人が好きなんですよ」


彼らの表情が曇る。普通の人が毒なんて飲める訳がない。だがピーリカは嘘もついてない。


「ではごきげんよう」


彼らに社交辞令の挨拶をしたピーリカは、ホールの中を歩き回る。

しばらくして、客人達に挨拶するプラパとセリーナの姿を見つけた。

客人との会話を終わらせたプラパは、ピーリカに呆れた顔を見せる。


「本当に来たのか、その執念は少しだけ褒めよう」

「褒めるついでに契約してくれても良いんですよ?」

「王の許可もないのに勝手に契約は出来ない」


変わらない返答だが、ピーリカは諦めない。今回ダメだったとしても、別の計画を練るだけだ。


「それは残念」


そう言いながらも全然残念そうな顔をしていないピーリカに、プラパは苦笑いを返す事しか出来なかった。

彼の隣に立っていたセリーナは、ピーリカの着るドレスに目を向ける。

これは以前ピーリカに契約料として払った、セリーナが幼い頃に着ていたドレス達だった。


「ピーリカ、そのドレス」

「返せと言われても返しませんよ」

「ふふ、言わないわよ。よく似合ってるわ」

「そうでしょう、そうでしょう……ん?」

 

ドレス姿を自慢していたピーリカを、背後から抱きしめた者がいた。


「おやピクルス」

「ピーリカ、こっち」


ピーリカを抱きしめたピクルスは、いつもより豪華な装飾のついた紅色の服を着ていた。ピクルスはピーリカの背を押して、プラパとセリーナの前から彼女を離れさせる。

ピーリカはセリーナに小さく手を振りながら、壁際に連れて行かれた。


「何です突然」

「気にしないで。それより、すごいやピーリカ。ツギハギだらけだったドレスとは思えないよ」

「そうでしょう。何度も何度も練習したりもしましたからね」

「頑張ったんだ」

「えぇ、頑張りました」

「そっか、じゃあ僕も頑張らないと。ピーリカ、この後音楽が鳴るんだ。そしたら僕と一緒に踊ってくれる?」


ピーリカは一瞬、きょとんとした顔を見せた。そんな事のためにセリーナから離れさせたのか、という疑問も抱いている。


「踊るのは構いませんが、このような場で踊った経験はないので練習させなさい。何、心配はいりませんよ。天才なのですぐ出来るようになります」

「大丈夫だよ、そんなにかしこまらなくて。僕がリードするし、グルグル回るだけで形になるって」


ピクルスの言った通り、ホールの端から音楽が聞こえて来た。木管楽器の落ち着いた音色がホールを包み込む。ピクルスはピーリカの手を取って、ホールのど真ん中に連れて行く。


「さ、踊ろ」


そして二人は、円を描くような踊りを始めた。

次期国王候補であるピクルスが美人と踊っている。その二人の姿は、あまりにも目立ち過ぎた。

ピーリカの踊りは素人レベルの未熟なものではあったが、そこも整った顔立ちと堂々とした態度でカバー。彼女は良い意味で注目の的になっていた。

人間観察を中断させたウラナも、恨めしそうにピクルスを見ていた。マージジルマ様のピーリカ嬢に何してるんだ、と言いたそうだ。

音楽がゆっくりと止まる。ピーリカもピクルスも、踊っていた足を止める。

二人に目を向けていた者達は盛大な拍手を送った。

踊りは終わったというのに、ピクルスはピーリカの手を離そうとしない。ピーリカは怪訝な顔をピクルスに向けた。


「ピクルス?」


拍手もまばらになってきた。

そのタイミングを狙ったと言わんばかりに、ピクルスはにっこりと微笑んで。

周りの者に聞こえるように大きな声で言った。


「ピーリカ、僕と結婚してよ」

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