弟子、死なない
「君と一緒にいた男の人はどこ行ったんだい」
「ウラナ君ですか? わたしの命令で国民に媚を売ってますよ。国民の方から我々に力を貸したいと思わせる作戦です」
「そんな事したら、君らの力にならない王族の方が悪いと思われるじゃないか!」
「えぇ。それが狙いです」
「君ってば本当に……!」
これ以上ピーリカに何か言ったところで、彼女が言う事を聞くとも思えずに。諦めたプラパは、兵士達に命令する。
「ウラナという男を探せ。この際、国民に余計な事を吹き込んでいる事に関しては言及しない。今はピーリカを止めるため共に説得するよう頼みに行ってくれ!」
「ウラナ君が、師匠のために頑張っているわたしの事を止める訳ないのです。来る訳ありません」
ピーリカに否定されたプラパは、げんなりした表情のまま、一応兵士をウラナ探しへと向かわせる。ウラナがこちらの味方をせずとも、国民の前に立っていられるよりはマシだと判断した。
プラパの後ろには兵士が一人だけ残った。王族だけをこの場に残すのは危険だと、ピーリカは怪しまれている。
ピクルスは目線を斜め上に向けて、その瞳にピーリカの整った顔を映す。
「おねーさん、ピーリカって言うの? 僕もピーリカって呼んでいい?」
「様をつけろですよ」
「じゃあ僕の事もピクルス様って呼んで? 一応王族だし」
「王族だから何なんですか。多分わたしの方が偉いです」
「ふふ、何それ。おもしろ」
無邪気に笑った甥っ子を見たプラパは、ピーリカに疑いの目を向ける。
「ずいぶん親し気じゃないか。ピーリカ、まさか君もピクルスからの同情を買おうとしているのか?」
「失礼な。ただ利用出来そうだったから利用してるだけです」
「待て。そっちの方が酷くないか?」
予想外の答えにプラパは動揺している。
だがピクルスはピーリカの答えを聞き、楽しそうに笑った。
「ふふ、でもその方が潔くて僕は好きだよ。コソコソしてるより、うんと良い。ピーリカ、何かを同情されるような事があるの? さっきの師匠って人と関係ある?」
「ありますよ。最愛の師匠が悪者のせいで封印されてるので、この国には共に戦って欲しいんです」
「へー。いいじゃん、人には親切にしなきゃ。自分達さえ良ければ苦しんでる人見殺しにするなんて、ハートブサイク過ぎない?」
「その通りです。なかなか見込みのある奴ですね。気に入りました、わたしの第二のガーディアンにしてやってもいいですよ」
「それはお断り」
プラパは怪訝な表情を見せて、ふざけた様子のピクルスを叱った。
「ピクルス、いい加減な事を言うんじゃない。君にだって政治的決定権は無いだろう」
「うん、今はね。でも将来的にはプラパおじ様より可能性あるんじゃない?」
にっこり笑ったピクルス相手に、プラパは一瞬言葉が出なくなった。代わりに、プラパの後ろにいた兵士が口を挟んだ。
「ピクルス様。お言葉ですが、流石に言いすぎです」
兵士の発言でプラパはハッとした顔を見せ、すぐに言葉を取り戻す。
「構わない、事実だ。王になる可能性は、第一王子の息子であるピクルスの方が高い」
その時、部屋の扉が勢いよくウラナの手によって開けられた。その後ろには、プラパが向かわせた兵士達が立っている。
ウラナは一目散にピーリカの前へ行き、説得を始める。
「いけませんピーリカ嬢、今すぐその少年を離して下さい」
「何でそんな事言うんですかウラナ君。確かにちょっと強引かもしれませんが、この方がうちの国にとって有利になる事は分かってるでしょう」
「いや国とかどうでも良いんです。そのお方がマズいんです」
「ピクルスが? 貴様悪い奴ですか?」
ピクルスはわざとらしく、不敵な笑みを浮かべる。
「さぁ、どうだろうね?」
誰がどう見てもふざけているピクルスを、ウラナが睨みつけた。
「どうだろうねじゃないんですよ、ふざけないで下さい」
ウラナがそこまでしてピクルスを敵視する理由が分からず、ピーリカはピクルスに向けていた手の銃を降ろす。
「何なんですかウラナ君。言いたい事があるならはっきり言えです」
「ピーリカ嬢、気づいてないんですか?」
「何をですか」
「王子を殺したら貴女も殺されかねません。見方を変えれば心中ですよ。貴女、マージジルマ様以外の男と心中する気ですか?!」
ウラナ・リンパライ。ピーリカがマージジルマ以外の男と行動を起こす事を嫌う男。
ピーリカは少し考えて、ピクルスから離れた。
「本気でする訳ないじゃないですか。わたしが心中するなら師匠とと決まって……わたしも師匠も死にませんから!」
周囲に居た者達はピーリカとウラナの考え方に終始眉を曲げていた。
それでもプラパは、ピーリカの脅迫を止めてくれたウラナにひとまず礼を言う。
「ありがとう、助かったよ」
「あ、いえ。僕本当にマージジルマ様以外の人と心中して欲しくないだけだったんで」
「そ、そう……」
ピクルスはピーリカに顔を向けて、ウラナを指さす。
「この男何?」
「わたしのガーディアンです」
「護衛って事?」
「まぁ似たようなものですね」
二人の会話を聞いていたウラナは、堂々と宣言する。
「僕が彼女を守っているのは今だけです。本当にピーリカ嬢を守るのはマージジルマ様ですよ」
「そこは否定しないでおきましょう。ですが師匠を守るのもわたしですよ」
「素晴らしい、一生二人で居て下さい」
「分かってますよ。師匠を助けるために今この国にいるんじゃないですか」
ウラナはピーリカの発言に拍手を送った。マージジルマのいない今、彼の需要に対する供給はピーリカの諦めない心だけだった。
二人の様子を見ていたピクルスは、ウラナにからかいの目を向けた。
「そんな事言ってて、本当はピーリカの事好きだったりして」
「これっぽちも興味ないですね。貴方もピーリカ嬢の事は好きにならない方が良いですよ。冗談でも弄ばないように」
「弄ぶなんてしないよ。本気で好きになる可能性はあるけどね、ピーリカ美人さんだし」
「いけません!」
ウラナはピクルスに目くじらを立てた。
一方のピーリカは、ピクルスの発言にまんざらでもない様子だった。勿論、美人だと言われた事に関してだけだ。好きになるかもと言われて嬉しい訳ではない。
「わたしの美しさを理解しているとは、目が肥えてますね。でも残念ながら、わたしには師匠がいるので好きにならない方が良いです」
「ふぅん。つまり、その師匠以上に好きになって貰えれば良い訳だ」
ピクルスは一歩進んで、ピーリカに近づく。それ以上近寄らないようにと、ウラナが二人の間に入り込んだ。
「良い訳ないでしょう。絶対に余計な事はしないで下さい。僕、当て馬みたいな人嫌いなんです! 横から見てる僕の心を不安定にさせないでほしい!」
身勝手な熱弁を始めるウラナに、ピーリカも眉を曲げた。
「なんてワガママな男なんでしょう。まぁわたしも誰かに師匠を取られたらと思うと不快なので、なんとなく分からなくもないですけど」
「でもこの間ミューゼに『ウラナ君たまに当て馬みたいな事してるじゃーん』って言われてショックでした! 僕はただカップルを作りたいだけなのに!」
「貴様を懲らしめてくれって黒の依頼がわたしの元へ来るのは、多分そういう事ですよね」
「何故そんな依頼が来るのか分かりません。僕は98パーセントの確率で人の恋を成就させる男ですよ!」
「残りの2パーセントは?」
「新しい人を紹介して、別のカップルを作ります」
「貴様そういう所ですよ」
二人の会話を見ていたピクルスは、彼女の本当の想い人について考える。
「ピーリカはそんなにマージジルマ様って人が好きなの?」
「そうですね、師匠は良い男ですよ。見た目はダサいですけど」
「それ本当に良い男?」
「少なくともわたしにとっては」
ピーリカの言葉に、ウラナは感動していた。過去のピーリカなら「ダサくて可哀そうだから仕方なく一緒にいてやってるんです。あーわたし優しいー」くらいに言った。少なくとも「わたしにとっては良い男」なんて言わなかっただろう。
師匠がいなくなってしまった事により、想いを伝えておけば良かったという後悔がピーリカを素直にさせたのである。
マージジルマを知らないピクルスは、少し寂しそうな顔をした。




