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弟子、無知

 花々が綺麗に咲く庭の真ん中に、屋根のついたテーブルが置かれていた。使用人達はテーブルの上に紅茶のカップと焼き菓子を置くと、セリーナからピーリカと二人にさせるよう言われ城の中に戻って行く。

長年会っていなかった彼女達は、向かい合うように座って話に花を咲かせた。


「嘘つきもいっぱい見て来ました。世の中クソ野郎は多いですね。おかげでわたしも相手が嘘つきかどうか、なんとなくですけど分かるようになったですよ」

「まぁ。じゃあ、私は? 今何か嘘をついたり隠し事をしていたりしていると思う?」


ピーリカはセリーナの顔をジッと見つめた。セリーナはニコニコと笑っている。ピーリカも笑って、答えを述べた。


「悪い事はしてなさそうですね」

「ふふ、今はね」

「おぉ怖い」


冗談交じりに笑った二人は、甘い花の香りを楽しみ続けた。


「ムーンメイクでは多くの子供の病気を治してくれたそうね。でもその頃のピーリカはうまく魔法が使えなくて泣いてたと聞いたけど」

「魔法が使えなくて泣いた事なんかありませんよ。確かにあの頃はまだ代表になったばっかりで失敗続きでしたけど、新人が失敗するなんてよくある事ですもん。誰かがわたしのかわいい泣き顔を見たと言うのなら、それは師匠に会えない辛さで泣いていた時でしょう」

「あら、随分と素直になったものね」

「素直に言わないと辛い目に遭う時もあるという事を学んだんですよ。それだけ成長したんです。今では病気を治す事も余裕ですよ」

「そう、凄いわ。子供達を助けてくれて、本当にありがとう」

「いいんですよ。弱者を守るのがわたしの務めです。この国の子供達の病気も治してやりましょうか?」

「プラパから聞いたけど、その代わりに戦争に協力しろと言う話なのでしょう? 悪い話じゃないと思うけど、子供が傷ついたらと思うと私もすぐには判断出来ないわねぇ」

「ムーンメイク王国は契約してくれましたよ」

「その子供達と親が望んだ事だと聞いているもの。オーロラウェーブ王国にも病気やケガをしている子はいるわ。でも全員が元気になったら戦争に参加する条件を呑むとは限らないの。だってピーリカが新しく使えるようになった白の魔法? は、怪我は治せたとしても生き返る事は出来ないのでしょう?」


ピーリカの笑みに、少しだけ悲しみが混ざる。


「回復、呪いの解除が白の魔法ですからね。人間を生き返らせる事は無理です。機械仕掛けの心臓なら直せたかもしれませんけど」


そう言ったピーリカは、ミルクティーを一気に飲み干した。苦くなった心を、甘い飲み物で濁したかったのかもしれない。

セリーナはあえて、意地悪な事を言う。


「でもその魔法を使って、ムーンメイクやオーロラウェーブ、他の国々の力を取り込んでいくのね」

「えぇ。師匠を助けるために、カタブラ国の力を強くしていくのです」

「ねぇピーリカ。優しく見せかけてるけど、貴女が今やってる事と言ってる事は、最終的にバルス公国がやろうとしていた事と同じなのよ? 気づいてる?」


バルス公国の住民は、自分達のためにカタブラ国の力を狙っていた。ピーリカのマージジルマを助けたいという気持ちも、ほぼほぼ自分の為なのである。

真剣な顔つきになったピーリカは、そっとカップを机の上に置いた。


「気づいてますよ。天才ですから。それでも、わたしは師匠を助けたいんです。わたしはわたしの初恋を取り戻すためなら、どんな事でもしてみせるですよ」


彼女の覚悟を目にしたセリーナは、少しだけ微笑んだ。


「そう。まぁ覚悟があるなら止めないわ。私にはオーロラウェーブとの契約に口を挟む事も出来ないけど、心の内では応援してあげる。難しい事だと思うけど、頑張って」


その言葉を聞いたピーリカは、急に俯いて大粒の涙を流し始めた。


「もういっぱい頑張ってるんですよ。それでも師匠はまだ帰って来ないんです。だから……」

 

席を立ったセリーナは、ピーリカの横に立ち。彼女の頭を撫でる。


「そうね。ごめんなさい。私が知らない、ううん、師匠さんですら知らないピーリカがいるんでしょうね」


セリーナはピーリカを優しく抱き締めた。ピーリカは化粧品の匂いに包まれる。

その温かさと匂いに心和らいだのか。ピーリカはまるで子供のように、涙を流した。




 しばらくして目元をハンカチで拭ったピーリカは、子供の頃と変わらない笑顔をセリーナに向けた。


「師匠には内緒にしてくださいね。恥ずかしいので」

「分かったわ」

「あ、あとウラナ君にも内緒ですよ。奴はわたしの恥ずかしい所も素晴らしい所も全て日記に書き留めて、いずれ師匠に渡そうとしているんです。素晴らしい所はともかく、恥ずかしい所なんて知られたくありません」

「彼は本当に何なの?」

「ガーディアンのはずなんですけど、たまに敵かなって思う時もあります」


思いっきり泣いてお腹が空いたのか、ピーリカはテーブルの上に置かれた焼き菓子に手を伸ばす。固めに焼かれた丸い焼き菓子は、サクサクと楽しい音を立てる。


「よく分からないけど、付き合う相手が選べるのなら選んだ方が良いわ」


セリーナはそう言いながら、ピーリカから離れ自身のお腹をさする。焼き菓子を飲み込んだピーリカは、セリーナの腹を心配そうに見つめた。


「痛いんですか?」

「ううん。大丈夫。たまに辛い時もあるけど、母親になるんだもの。それ位耐えられなくちゃ」

「はっ、母親!? セリーナ、ママになるんですか!? そういやセリーナ、あの王子も父親になるって言ってましたよ」


一瞬何を言われているのか分からず、きょとんとしたセリーナだったが、すぐに冗談だと思い笑みを零す。


「やぁね。決まってるでしょ。私、浮気してないもの」

「セリーナが浮気する事と王子が父親になる事に何の関係が?」

「そんなに冗談ばっかり言わないの。このお腹見て分かるでしょ?」

「すごい太ったなって事しか分かりませんけど……」

「し、失礼ね! まさかとは思うけど、冗談じゃないの?」

「わたしはいつでも良い女ですよ」


セリーナはピーリカに疑惑の目を向ける。まさか本当に本気で言っているのではないか、と。


「ピーリカ……貴女初潮は迎えてる? それとも魔法の使える体だから私達とは違うのかしら」

「しょ……あぁ、月のものですね。それはまぁ。師匠がいなくなって少し経った後に。大人の女性になった証拠だとママが喜んでました。めんどくさいですけど大人の証なので仕方ないですね。でも何故突然そんな話を?」


少し恥ずかしそうに答えたピーリカを前にして、セリーナは真剣な顔つきで質問する。


「突然じゃないわ。なら、赤ちゃんがどうやって生まれて来るか分かってる?」


セリーナからの質問に、ピーリカは鼻で笑った。


「何ですセリーナ、そんな事も分からないんですか。仕方ない、天才のわたしが教えてやるです。赤ちゃんは、花から生まれてくるんですよ」


ピーリカの周りにいた大人達は両親含め、彼女は多少の性知識もマージジルマから教わっているだろうと思っていた。

しかしそのマージジルマは、まだ早いまだ早いと彼女に事実を教えないままいなくなってしまった。

ピーリカは学び舎に行く事もなく、ずっと師匠の事だけを考えていた。

つまりだ。彼女に正しい性知識を教えた者は、だーれも居ないのである。

ウラナだけはその事実に気づいていたが「そんな事をピーリカ嬢に教えるのはマージジルマ様だけで良い」という身勝手な思考により、その手の話題はピーリカから避けさせていた。自分が魔法で出したいかがわしい本も、絶対に見せる事はなかった。


「ピーリカ……ちょっと待ってて頂戴」


このままでは逆に危険だ。そう思ったセリーナはピーリカをその場に残し城の中へ戻って行った。

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