弟子、棘をぶつける
「ところでミューゼ、黒マスク家にいます?」
「いますよー。何ならママもいますよー」
「痴女に用はないです。ウラナ君、わたしから黒マスクには話してきますから。貴様はそこの者達に師匠の良さを伝えておいてください」
ピーリカからの依頼に、ウラナはものすごく嫌そうな顔を見せた。仕事であれば即刻クビである。
「マージジルマ様の良さを知ってるのはピーリカ嬢だけで良いと思うんです。何故僕がピーリカ嬢と付き合わないかを話すのでも良いですか?」
「ふむ、いいでしょう。師匠の良さは今度わたしが説明するとします。いかに貴様とわたしが如何に釣り合わないかを話しなさい」
「頑張ります。それより、お一人で大丈夫ですか? 道中変な男に絡まれたりとか」
「大丈夫ですよ。もしもの時はウラナ君を召喚します」
「分かりました。期待しません」
ウラナはピーリカに向けて、深々と頭を下げた。その姿は主に仕える従者そのもの。
二人の会話を聞いていたミューゼがある疑問を抱き、ピーリカに質問する。
「ピーリカ様、黒の魔法じゃ自分を助ける事は出来ないからウラナ君を召喚する事は出来ないのでは? それとも白の魔法で?」
「黒ですよ。ウラナ君は自分含めて、師匠以外の男がわたしを助ける事を心底嫌がっているんです。おかげで、嫌な事をさせられるという黒の魔法が使えます。嫌々助けられるわたしも大変不快な気持ちになるので、なるべく召喚せずに自力でどうにかしますよ」
「なるほど」
つまりウラナ君がおかしいんだな、とミューゼは心の中でだけ呟いた。
そのウラナ君は他の子供達に囲まれて、何故自分がピーリカと付き合わないかを説明する。
「良いですか皆さん、マージジルマ様といないピーリカ嬢は本当に可愛くなくて」
彼女にとって可愛くないは二番目の禁句。ちなみに一番は「マージジルマ様の事もう諦めたら?」である。
「ラリルレリーラ・ラ・ロリーラ」
ピーリカの目の前に現れた魔法陣。その中から飛び出した棘の玉がウラナの背中に刺さった。
小さな悲鳴を上げたウラナは、涙目になってピーリカを指さし。
「ほら、すごく可愛くない!」
子供達に向けて、遠まわしにピーリカのイメージダウンをさせる。
再び呪文を唱えたピーリカは、ウラナに棘の球をもう一発お見舞いする。今度の攻撃の方が痛かったのか、ウラナはその場に膝をつけた。
「やはりわたしのかわいさを理解しているのは師匠だけですね」
そんな呟きだけを残して、ピーリカは去っていく。
残された子供達は、ウラナを哀れみの目で見つめた。
「今のはウラナ君が悪いよ」
「そういう事言うからモテないんですよウラナ様」
だがウラナは何故か嬉しそうだ。胸の前で手を組んで、祈るようなポーズをとる。
「いいんですよ。僕がこういった態度をとればとる程、ピーリカ嬢はマージジルマ様の良さを再確認するんですから。ピーリカ嬢を可愛く思うのはマージジルマ様だけ、それが事実です。あと僕、個人に興味ないからモテるとか死ぬほどどうでもいいです」
立ち上がったウラナは空に目を向けた。その空の上空には、普段は目には見えない白の魔法がかけられている。それもまたピーリカがマージジルマのいない間に覚えた魔法だった。
ウラナはマージジルマの知らないピーリカをこれ以上知りたくなくて、空に向かって叫ぶ。
「あーーマージジルマ様早く帰って来てーー! ピーリカ嬢を可愛くさせられるのは貴方だけなんですーー! 僕じゃダメなんですーーーー!」
彼の想いを理解出来ないミューゼは、ただただ呆れていた。
「ウラナ君は本当に残念なイケメンだ……あ、ピーリカ様に言うの忘れた」
ミューゼの焦りにピピットが反応する。
「何を?」
「うちの親、下手したら今全裸だなって」
「それはマズいね、お姉ちゃん私より子供だから」
二人の会話を聞いていたウラナは、途端に目を輝かせて。
「全く、うちの師匠達は目を離すとすぐこれだ。リリルレローラ・リ・ルルーラ」
ウラナの顔の前で、魔法陣が光った。その中から現れた一冊の薄い本が、バサっと音を立てて地面に落ちる。ウラナは慌てて「いけない、癖でうっかり!」と言い本を回収した。魔法の調整は出来るようにはなったが、相変わらず無意識で出してしまう時もあるようだ。
ミューゼは両手を出し、薄い本を要求する。
「ウラナ君それちょーだい」
「ダメ、これはミューゼ達には早いやつだから」
「日本であればお酒もたばこもオッケーな年齢だから大丈夫だもん」
「どこの国の事を言ってるのか分からないけど、カタブラ国の法に従って。あと一応外なんだから様付けしてよ。いくら僕らお師匠様に育てられた者同士、兄妹みたいだからって……ミューゼ、試しにシャバ様の事パパって呼んでみません?」
「ウラナ君怒られるよー」
周りにいた子供達は、ウラナに対しても思った。喋らなきゃなぁ……と。
***
「黒マスクー、どこですかー」
シャバの家へやって来たピーリカは、許可もなく中へ入って行く。
「ピーリカ!? ちょっと待って、勝手に入ってくるの止めろっていつも言ってるだろ」
相手の姿は見えないが、声は聞こえた。ピーリカは気にせず部屋の奥に進んだ。
「師匠からは、時と場合によっては人にやられて嫌な事も進んでやれと教えられています」
「あの野郎!」
ピーリカはいくつもの部屋を覗き、声の主を見つけた。
見つけられて気まずそうな顔をしていたのは赤の魔法使い代表、シャバ・ヒーだ。いつもは口元を黒い布で覆っているのだが、今は寝起きだからなのか何もつけていない状態。彼は下半身を布団で隠し、上半身裸の状態でベッドの上に座っている。
シャバの隣にはウラナの師匠であり、元桃の代表でもあるピピルピが顔から下を布団に包んで眠っていた。
ピーリカはシャバに背を向け、彼の上半身を見ないようにする。体は成長したが男慣れはしていないようで、彼女は顔を赤くさせて怒った。
「何で服着てないんですか貴様!」
「あー……まぁ隠した所で今更か。弁解しておくとピピルピと寝たの超久々だから。ここしばらくはハグとかキスとかその程度で」
「貴様らのいかがわしい弁解なんて聞きたくないです。大抵は痴女が悪いんでしょうけど、年頃のミューゼだっているんですから気をつけなさい。それに、お腹壊しても知りませんよ」
「気を付ける。でもピピルピだけが悪い訳じゃない、オレも同罪」
シャバは苦笑いになったが、未だ背を向けたままのピーリカがその表情を見る事はなく。
「それより黒マスク、この後わたしは出張に行きますから。国の事頼みますよ。真っ白白助の事はラミパスちゃんとしてママに面倒見てもらうので心配しないで下さい。まぁ本当はもう一人でお留守番くらい出来るくらいには元気なはずなんですけどね……」
ピーリカは思わずため息を吐いた。
白の魔法を勉強したピーリカは、テクマ本体の体を健康化させる魔法もかけてきた。だがテクマはいつまで経っても健康にならない。いや、肌つやだけならとてつもなく健康的になった。それなのに全く動こうとしない。もしかしたら働きたくないテクマが不健康を装っているのでは? と何度も思ったが、確証も得られずにピーリカはただただモヤモヤしていた。
シャバはピーリカの後ろ姿を見て、素直な感想を述べた。
「あぁ、うん。ほんと……ピーリカ、白の魔法使い代表らしくなったよな」




