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弟子、尊敬される

 赤、青、黄、桃、緑、白、そして黒の、七種の民族が暮らすカタブラ国。

その国の安全と平和を守るのは、それぞれの民族代表である七人の魔法使い。


「ピーリカ様とウラナ様だ……絵になるなぁ」


守られて平和な国にある赤の領土で、ある男女に見惚れた子供がそう呟いた。

男女が通っているのは学び舎『オープンジュエルハート』の門前と繋がる道。丁度子供達が学び舎へ向かう時間帯と同じだったのか、その美しい男女は多くの子供達から注目を浴び歩いていた。

道の右側を歩くのは、非常に整った顔立ちの男。大きめな袖口の赤い上着に、細めのパンツを履いている。さらりとした桃色の髪の先が、歩く度に揺れ動いた。

彼の名はウラナ・リンパライ。桃の魔法使い代表である。

そんな彼の左隣にいるのは、彼より一頭分程小さい身長157センチの女。整った顔立ちのせいか、薄めのメイクでも十分目立っている。スタイルが良いため、シンプルなデザインの黒いワンピースとショートブーツもカッコよく着こなしていた。ただ黒髪につけた白いリボンは、どうも子供っぽさを表してしまっていて似合わない。それでも彼女はそのリボンを意地でも外さない事で有名だった。


彼女の名前はピーリカ・リララ。白の魔法使い代表である。


二人は国を守る魔法使い代表というだけでも凄い存在なのだが、顔面偏差値がかなり高く。若者の間では魔法よりも、見た目の美しさを評価し尊敬する声の方が多かった。

ピーリカはそんな子供達からの期待や憧れを、冷たい目で見下した。


「おい下々、喋ってる暇あったら勉強なさい」


子供達は思った。喋らなきゃなぁ……と。

ピーリカの隣に立つウラナは、ため息を吐いて注意する。


「脅しちゃダメですよ、ピーリカ嬢。この子達にもマージジルマ様を助けるの、手伝ってもらうんでしょう」

「だから勉強しろと言ってるんじゃないですか。わたしのように頑張りなさい」

「うーん、昔だったら偉そうに言っててピーリカ嬢もやってないじゃないですかーって言ったんですけどねー。今のピーリカ嬢本当に頑張りすぎちゃったから言えないんだよなー」


そう言って頭を抱えたウラナの前に、二人の少女が追い越すようにして顔を覗かせた。薄紫色の髪をポニーテールにしたツリ目の少女と、ピーリカとよく似た顔立ちの黒い髪を二つに結んだ少女だ。


「頑張りすぎちゃったって、お姉ちゃん、また他の国と契約結んで来たの?」


ピーリカは自分とよく似た黒髪の少女の質問に、胸を張って答えた。かつてはぺたんこだったピーリカの胸も、時間をかけて成長していた。それでもまだ師匠好みではない、とピーリカは未だ育乳方面でも努力している。


「おや、わたしの方が先に家を出たというのに追いつかれてしまいましたね。そうですよピピット。この素晴らしき姉を誇りに思いなさい」

「ほんとのほんと? ウラナ様、うちの姉本当は迷惑かけているんでしょう?」

「何故信じないんですか!」


姉より落ち着いて見える妹だが、彼女も黒の民族なため基本的には口が悪い。

ウラナは中腰になり、ピピットに目線を合わせる。


「嘘じゃないよ。ムーンメイク王国から始まって、西へ東へ、この間はとうとう異世界で契約取って来たよ。僕も一緒に行ったとはいえ、ピーリカ嬢がほぼ一人で全部やってた」

「それなら良かった。お姉ちゃんが外出する度に、私とママとシーララ兄ちゃんとでパパを止めてる甲斐がありますよ」

「また今回もよろしくお願いします。しかしピピット嬢も大きくなったね。ついこの間まで赤ちゃんだったのに……ミューゼが大きくなったくらいだし、当然と言えば当然か」

「もうすぐ掛け算をマスターする年齢です」


ピピットは自慢げにピースサインを作った。

対照的に、ピーリカの表情が陰る。赤ん坊だったピピットがこんなにも大きくなったという事は、マージジルマがいなくなってからそれほどの時が経ったという事だ。

ピーリカの悲しさに気づいていないミューゼは、にまにました表情でウラナに質問した。


「ところでウラナ君、本当にピーリカ様と付き合ってないの?」


ミューゼの言葉を聞いたピピットも「それは気になるよね」と興味を向けている。ピピットだけでなく、周囲を歩いていた子供達も駆け寄って来て「私も知りたい」「僕も」などと声を上げた。

ミューゼの質問を聞いたピーリカも、今は悲しんでいる場合ではないと表情を元に戻して。ウラナに顔を向けることなく命令した。


「ウラナ君、例の物を出しなさい」

「はっ。リリルレローラ・リ・ルルーラ」


桃の呪文を唱えたウラナの手元に、魔法陣が現れる。その中からスッと現れたのは、絵本の束だった。

かつては魔法を暴走させ、子供に見せられないもの含む薄い本を無意識に具現化させていたウラナ。だが修行を重ねるにつれ魔法の調整が出来るようになり、今では本の内容や冊数も自分好みに変えられる。

ウラナは複製した絵本の一冊一冊を、集まって来た子供達に配る。


「いいですか皆さん。これを読んで、いかにピーリカ嬢とマージジルマ様がお似合いかを勉強するんですよ」


ミューゼも絵本を受け取った。だが期待とは違う対応をされたと言わんばかりに、不満げに口を尖らせている。


「この本ならもう何度も読んだし、学び舎でも習ったよ。バルス公国消失事件でしょ。この事件で師匠のマージジルマ様がいなくなって自暴自棄になったピーリカ様を、弟子のいなかった白の代表テクマ様が引き取って代表に引き継がせたっていう」


彼女の言う歴史は、あくまで国の表向きの美談。

確かにピーリカはテクマから魔法を教わったが、代表を継がせたのはマージジルマだ。だがマージジルマが白と黒の二つの代表だった事は国民に知られていなかったため、ピーリカはテクマから引き継いだ事になっている。

国民から見ても、本来白の民族でもないピーリカが白の代表になった事は異例だったが、反対の声は上がらなかった。マージジルマがいなくなった事を一番悲しみ、一番助けたいと思っているのがピーリカだと、助けられる可能性のある魔法が白だという事を、国民のほとんどが分かっていたからだ。


「テクマ様もお優しい方だよねぇ」


ピピットが惚れ惚れした様子で呟いた。

ちなみに、そのテクマは体力のなさすぎが原因で、自分の家でピーリカの面倒を見ながら勉強を教える事がほぼ不可能だった。

そのためピーリカは(勝手に)マージジルマの家を魔法の練習場兼仕事場にし、それ以外は父親がうるさいので仕方なく実家で暮らしていた。ラミパス(テクマ)も普段は話す事の出来ないか弱きフクロウのふりをしながら、ピーリカの実家で飼われていた。

ピーリカはそんなテクマの方が歴史上立派に語られていて、とても不服だった。だがテクマの話は秘密事項であるため、この場では誰にも言えず頬を膨らませている。

ウラナはミューゼの持つ本に描かれた、本の中のマージジルマに目を向けた。


「マージジルマ様は偉大な方なんだよ。ピーリカ嬢の隣に相応しい」

「でもマージジルマ様、お話ではかっこいいかもしれないけど……絵だとあんまりかっこよくないし」

「何てことを言うんだ。人間見た目ではないよ。言動がかっこいいなら見た目だってかっこよく見えるものだ。少なくともピーリカ嬢にはそうなんだ。分かりましたね。それでは皆さん、repeat after me。ピーリカ様の隣はマージジルマ様」


絵本を持った子供達は声を揃え、一斉に復唱した。


「「「ピーリカ様の隣はマージジルマ様」」」


もはや宗教の領域である。

子供達は仕方なく絵本を広げ読み始める。むしろ子供達の方が大人だった。

ウラナは再びため息を吐いて、ピーリカに顔を向けた。


「全く。僕が死ぬほど努力して学び舎卒業と同時に代表になったのは、ピーリカ嬢にマージジルマ様以外の男が近づくのを阻止するためだというのに。僕がピーリカ嬢の恋人に間違われるだなんて、本末転倒ってものですよ。ねぇピーリカ嬢」

「わたしはウラナ君含めて、師匠に振られるまで誰とも付き合いません」

「素晴らしい。絶対そのままの貴女でいて下さい。僕とは一生付き合わないで頂きたい」


ウラナは拍手し、ピーリカを称えている。

ピーリカにはウラナの発言が、遠慮などではなく心からの言葉だと分かっていた。不服ながらも長年を共に過ごしてきたからだろう。

彼の事を気にすることなく、ピーリカは絵本を読むミューゼに話しかけた。

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