師匠、蛙を逃がす
ババアの心境などどうでもいいピーリカは、師匠を呪ってお見合いをぶち壊す事だけを考えている。
「そうだ。師匠の頭に花を咲かすとかどうでしょう。ダサすぎて嫌われるかもしれません」
「そうですね、悪くないかもしれません。ところでエトワールさんはピエロ三兄弟の中だと誰がお好きなんでしょう。皆で仲良くするのも悪くないですけど、誰かを選ぶならはっきりさせた方が良いですよね」
「今エトワール達の話をしてる場合じゃないから後にしてください。ラリルレリーラ・ラ・ロリーラ」
ピーリカの呪文により、マージジルマの頭に花が咲く。五枚の花弁がついた、小さな桃色の花だ。
エレメントはバカにするような笑いをしながら、マージジルマの頭に目を向けた。
「まぁ、かわいらしいお花。カタブラ国ではよくある事なんですかぁ?」
「これはどこぞのバカの嫌がらせだ」
マージジルマはすぐさま頭の花を引っこ抜いた。髪の毛を一本抜いたような痛みを伴うのも腹立たしい。
エレメントの反応はピーリカにとって予想外だったようで、とても悔しそうにしている。
「師匠をかわいいだなんて、あの女どうかしている!」
「落ち着いてくださいピーリカ嬢。あの人はお花がかわいいと言ったのです。マージジルマ様をかわいいと言った訳ではありません。一番かわいらしいのはマージジルマ様を一番に考えているピーリカ嬢、貴女です」
「分かってるじゃないですかウラナ君!」
その頃、イザティから見合い相手だという説明を受けたマハリクは深々と頭を下げていた。お見合いの邪魔になった無礼を一応詫びているようだ。
「失礼。こんなロクデナシとお見合いをしてくれるだなんて、立派な方だ」
マージジルマに対しては無礼だと思っていないようだ。
「まぁ、立派だなんて」
褒められて上機嫌になったエレメントは、両手を頬に添えた。
エレメントと話すマハリクを見て、エトワールはマージジルマ達がやって来た理由を理解した。
「やはりマージジルマ様にはお見合いの話があったのですね。という事は、私も代表になったらそういった話をされるのでしょうか」
エトワールの言葉を聞いたポップルは、俊敏な動きでイザティの隣に立った。歳は違うイザティとポップルだが、代表を親に持つ同士で住んでいる領土も近い昔馴染み。今は立場上イザティの方が偉いため、ポップルは敬語で喋る。
「イザティ様、エトには絶対お見合いもって来ないで下さいね。持ってきたらリリカル兄さんに『イザちゃん最近金欠で飯食えてないらしいわ』言いますからね。リリカル兄さんはエトだけじゃなくイザティ様の事も妹認定してますからね、どうなるか分かるでしょう」
「や、やめてぇー! 絶対腐る程ご飯を買い与えられるよぉー。私代表だもん、お金貰えてるもんー」
妹よりお姉さんに見られたいイザティは、ありもしない未来を想像をして泣いた。
ポップルはエトワールの隣に戻り、黄の領土の言葉で喋る。
「エトにはお見合いさせへんって言って来たわ。というか結婚させへん」
「ですが子孫繁栄は将来の国のために必要な事ですよ」
ポップルは、生真面目な回答をしたエトワールの手に指を絡めた、いわゆる恋人つなぎというやつだ。
「そうかぁ。エトがそない言うんやったらしゃーない。ならポップルお兄様と結婚しよか」
「お兄様と? お兄様とは血の繋がりもありませんし、可能ではあるかと思いますが」
「じゃあ何も問題ないなぁ。はい決まりー」
二人の会話が聞こえていたマハリクは、すぐさま怒りに向かう。
「決まりにするんじゃないよ! エトワールに結婚の話はまだ早い、まずは代表になるための修行が先だよ!」
エトワールも申し訳なさそうに言う。彼女はそもそも、自分の結婚話にピンときていない。
「私もお師匠様と同じ意見です。今は立派な魔法使いになるための勉強が先だと思います。結婚の話はそれからでも遅くないでしょう」
「ん。待っとる」
絨毯の上から優しく微笑むポップルを見ていたウラナは、かなりの小声で何かを呟いた。ピーリカの足の後ろに薄い本が落ちる。
「ん? ウラナ君、今何か……って、また本を落としましたよ。おや、なんだかエトワールに似ている」
ふり返ったピーリカは、エトワールに似た少女が描かれた薄い本を拾おうとした。だがピーリカが手にするよりも先に、ウラナが拾い上げた。
「失礼。これは多分ピーリカ嬢に見せられないタイプの本です」
「見せられない本って何ですか」
「それよりマージジルマ様が」
「おっと」
ピーリカはマージジルマに目を向けた。ウラナの持つ本にそこまで興味がある訳ではなかった。
その間にウラナは本の中身をパラパラとめくり「やっぱり……」と呟く。
マハリク達と分かれたお見合い一行は、次の場所へ移動しようとしていた。ピーリカは飛んだまま追いかけようとしただが、ウラナが止める。
「ピーリカ嬢、ここから先は森です。飛んで行くより木の陰に隠れて歩いた方が見つかりにくいかと」
「なるほど。いえ、わたしも今そう言おうと思ってました」
偉そうな態度のピーリカだが、勿論何も考えずに地面へ着地した。ウラナは絨毯から降りると、何故かピーリカとは反対方向を向いた。
「先行っててください。僕この本ポップルさんにあげてきます」
「わたしには見せられない本を何で次男に渡すんです?」
「ポップルさんの将来の教科書になるかもしれないからです」
「魔法の本か何かですか?」
「そんな感じです。さぁ、行ってください。すぐ追いかけますから」
師匠の方が大事なピーリカは、ラミパスを抱きしめ先に行った。
ウラナはマハリクが住む家の方へ走り、背を向けていたポップルの見つけ引き留めた。ポップルは丁度、マハリクに追い出され仕方なく帰ろうとしていた所だった。
ウラナが本の詳細を説明すると、二人は力強く握手を交わす。よっぽど本の内容を気に入ったのか、嬉しそうな顔をしたポップルは本を抱きしめ帰って行く。
微笑んでいたウラナは「さて」と言うと真剣な顔つきになってピーリカを追いかけた。
森の中。まだ緑の領土ではあるが、青の領土の海が見えていた。
ピーリカに追いついたウラナは、中腰になってマージジルマ達の様子を見る。
「どのような状況で?」
「蛙に怯えて騒いでいた所です」
エレメントはマージジルマが素手で掴んでいる蛙を見て、ぎゃあぎゃあと叫んでいた。
「まぁ蛙を嫌いという人は少なくないですからね。ピーリカ嬢は平気なのですか?」
「うーん。特別好きという訳でもないですけど、まぁ食べられますよ」
「食べ……?」
「蛙は山の中でよく出るので、師匠が捕まえてよく食べてます。そりゃあの見た目なので最初はわたしも抵抗あったですし、気持ちは分からなくもないですけど」
「今は平気になったんですか?」
「親を食えって言われるよりマシじゃね? って師匠に言われてから、確かにそうだなって思って食べられるようになりました。普通においしいと思います」
「流石マージジルマ様だ。なるほど、だから今あんな顔してるんですね」
マージジルマは「タダで採れる食材を前にして採らないとか意味が分からない」と渋い顔をしている。
ウラナは普段蛙を食べる事がないようで、今ばかりはエレメントに共感した。
「美味しいものしか食べてこなかったのかもしれませんね。お金持ちっぽいですし」
「お金持ち……!?」
「ピーリカ嬢? どうされました?」
「忘れましたかウラナ君。師匠はおっぱいと同じくらい、お金が大好きなんですよ……!」
一方、マージジルマはひとまず落ち着いたエレメントからまた化粧直しに行きたいと言われ呆れていた。
「もういいだろ」
「よくありませんわ、ひや汗でメイクが落ちてしまったではありませんか!」
落ちてしまったとはいうが、まだ十分キラキラがついている。ピーリカだってこんなには言わない、なんてつい比較してしまう。
「必要ないと思うけど、行くなら早くしろ。時間がもったいない」
「えぇ。期待していて下さいまし」
再びエレメントを見送るマージジルマだが、期待は全くしていない。
「おいイザティ、仕方ないから蛙逃がしてくるわ」
「逃げないで下さいねー?」
「シャバに金貰ったからな、そんな事しない」
イザティは思った。お金あげてなかったら逃げてたのかなぁ、と。
マージジルマは少し離れた場所へ蛙を逃がす。蛙はピョンと飛び跳ねると、地面に咲いた花の下に隠れた。頭に咲かされた花の事を思い出したマージジルマは、ついでに周辺にいるはずの弟子へ文句を言いに行く事にする。
マージジルマは気配を辿って、弟子の居場所を探る。弟子と共にウラナの気配を感じ取った瞬間、またマージジルマにモヤッとした感情が産まれた。
認めたくはないが、弟子二人でいるのが嫌なのかもしれない。
なんて思いながら本人達を探し、マージジルマは俯くピーリカの後ろ姿を見つけた。
「ウラナ君、師匠があの女と結婚するって言ったらどうしましょう」
「大丈夫ですよ。ピーリカ嬢の方がマージジルマ様とお似いです」
「そうですよね。わたしもそう思います。でも師匠はバカだから、目先のおっぱいとお金に気を取られてしまうかもしれません」
誰がバカだ。そう思いながら出て行こうとしたマージジルマの足を、ウラナの言葉が止めた。
「……ならピーリカ嬢、僕にしときます?」




