師匠、再びモヤッとする
緑の領土にある森の中で、エレメントは息を整える。
「ふぅ、困った人もいるものですわね。髪も乱れてしまいましたわ。もう一度お化粧直しに行かせて下さる?」
「俺お前がスッピンでも気にしないけど」
「いけません。わたくしは一番美しい姿をマージジルマ様に見せたいのです」
もう何度言っても無駄だろうと思ったマージジルマは、これ以上引き留めない。エレメントが化粧道具を持たせている仲人の男を連れ、遠く離れた木陰に向かう。
その後ろ姿を見送り一人になったマージジルマの前へ、絨毯を下降させたピーリカが怒りながらやって来た。
「師匠! もっと嫌がって下さい!」
「シャバが金を出した」
「黒マスクめ!」
絨毯の上で正座していたウラナは、師弟の会話を見て目を輝かせていた。
「すごい、金を出しただけでピーリカ嬢は何があったのか把握したのですね」
「え? えぇまぁ。いつもの事ですよ。師匠のやる気を出すために黒マスクが師匠にお小遣いあげたんですよ。そうでしょう師匠」
マージジルマは「まぁな」と頷く。
そんな理由でエレメントとイチャついてほしくないピーリカは、ムスッとした表情で言った。
「我が師匠ながら恥ずかしい。わたしも今度お金あげますから断れですよ」
「そんな理由で人に金を渡すんじゃねぇ」
「そんな理由を言わせてるのは師匠じゃないですか!」
言い争う二人の間に入るかのように、ウラナがスッと手を上げた。その表情は、真剣そのもの。
「僕も全財産差し上げますので、マージジルマ様はこのお見合い断って下さい!」
ウラナの発言に、マージジルマは表情を歪めた。今回のお見合いをウラナが妨害して、一体何の得があるというのか。
「お前は本当に何なんだ?」
「ピーリカ嬢のガーディアンです」
意味の分からない名乗りを聞き、マージジルマは余計に困惑するだけだった。
ピーリカが両手を横に広げ、マージジルマの前に立った。その姿はまるでウラナからマージジルマを守るように。
「気を付けて下さい師匠。ウラナ君はこう言って師匠の事を狙っているみたいです」
「あ? 俺?」
ウラナとピーリカは「違いますピーリカ嬢、それは誤解です!」「本当ですかな?」なんて会話をしている。
マージジルマはウラナの顔を見たが、嘘をついているようには思えなかった。だからこそ彼が何を考えているのかも分からないのだが。
「ピーリカ、確かにソイツは嘘ついてなさそうだぞ。俺じゃないだろ。じゃなきゃお前にあんな……」
マージジルマが思い出したのは、ピーリカを愛おしそうに見ていたウラナの顔。
どう考えてもウラナが好いているのはピーリカじゃないのか。
そう考えたマージジルマの心に、またモヤッとした気持ちが生まれた。
「マージジルマ様ぁ、お待たせしましたわぁ」
姿は木陰に隠れたままのエレメントだったが、声だけはマージジルマの元へ響かせた。
マージジルマはピーリカ達を会わせないよう、自らエレメントのいる方へ向かう事にする。
「とにかく、俺はシャバに貰った金の分くらいは相手と普通に接する。けどお前らに妨害やめさせろとは言われてないからな。引き続き妨害頑張れ」
「そりゃわたしも妨害するですけど、師匠は師匠で断れですよ!」
怒る弟子を置いて、マージジルマはエレメントを迎えに行った。
化粧を直したというエレメントは、相変わらず粉をまき散らしている。
「まぁ、迎えに来てくださったの? エレメント、嬉しい」
「あぁそう。じゃあシャバ達来たらとっとと次行こうぜ。次の緑でラストだな」
「あら? 七つあるのでしょう? 白でしたっけ、そこにも行きたいですわ」
「あそこは病人の隔離地帯だ。絶対に行かせない」
ピーリカ達と共に空飛ぶ絨毯の上で見ていたラミパスは、少し不機嫌になった。他の誤魔化し方をして欲しかったようだ。
エレメントは頬に両手を添え嬉しそうにしている。
「うつったら大変という事ですね。心配なさってくださるなんて、お優しい方」
「そりゃ良かった。にしてもシャバ達遅いな」
「もう先に行ってましょうよ。案内して下さるならマージジルマ様だけで十分でしょう?」
エレメントはマージジルマの腕に抱きついて歩く。胸を押し当てるようにしているエレメントに、ピーリカは魔法をかけようとした。
そこに聞こえて来たエンジン音。ピーリカ達の目の前を魔法で浮かぶ水上バイクがもの凄いスピードで通り過ぎた。
スーツワンピースのままバイクを運転するイザティは、マージジルマ達の前にブレーキ音を響かせながら止まった。
「お、お待たせしましたー」
手の甲で汗を拭うイザティを見て、エレメントは「まぁ、野蛮だわ」なんて言っている。
マージジルマは周囲を見渡すも、やって来たのはイザティだけだった。
「……シャバは?」
「犠牲に……聞かないであげて下さいー」
もうほぼ言ったようなものだった。
バイクを魔法で消したイザティは、先頭に立って緑の領土内へ進んで行く。
呪うタイミングを失ったピーリカは、頬を膨らませながらも様子を見る事にした。
木の形をした家が並ぶ緑の領土に、エレメントは興味津々だった。
「すごいですわ、自然の中で生活している感じがして素敵!」
「口うるさいババアが管理してるからな、質は悪くないと思う」
その時。木についたドアの一つが開いて、中から老婆が出てきた。彼女の名前はマハリク・ヤンバラヤン。緑の魔法使い代表である。
マハリクは木の杖を支えにし、マージジルマの前へやって来る。そして彼の頭を杖で殴った。
殴られた意味を理解しているマージジルマは、殴られた場所を抑えながらマハリクを睨みつけた。
「盗聴してやがったなババア」
「緑の領土に国外の者が入ったのを感知したからね。そんな予定は聞いてなかったから念のためと思ったんじゃよ。そしたら不届き者がババアと言い放ったから、罰を与えに来ただけだ」
マハリクが感知したというのは当初緑の領土に来る予定のなかったエレメントの事だ。外交担当のイザティは「急なお話だったので言って無かったんですよぉー」と泣きながら説明した。
「あれ、マージジルマ様」
マハリクが出てきた家の中から、二人の人物が顔を出していた。マハリクの弟子エトワールと、学び舎『ビビディ・バビディ』の制服を着た青年。マージジルマはその青年に見覚えがあった。
「長男?」
「次男っス」
「そうか。何してるんだよ、こんな所で」
マージジルマは顔のよく似た三兄弟の区別が未だつかずにいる。
黄の代表の息子、ポップル・ピエロは今日も妹のようにかわいがっているエトワールに会いに来ていた。
エトワールはポップルの前に右手を出し、マージジルマに説明する。
「ポップルお兄様は時々私の修行を見に来てくれているのです。期待に応えるべく、私も頑張ります」
ポップルはエトワールの頭を撫でた。空から見ていたピーリカは、溺愛されているエトワールを羨ましそうに見ている。勿論、ポップルに撫でられたいと思っている訳ではないけれど。
「上手に紹介出来てエトは偉いなぁ。分からん所あったらポップルお兄様に聞くんやで」
「はい、よろしくお願いいたします」
エトワールはポップルに頭を下げた。その様子を見ていたマハリクは怒る。
「エトワールに教えるのはワシの仕事だよ! ポップルは自分の魔法を磨きな!」
「教える事で自分の勉強を磨いてるんスよ」
「屁理屈言うんじゃないよ! 全く、三男が夢を見つけてようやくマトモになったかと思ったら、次男が頻繁に来るようになるなんてね。手土産のメロンがなかったらとっくに追い払ってるよ」
「そりゃ頻繁に来るよ。リリカル兄さんとシーララはエトの事妹扱いしてるけど、俺はいつまでも妹扱いする気ないし。あとは俺に勇気があればチャンスでしょ。メロン一個で外堀が埋められるなら安いもんだ」
エトワールに「ねー」と言うポップルだが、当のエトワールはよく分かっていない顔をしている。マハリクは大事な弟子がメロンと引き換えに取られそうで渋い顔をしていた。




