国、奇襲を受ける
青い海を正面に、三十人程の魔法使いが砂浜の上に立っていた。赤、青、黄、桃。代表もそうでないのも、皆カタブラ国を守ろうとしてやってきた者達。
ピピルピはピーリカと操られたままのシャバを連れ、一人の男の元へ近づいた。
黄色い短髪で小太りの男。右頬の黒い三日月印は、黄の魔法使い代表の印。
「おはようパンプルさん、貴方の恋人、ピピルピよ」
「おはようさん。ワイ奥さんおるし、ピピルピの恋人ちゃうなぁ」
男の独特な言葉遣いにも、お断りされた事にも。ピピルピは全く気にしていない。それどころか。
「なら奥さんも一緒に三人で仲良くしましょう」
「嫌やわー」
「ところでバルス公国の人達が責めてきてるって」
「攻撃な? さっきまで撃ってきとったんやけど、球切れなんか知らんが急に静かになってな。でも明らかに近づいてきとるし、何考えとんのやろな。今青の民族が説得してくれとるわ」
海に浮かぶ鉄製の大きな船。水を裂きながら進むその姿は、まるでサメのようだった。その周囲を水上バイクに乗った青い髪の男女が動き回っている。青の民族は大きなスピーカーを使い止まるように指示しているものの、船が指示を聞く気配はない。
心配そうな顔をしたピピルピは、シャバの腕に引っ付く。
「シーちゃん、私怖いわぁ」
「大丈夫、オレが守るよ」
ピピルピの頭を撫でるシャバ。その目のおかしさに、黄の魔法使いは呆れている。
「なんやピピルピ、またシャバで遊んどるん?」
「遊んでる訳じゃないわよ。愛し愛されてるだけ」
「そんなん愛とちゃうわ。それよりマージジルマ寝込んどるっちゅう話ホンマか」
「そうよぅ。白黒緑は多分来れないわぁ」
「緑のばーさんは歳やから、しゃーないけどな。特攻隊長が寝込んでるってどないすんねん」
「大丈夫、その弟子を連れて来たわ」
ピピルピは足元にいたピーリカの背中を優しく押す。紹介されたピーリカは、ペタンコな胸を張った。
「ごきげんよう。ピーリカ・リララなのです。師匠よりも天才的美少女であるわたしの素晴らしい魔法で、バルス公国なんて蹴散らしてやるですよ。光栄に思えです」
「それはあかんて」
「あかんって、ダメって事ですか? ダメなのは貴様の頭では?」
「ちゃう。ピーリカが魔法使うのはあかん」
「何でですか!」
「お前先月魔法失敗してうちの領土粉塗れにしたやんか」
しゅー、しゅー、と口笛を鳴らそうとして鳴らせないでいるピーリカ。どうやら何か身に覚えがあるらしい。
そんな彼女の隣で、ピピルピはシャバの両肩を掴んだ。
「最悪シーちゃんが頑張ってくれるわよ。ねぇシーちゃん」
視点がおかしいシャバは自身の胸をトンと叩く。
「おう。ピピルピのために頑張るよ。何があっても守るからな」
「期待してるわ。でも、別にもう操ってる必要もないわよね。えいっ」
ピピルピは指をパチン、と鳴らした。その瞬間、シャバの目が元に戻る。
「海の匂い……あっ!? ここ海? ピピルピまたやった!?」
「えへっ」
「ピーリカもいるし、あぁもう」
「いいじゃない。だってこれでピーちゃんが魔法失敗でもしてマー君爆発させたり、別の領土行っちゃったりしたらそれはそれで困るしぃ」
本音を口にしたピピルピの腹を、ピーリカはぺちぺち叩く。
「貴様! 褒めて損した!」
さほど強い力でもないのか、ピピルピが痛がってる様子のない。笑顔で「やん」と声を漏らし、大きな胸が揺れているだけだった。
現状を認識したシャバはため息を吐いた。
「連れてきてしまったもんはどうしようもないけどさぁ」
「シーちゃんのすぐ受け入れる所好きよ」
「はいはい……」
受け入れというより諦めである。
ウィーン……。
海の音に混じって、妙な機械音が響き渡った。
「何ですか、船の音ですか?」
誰かがピーリカの問いに答える前に、海の上で大人しくしていた船が動いた。
甲板部分がスッと開き、中から大量のロボットが飛び出す。人の影のような形で、全く同じデザインの量産型。どう見ても一万機以上はいる。
頭の上についたプロペラを回し軽やかに空を飛んだ機械は、銃口のような形をした手から海の上にいる人間に向かって連続で発砲。
水上バイクで逃げる青の民族達。ハンドルをくねらせ、水しぶきをあげる。
「ロロルレリーラ・ル・ラローラぁっ!」
青の魔法使いの一人が呪文を唱えた。魔法陣と共に現れた巨大な津波が、船とロボット、海の上にいる人間達を包み込み。陸地に零れる前に消沈する。津波にさらわれた人間達は、すぐさま海面の上に顔を出す。だがすぐ陸に上がる事はなく、波の動きを伺っていた。
バシャァアアっ!
勢いよく海面から飛びだしたロボット。機械の体ではあるが、多少の水には強いらしい。
海から脱出したロボットは、陸地の方へと飛んでいく。船は沈み落ちたようだが、戦力を落とせた訳でもない。
だが青の魔法も、あれで終わりではなかった。
水で造られた鎖が海の中からシュッと音を立て飛び出し、数体のロボットに巻きついた。そのまま海の中へ、ロボットを一気に引きずり込んだ鎖。どんなに待っても、何も浮かんでこない。
それでも海の上では、まだたくさんのロボットがプロペラを回していた。
「レルルロローラ・レ・ルリーラ」
シャバも赤の呪文を唱えた。砂浜と波の境界線に、炎の壁が立ち揺らめく。
「人数が少なくとも、迎え撃つしかないよなぁ」
陸地にもピリピリとした雰囲気が漂う。
そんな中ピピルピだけが口をとがらせていた。
「どうしましょうシーちゃん、相手全部ロボットみたい。私の、桃の魔法効かないわ。生き物専用だもの」
「不都合しかないじゃん」
「魔法が効かないんじゃ、私も桃の魔法使いも役立たずねぇ。怪我人の手当でも手伝ってこようかしら」
「そうだね。そっちも人必要だろうし」
「パフパフするのは心のケアよね?」
「それはバルス公国がいなくなってからにして。あとピーリカ連れてって」
邪魔だと言われたような気がして、ピーリカは頬を膨らませた。
「何を言うですか。わたしだって攻撃出来るです!」
「危ないんだって。ここは大人に任せて」
「また子供扱いして、今に見てろなのです」
ピーリカは自信満々に両手を前へ広げる。
「ラリルレリーラ・ラ・ロリーラ!」
奇跡的にピーリカは正しい呪文を唱えた。一体のロボットの額に浮かび上がった魔法陣。ロボットは砂と化し、サラサラと海に落ちた。
シャバは純粋にピーリカの魔法を褒める。
「すげーじゃんピーリカ、疑って悪かった!」
「当然です!」
大いばりのピーリカは、再び両手を構え。呪文を、唱えた。
「ラリルレリーラ・ラ・ローリリ!」
調子に乗ると間違いを起こす。それがピーリカ・リララである。
空中を漂っていた一体のロボットが爆発した。ただ爆発しただけなら良かったが、空中で爆発したせいで破片が飛び散る。呪文を間違えると嫌な事や変な事がおきる。それが黒の魔法だ。
シャバは褒めた事を後悔した。
「ありがとうピーリカ、あっち行ってなさい!」
「つ、次は大丈夫ですもん!」
ドスンっ。
ピーリカ達の目の前に、人の頭の形をした機械が飛んできた。ピーリカの爆発させたものの残骸と思われる。
「生首が飛んできたです!」
ピピルピはその生首のようなものを拾い上げた。
「大丈夫よピーちゃん。ロボットの頭だもの。でもせっかくだからチュッチュしときましょう」
「貴様ロボットでも良いんですか」
「何でもいい訳じゃないわよ。人型なら大体オッケーだけど」
「変態なのです」
顔をロボットに近づけたピピルピ。
次の瞬間。
カッと目を光らせたロボットの頭。突然目の前に現れた光に、ピピルピは倒れ込んだ。
「ピピルピ!」
彼女の元へ駆け寄ろうとしたシャバだが、炎の壁をすり抜けたロボットがそれを阻む。仲間が倒れ、自身の魔法も突破され。
「結構な高温設定なんだけどな、それすらも耐えんのかよ……」とシャバは呟き歯を食いしばる。
黄の魔法使いも手の内にバチバチと音を鳴らす光の球を出した。
「シャバ、今は目の前の敵ぶっ倒さんかい!」
「……レルルロローラ・レ・ルリーラ」
効かないと分かった炎の壁を壊し、自身の目の前へと炎を集める。シャバの足の甲の上で燃え始めた、より高温な炎の球。その球を思いっきりロボットに蹴り当てた。
シャバの代わりにピーリカがピピルピの様子を伺う。倒れる彼女の横にしゃがみ込んだ。
「大丈夫ですか痴女」
薄っすらと目をあけるも、その場に倒れたまま起き上がる様子のないピピルピ。
「えぇ、ごめんなさいね。油断しちゃった……ピーちゃんで合ってるわよね?」
「こんなに愛らしい美少女、他にいるわけないでしょう」
「そうよねぇ。さっきの強い光のせいか、ちょっと視界がぼやけているのよ」
「誰でも良いとか言うからそういう事になるんですよ。バンソーコー貼りますか?」
「じゃあおっぱいにお願い」
「元気そうで何よりですよ」
二人の上空に伸びた影。一体のロボットが、両腕部分でピピルピの体を掴んだ。フワッと浮いたピピルピの体。
「あら? 浮いてる?」
ピピルピを掴んだロボットは海の方へと移動する。ピーリカは走って追いかけた。
「誘拐だ! 待てポンコツロボット、痴女を連れ去ってどうする気ですか。こんなにも愛らしい美少女がここにいるのに、変態を選ぶなんて許せない! 待て、わたしを誘拐しろです! お姫様ポジションはわたしなのです!」
ピーリカは愛らしい自分ではなく変態が選ばれた事に腹を立てている。ピピルピの為に怒っている訳ではない。




